第12話

 クロエ・ワズナとかいう見た目だけヘッポコ王国使者エージェントは、リーフとしばらく話し合った後、ようやく部屋に戻ってきた。


 その女が手に持つ紙には、かなりビッシリと文字が書かれていて、少し驚いた。


「おい、そんなにたくさん注文して大丈夫なのか?」

「大丈夫です。というのも、貴方が討伐なさった盗賊団はS級で褒賞金が金貨7000枚ほどありますから」

「ほう」


 金貨7000枚か。それなら、確かに普通の服や調理器具で使い切ることはないな。

 ……少しリーフにオマケでも付けておくか。

 ちらりとキッチンの方を伺うと、リーフはまだ出てきそうになかった。よし。


「なら、追加で最近王国で流行りの物をリーフに買ってきてはくれないか?」

「はっ! 畏まりました!」


 この女が決めるのではなく、『流行の物』と指定しておけば、なかなか失敗するものでもないだろう。おそらく。


「では頼んだ」

「はっ! 失礼します!」


 使者は、見た目だけ立派な敬礼をして、帰っていった。


 ……王国側もあの女が五体満足で帰って来たら驚くだろうな。そんなレベルの奴だった。

 物資を届けるとき、またあいつが来るのだろうか……。


「はぁ……」


 だが、溜息交じりに見送ったのも束の間。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」


 私の結界の中に、二人の竜が入ってきた。

 ……対面したな。

 すぐにそう思った。


 やはりと言うべきか、先ほど出て行ったばかりの女が、乱暴に家の扉を開けてわめき散らしてきた。


「竜が!! 竜が!! 敵襲!! 敵襲!!」


「だまれ」


 昼ご飯を作ってくれていたリーフが、何事かとおたま(木製)を手に慌ててキッチンから出てきたので、とりあえず騒ぎの元凶を組み伏せた。


 奴は王国の軍服を着ているくせに、「ふぐぅぁ」と情けない声を上げて床に這いつくばった。組み伏せるのは、驚くほどに簡単だった。


「……おい、落ち着け。あの竜たちは私の友人だ」

「ゆ、友人ですか!?」


 友人だと言ってすぐに信じたようで、女からは抵抗する力が抜けた。私もその上から降りてやる。


 どうやらこの女は、他人の言うことをすぐに信用してしまう奴のようだ。普通の人間なら、竜が友人と言われても容易に信じないと思うのだが。


 リーフの方はグラーシアたちのことをすでに知っているので、ホッとした顔をした後、昼ご飯を作りに戻った。


 そして、騒ぎが収まったところで、開け放たれた入り口に立っていたグラーシア。その隣には、赤髪の上に小鳥を乗せた幼児が。


「……誰だ? そいつは」


 グラーシアが軍服の女を指してそう言った。


「この女は……王国から来た女だ」

「自分はクロエ・ワズナという者です」

「ふむ。なぜそいつがここにいる?」


 グラーシアも、この女の異物感に気が付いたのだろう。


「だそうだ。早く帰れ」

「……はっ」


 ヘッポコ王国使者は結界の外で、木に繋いでいたワイバーンに乗り、ようやく帰った。


「ふぅー……。さて、その子はどうした?」


 私はグラーシアの隣で私に青い瞳をじっと向けている幼児を指してそう言った。その赤毛と瞳の色からして、まさかとは思うが……。


「エレンだ」


 あぁ。やはりそうだったか。


「すごいな。もう立派に人化できている」


 まだ生まれて一月ほどしか経っていないのだが、竜とは永遠とも言われる寿命の割に成長が早いらしい。新たな発見だ。


「エレン〜。褒められちゃったね〜」


 この親は変わっていないようだが。成長したエレンはそれをうとましがっていないのだろうか。


「えへへ〜」


 ……いなかった。とても嬉しそうにニコニコとしている。


「じゃあエレン。褒めてくれたお兄ちゃんにあれをプレゼントしてあげよっか!」

「うん! する!」

「ほう、何をプレゼントしてくれるんだ?」

「これ! あげる!」


 そう言ってエレンが私に手渡してきたのは、小さな赤いウロコだった。


「これは……。まさか、エレンのウロコか?」

「うん!」


 ……素晴らしい!

