第14話
私が魔法陣の研究を保留にした頃、奴らが来た。ワイバーンの大群を連れて。
私の結界を越えてやって来た人間は合計四人。
「……なんだこれは」
その異様な光景は、私が一瞬、戦争でも仕掛けてきたんではないかと疑い、上着の魔法陣に手を掛けたほどだ。
だが、ワイバーンの背中に乗せられた鍋やらベッドやらを見て、すぐに思い直す。
そうか、リーフが頼んだ器具を運んできたのか。大きなベッドが少し気になったが、私はそう思い、警戒は解かずに構えだけを解いた。
「どうも、久しぶりです。キリシャさん。自分は荷物を運びに来ました。それで、この方は、キリシャさんにお話があるようです」
と、まずはじめにやってきたのは、堅い印象の軍服を完璧に着こなしたあの女。初対面のように緊張してはおらず、多少肩の力を抜いているようだ。
この女だけなら、私は戦争だと勘違いしたりはしないし、警戒もしない。
問題は、この女の後ろの人物だ。
「これはこれは、お初にお目にかかりますネェ。私は王国から来ました、ウローム・グロリエスと申します」
私が初めて見た、白髪混じりの男は、目を糸のように細め、手を差し出してきた。
その左右に侍る若い男は、いつでも魔力を行使できるよう、ピンと張っている。言うなれば、常に私に向けて弓を引いているような状態だ。
ウローム何某とか言った男の、友好的に見える態度とは矛盾している。そんな態度で手を取ってもらえるとでも思っているのだろうか。
「あ、自分は荷物運びをしますね」
クロエ……という女は、一人この歪な空気を読まずに、ワイバーンに積んだ荷物を家に運び始めた。ここにいても邪魔な上、リーフの側にいてもおそらく、無害なので止めない。
私たちを害する可能性があるのは、こいつらだ。
「お前。その左右に侍らせている奴が私に魔力を突きつけているというのに握手しろと?」
「……そうですか。お許しを。エン、スク」
「「御意」」
私が従者の臨戦態勢を指摘すると、白髪の男は、その細い目からほんの少し、黒光りする瞳を覗かせ、指示を出した。
すると、すぐに収められた魔力の矛。一瞬の出来事だった上、まったく
……こいつは王国の高官だな。なにか政治的な目的でもあるのかもしれない。
私は男の従者の、卓越した魔力操作を見てそう思った。
これほどスムーズに体内の魔力を扱える、高レベルな戦士を二人も侍らせているとなれば、王国でもかなり上位に属している人物なのだろう。
「エンとスクの警戒は解かせましたが……あなたは解かないようですネェ」
「当たり前だ」
相手が何を考えているのか読めない以上、警戒しないわけがない。
「まぁいいでしょう。今日は友好関係を結びに来たわけではなく、ただの『お願い』をしに来ただけですからネェ」
「なんだ。聞くだけ聞くが、こちらにメリットがなければ無視するぞ」
「聞いて頂けるだけでも十分ですよ。あなたはこの『お願い』を受けてくださるでしょうからネェ」
糸のように細い目からは感情が読めず、吊り上がった口許と、気持ちの悪い語尾が私をバカにしているようで、鼻についた。
「なんだ。早く言え」
私がそうやって怒気を含んだ言葉を放つと、男の左右に控える従者が、主人を護るように前に出た。
私も構える。
「止めなさい」
従者が一歩引いた。私は引かない。
「あなたは気が短いようですネェ。早めに要件を済ませたほうが無難ですか」
「………」
白髪混じりの男は口許を吊り上げたまま、私が構えを解いたのを確認し、話始めた。
「『お願い』というのはですネェ。あの女」
男はせっせと鉄を運ぶ女を指差した。
「クロエ・ワズナをここに住まわせて欲しいのです」
「無理だ」
「即答ですか」
「当たり前だ」
ストレスが溜まって研究に支障が出る。
「あなた方にメリットがないわけではありませんよ? あの女は週に一度帰らせますし、戻る時には今回のように食品などを送らせます。こんな山奥だと、食べるものも
あの女をここに住まわせるのにはあまりに小さいメリット。それに、このメリットはどう考えても上部だけのものだ。
