第20話

 犯人の特徴をこと細やかに聞いた私たちは、犯人を捕まえてくるとだけ言ってサラマンダーの洞窟を後にした。

 今は、グラーシアの背中で、『穴』を探すために、洞窟のあった森をぐるぐると俯瞰ふかんしている。

 隊形は、最初と同じだ。


 そして、しばらく飛んでいると、リーフの顔が私の真横にやってきた。


「キリシャ君、犯人を捕まえるって言いましたけど、まず、どうやって見つけるんですか?」


 リーフは私の耳に直接問うた。

 グラーシアも、それほどの速さを出していないため、リーフの紡いだ言葉が柔らかな風となって私の耳に届く。……少し、くすぐったいかもしれない。


「あぁ。まず、犯人が人里に住んでいないことは確かだからな。他に、雨風が凌げて棲める場所を探してみる」


 私が、粗方の説明を省いてそう言うと、リーフは不服ながらも、私の意図を汲み取り「そうですか」と頷いてくれた。くれたのだが、やはり、聞きたがりの奴はそういかなかった。


「なんで人里を探さないんですか? 普通、人探しでしたら、町とか、村とかじゃないんですか? だって、犯人は少女なんでしょう?」


 リーフの背中から顔を私の視界に無理やり入り込み、奴は私に胡乱げな目を向けている。

 全く。何度失敗しても、自分のその『形』を変えようとしないこの女には、もう呆れを通り越して尊敬の念を抱き始めてしまっている。

 もう、頭が上がらない。首が痛くなるので、逆に奴を高いところまで吹き飛ばしてあげたほうがいいだろうか。

 ちらりとエレンの方を伺えば、好奇心のままに旋回を繰り返しており、この女を拾えそうになかったので止めた。


「はぁー。お前はあの洞窟に残された戦闘の爪痕を見なかったのか?」

「灼けていましたね」

「あぁそうだ。それを、普通の少女が出来ると思うか?」


 私は、決定的なことを言ったはずだ。少なくとも、私は決定的だと思っていた。

 だが、それでもだ。奴にとって、それは決定的でもなんでもないらしい。まさに、それがどうした? という顔をしている。


  「あのサラマンダーたちがやったんじゃないんですか?」

「ならなぜ犯人は逃げれた? 普通の少女なら炭になるはずだろう?」


 私は、少し声に怒気を乗せた。

 すると奴は俯く。

 ……決して、怒られておののいた、などという心理の行動ではない。奴は、心を許したものにはとことん許すという、なんとも騙されやすい性格をしているからだ。


「考えてみればそうですね……」


 どうやら考えていたらしい。どんな答えを導き出したのか、私には想像もつかないが。


「わかったら、黙って人が入り込めそうな『穴』を探せ」

「りょーかいです!」


 ふん。もともと戦力として数えてはいないので、別にいいのだが、士気を落とすようなことだけはするなよ。

 そんな視線をぎろりと向けた後、切り替えた私は眼下に広がる森に目を向け、頭を回し始める。


 サラマンダーがタマゴを奪われたという少女は――おそらく、人間の突然変異ユニーク種だ。

 いや、『おそらく』は撤回しよう。私は確信をもって断言できる。以前、よく言われた突然変異種について調べたということもあり、少しばかり、それには詳しくなっている。


 ――人間の突然変異種とは、長寿に加え、膂力、魔力のどちらかが桁違いに優れている人間(生物学的には人間という分類だが、社会的には人外とされる)のことだ。

 サラマンダーを襲った『少女』というのが素手による攻撃を使わず、かつ、高威力な魔法による攻撃を行っていたという証言から、彼女は魔力に特化した突然変異種――つまり魔女であることがわかる。


 魔法に対する適性が欠けている代わりに、膨大な魔力がある私とは違い、純粋な突然変異種。

 おそらく、なんらかの実験のためにタマゴを強奪したのだろう。

 ……道さえ違えねば、同志になれたかもしれないな。


 頭の中で思考をまとめながら、私は眼下をくまなく探した。魔力による強化により、私の眼は鷹の眼と同等か、それ以上の視力を得ている。

 木の葉の隙間から見た岩壁や地面に、見落としはなかった。


「キリシャ。もう、森を一回りほど回ったのだが、まだ続けるのか?」


 見落としはなかったはずなのだが、地面、及び岩などに、人が入れそうな穴は、あるにはあったが、魔女の姿はなかった。


 地平線には、真紅に輝く陽が、地と平行に光を放っている。……もう暗くなる。


 おかしい。洞窟の入り口まで追いかけたというサラマンダーは、「魔女は走って逃げた」と証言した。

 その証言通りなら、魔女はこの森を拠点にしていると踏んだのだが……。


「そうだな――」


 諦めて、帰ろうと言おうとしたその時、地平線に太陽が沈む。そして、その陽と入れ替わりに、森に光が一つ灯った。


「キリシャ」

「あぁ!」

「あれって!」

「シャインじゃないですか!?」


 その光は、明らかに魔法による光だった。火のように赤い光ではなく、白と黄色が混じったような、独特な色。いつもその光を利用している私たちが、見間違うはずはなかった。


「グラーシア! 頼む!」

「任せろ。あ、エレンはそこにいるんだよ〜!」

「え〜!」

「いい子だからね!」

「エレン。このお姉ちゃんたちが遊んでくれるそうだから。少し待っていてくれ」


 少し、渋っていたエレンだが、私がそう言うと、「じゃあ待つ!」と言ってくれた。

 私の背中から、「え? キリシャ君!?」という声が聞こえる。


「相手は広範囲にわたる大魔法を使える。だから、な?」


 紫の空にあっても、リーフの眼はしっかりと緑に見えた。……後ろの女のは、黒いものはどこでも黒かった。


「……わかりました」


 リーフがそう言ったところで、速やかに受け渡しが行われた。

 リーフは高所に恐怖を感じるということで、少し心配したのだが、緊張感ある現場では、そんなこと気にする余裕がなかったのか、あっさりとエレンの背に飛び移った。

 続くクロエ・ワズナも、足を滑らせかけたが、エレンの尾にすくわれ、ことなきを得た。


「よし。降りるぞ」

「あぁ」


 そして、私とグラーシアは、森に輝く魔力の光を目指して宙を切った。

 飛行の間、光に近づくに連れ、なぜか寂しさを強烈に見出したのは、なぜだろうか。


 答えはすぐそこの光に、秘められていた。

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