 親指の爪ほどの大きさだが、ずしりとした重さがある。おそらく、鉄を遥かに超える密度を持っているのだろう。


「エレンは一昨日、初めての『生え変わり』だったのだ。逆鱗も無事に生え変わってくれたぞ」

「ほう。それはよかった。おめでとう、エレン」

「ありがとう!」


 エレンは、屈託のない笑顔を見せてくれた。


「それでね〜エレン。お兄ちゃんがね、成長したエレンの姿が見たいな〜って言ってるから、見せてあげたら?」


 そこで嬉しい提案をしてくれたグラーシア。


「うん! わかった!」


 エレンの、その素直で純粋な姿に、私は思わず抱き締めたくなってしまった。


「あ、お母さん。ピコ預かってて」


 そう言ってエレンは、頭に乗せていた小鳥を、そっと掌に移す。黄色い毛の小鳥は、まだ羽が成っておらず、飛べないようだ。


「うん。お母さんが大事に預かってるからね〜」

「グラーシア、その小鳥はどうしたんだ?」


 竜の姿になるため、少し距離を取るエレンの背中を見つめながら、私はそっと聞いてみた。


「あぁ、エレンに、我ら竜にはない命のはかなさというものを学ばせておこうと思ってな。最近流行しているひよこの『擦り込み』というものをやってみたのだ」

「なるほど」


 親だと思われているなら、逃げることもない上、愛着も湧いてくるだろう。エレンが命の儚さを学ぶのには、これ以上はないな。よく考えたものだ。


「じゃあいくよー!」


 そして、私たちがそんな話をしている内に、十メートルほどの距離を取ったエレンが元の竜の姿へと戻り始めた。


 火のような赤い光がエレンの身体を覆い、それが次第に膨らむように大きくなっていく。

 そして、火の玉は五メートルほどまで膨らみ、消えた。


 中から現れたのは、二メートルほどの大きさの火竜。

 小型犬ほどの大きさだったエレンがここまで成長したのか……。


「立派であろう?」


 私の隣にいる親バカドラゴンでなくとも、立派だと思わせる迫力が、エレンにはあった。


「あぁ、立派だ」


 私は目の前の火竜にゆっくりと近づく。


「どう? 僕、カッコいい?」

「あぁ、ものすごくカッコいいな」

「へへっ、やったあ!」


 私が子供とは思えない迫力に圧倒され、本来の目的を忘れていると、掌のウロコがずっしりとした重さで、存在を示してきた。


 ……忘れていた。このウロコの構成魔力と今のエレンの構成魔力を見比べるんだったな。


 私は目に魔力を集め、エレンの身体と、掌のウロコとを見比べる。


 結果、掌のウロコと比べると、今のエレンの身体を構成している魔力の密度は少し小さくなっているということがわかった。

 今のエレンの構成魔力には、掌のウロコには無い、小さな隙間ができていたのだ。


 やはり、成長と共に密度が変わってゆくようだ。


「ありがとうエレン」

「お兄ちゃんが人の姿になっていいよって言ってるよ〜、エレン」

「わかった!」


 グラーシアにそう言われたエレンは、先ほどのように火のような光に包まれ、だんだんと小さくなっていった。

 そして、光の中から出てきた時には、小さな子供の姿に。


「ねぇお母さん、お腹空いた!」

「そうだね〜、お腹空いたね〜」


 エレンは、人間の姿となれば、途端に年相応になった。赤色の子供服に包まれたその姿からは、威厳ではなく愛らしさが漂う。

 何か、食べ物をあげたくなった。


「みなさ〜ん! お昼ご飯が出来ましたよ〜!」


 そこに、素晴らしいタイミングでリーフがやってきてくれた。


「グラーシア、エレン。リーフがご飯を用意してくれたようだから、一緒に食べよう」

「うん!」

「すまないな」

「いや、こちらこそ。今日は研究が大きく進むだろうからな」


 そう。今日はエレンのウロコのおかげで、私の研究が一つ、大きく進むのだ。


「わぁ、可愛い子」


 リーフは四人分の食事を用意していて、笑顔で竜の親子を迎え入れてくれた。

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