今ので少し、人間たちの企みが見えてきた。
「……私を監視したいのか?」
私の側に王国の人間を置き、定期的に報告をさせるため、帰らせる。とすればその『お願い』の意味が通る。監視されるような心当たりは……いくつかある。
「あなたにはあまり隠し事はしない方が良いようですね……。そうです。あなたは神話級の竜と交流があるようですから、国をひっくり返されないか心配なのですよ、我々は」
「……ほう」
どうせ、ここで断れば、国に対して反逆心を持っている、悪の芽を摘まなければ、とするつもりなんだろう。
国には『勇者』がいる。『翼』のない私がここで歯向かえば、今までの研究は泡と消えるだろう。
……断われば、詰む。悔しいが確かに、『お願い』を受けるしかないようだ。
「それで、どうしますか?受けてくれますか?」
男は語尾をやけに上げる。バカにされているようで、腹が立つ。
だが、睨みつけ、この男の吊り上がった口許を見ていれば、腹が焼けそうになってしまうので顔を逸らした。
「………いいだろう」
「そうですか! ありがとうございます〜!」
「くっ……!」
耐えろ……耐えろ……! ここで燃やせば私の研究も燃える……!
私は上着のポケットに入った石を握り締め、砕いた。
「それでですね。次はあなたに『いい話』があるんですよ」
『次は』というフレーズに反応してしまったのは、もはや仕方のないことだろう。
「おおっと、『いい話』には興味がおありのようで〜!」
「……あぁ」
もう、それでいい。
「それで『いい話』というのはですね。この絶壁山の西の洞窟でですね、サラマンダーが暴れているんですよ。今はちょうど『勇者』たちが出払っていましてネェ、頼めるのが、S級盗賊団を『一人で』倒したあなたぐらいしかいないんですよネェ。どうです?報酬もでますし、竜種であるサラマンダーと仲良くなれるかもですよ?」
私は最初、この男の話を聞き流すつもりでいたが、『サラマンダー』という単語を聞いた直後から、興味を持ってしまった。
「……なるほど」
サラマンダーは、正確には竜種ではなく、蜥蜴科に分類される魔物なのだが、その蜥蜴科の中でも一番竜に近いといわれている魔物だ。
それに、サラマンダーは温厚な性格で有名なはずだ。暴れているとは珍しい。なにかの病、怪我で苦しんでいるのかもしれない。
素材も魅力的だ。
これは、行く価値があるな。
「どうです?」
おそらく、クロエ・ワズナという女から、この前の話を聞いているのだろうが、この男は一体、私をどこまで知っているのだろうか。
……少し疑念もあったが、私はこの話を受けることにした。この話を受けるデメリットが思い浮かばず、メリットも大きいからだ。
「そうだな。受けよう」
「おぉ! ありがとうございます〜! それでは、次の週、あの女に依頼の受諾書など必要な物を持たせますのでその日からお願いします」
「あぁ」
確かに『いい話』は良い話だったが、総合的には、やられた。そう思い、ため息を吐くと、なんだか、身体がドッと重くなった。
「では、私どもはこれで。用は済みましたので」
「あぁ」
早く帰れ。そして二度と来るな。
私はあの夢にまで出てきそうな気持ちの悪い笑みを視界に入れないようにしながら、奴らが山を降りたのをしっかりと確認した。
振り向けば、特大サイズのベッドを一人で運ぼうと奮闘しているクロエ・ワズナがいて、私は嘆息した。
「手伝おう」
「え? いいんですか!?」
「あぁ。仕方ない」
「ありがとうございます!」
これからしばらくは研究の進行速度が大幅に落ちそうだ。それをどうにかするためには、この女の目をいかに早く停止させるかが鍵になってくる。
リーフに睡眠を助長するようなお茶でも開発してもらおう。そう思いながら、私はベッドを家に運び込んだ。
その後は、ベッドと残った女を見て立ち尽くすリーフに、死んだような目で全てを説明することになった。
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