第13話

 私たちの食事が終わり、ハーブティーの香りが漂い始めた部屋には、穏やかな空気が流れていた。


「どうぞ〜」


 そんな中、全員にお茶を配り終えたリーフが、机の上をよたよたと歩くひよこに餌をやった。


「ピピピッ」

「可愛いひよこですね」

「ひよこじゃないよ!ピコだよ!」


 私とリーフの二人での食事は、穏やかなものではあるが、ここまで賑やかなものではなかった。お互いに、あまり口を開く方ではないからだ。

 だが今日は、エレンがいることで場が和み、リーフも私も、いつもより饒舌になっている。


「ピコっていうのか。いい名前だな」

「うん! 僕がつけたの!」

「名付けというのは貴重な体験だからな。我もまだ一度しかしていない」

「そうですね〜。あ、この子どこで拾ったんですか?」

「いや、拾ったのではなく、買ったのだ」

「え?」


『買った』か。そういえば、グラーシアは先ほどの会話でひよこが流行している、と言っていた。その『流行』というのがなんなのか気になっていたところだ。人の世での流行なのか、竜の流行なのか。


「人の世で買ったのか?」

「そうだ。我らは人の姿を取れるからな。お金とやらを手に入れるのには苦労したが、それでも手に入れたいと思うほど人の作るものは娯楽性に富んでいるのだ」

「なるほど」


 確かに、永遠にも近しい生命を持つ竜にとって、娯楽というのは大切なものなのかもしれない。

 私たち人間は短命で、生き急いでいるくせに、そういう娯楽が充実しているというのも皮肉な話だが。


 ……そういえば。私はあのクロエ……何某とかいう奴に『流行の物』を買ってこいと言っていたな。

 まさか有精卵でも買ってくるんではないだろうか。

 まぁ、リーフのこの様子だと小動物は好きそうだから、それでもいいか。おそらく喜んでくれる。


 その後私たちは、ピコのことや、グラーシアたちのお気に入りの遊び、エレンの父親の話などをして平和な時間を過ごした。



 そしてしばらく、そうやって緩やかに会話を続けていると、会話に参加する者が一人減った。

 すぅ、すぅとグラーシアの膝の上で寝息を立てるエレンに、三人の目が集まる。


「エレンはもう睡眠の時間だ。これ以上は迷惑になるだろうから、我も、もうおいとましよう」

「私は気にしないが?」

「私も大丈夫ですよ?」

「いや、実を言うとな。巣に帰って内職をせねばならぬのだ」

「あぁ、そういうことか」


 確かに、お金を稼ぐというのは大変そうだ。

 私はもう人の世とは離れた生活をしているが。


「では、和やかな時間をありがとう。また来てもいいか?」

「ぜひ、また来てくれ」

「待ってますよ」

「ありがとう。ではまた」

「また」

「はい!」


 グラーシアは竜の姿とはならず、人の姿のまま、エレンを抱いて帰って行った。

 もちろんピコも一緒だ。



「途端に静かになりましたね」

「あぁ、そうだな」


 夕暮れ時の部屋は薄暗く、あかりをともさなければ、文字も読めない。

 私は無属性魔法である「【シャイン】」を唱え、少しの寂しさを追い出し、机に着いた。


「お茶、お代わりしますか?」

「頼む」

「はい!」


 リーフはお茶を継ぎ足すために、キッチンへと向かう。


 さて、今からエレンから貰ったこのウロコで、先日の魔法陣を完成させようか。


 私は机の上に、紙に写した『竜の息吹』の原本となる物と、巣から持ち帰ったグラーシアのウロコ、最後にエレンのウロコを並べた。


 まずはグラーシアのウロコを、平らにしなくてはならない。これが一番、骨が折れる作業だ。

 前回使った石の魔法陣なら、この削る段階にそれほど時間を必要としなかったのだが、今回は何と言っても竜のウロコだ。強度が段違いになる。


 さてどうするか、と唸っていた時に、リーフがハーブティーを運んで来てくれた。


「ありがとう」

「いえいえ」


 辺りに心地よい香りが漂う。

 一口、目の前のお茶を含み、長い息を吐く。


「どうしたんですか? 難しい顔をしてますよ?」


 私が唸っていると、リーフは眉間を指差しながらそう言ってきた。

 私は自身の眉間をぐいと広げながら答える。


「いや、このグラーシアのウロコで魔法陣を作ろうと思ったんだがな。いかんせん強度が高く、どう加工したものかと悩んでいるんだ」

「え? キリシャ君は前にエレンちゃんの逆鱗を再現して見せたんですよね? その時みたいにまた、平らなウロコを再現したらいいんじゃないですか?」


 リーフは知識が無いなりに色々考え、様々な視点から案を出してくれる。そのことで私の研究が助けられたのも、一度や二度あった。

 だが今回の案は、すでにわたしが試し、ボツになったものだった。


「いや、手本があれば魔力構造を完璧に再現してウロコを作り出すことはできるんだが、『真っ平らにする』のようにアレンジを加えるのはまだできていないんだ」

「へ、へぇ。私にはよくわからない世界ですね……」

「うーむ……」



 結局、結論は出ず、いたずらに日数が過ぎただけだったので、この件はとりあえず保留とし、私はその他の研究を進めていくことにした。

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