第11話

 

「ありがとうございました……。もう落ち着きましたので」


 王国からやって来たクロエ・ワズナという女は、リーフが出してくれたハーブティーを飲んだことにより、ようやく落ち着きを取り戻した。

 今は、書物を退けた机に、私と対面して座っている。リーフはまるでどこかの店員であるかのようにお盆を構え、机の側だ。


「礼ならリーフに言え。これを淹れたのは私ではない」

「そうですね。リーフさん、ありがとうございました。とても美味しかったです」


 女は座ったままながら、うやうやしく礼をした。その、なかなかに洗練された動きは、この女を一級の王国使者エージェントにまで見せる。

 実際はそうではないと断言出来るが。


「いえいえ」


 私が女に胡乱げな目を向ける一方、リーフは自分が淹れたお茶を褒められたことにより、初々しくはにかんでいる。片手で自身の髪をくりくりと弄っているのがその証拠だ。


「……それにしても、お二人は何の研究を? 研究者であれば、調理器具などより、研究器具などのほうが宜しいのでは?」


 おそらく、私とリーフが共に『白衣』を着ているので、私たちの両方が研究者だと考えたのだろう。


「あ、いえ、私は研究者じゃないんです」


 リーフが首を振る。


「研究者は私だけだが?」

「え? ではなぜ、お二人共が白衣を着ていらっしゃるのですか? もしかすると、一世代前に流行ったお揃いペアルックというものですか?」

「ペアルック、とはなんですか?」


 リーフが小動物のような仕草で、首を傾げた。その動作を見て、女がにこにこと楽しそうにしている。なかなか危うい話だというのに、呑気な。


「ペアルックというのはですね。夫婦または恋人、親友同士が同じ服を着て、仲の良さをアピールする、というものですよ。家の中でもペアルックなんて、お二人はとても仲が良いのですね」

「ち、ちちち違いますよ!? 夫婦や恋人だなんて……。違います!」


 夫婦や恋人は否定したのだが、親友ライバルということは否定しないリーフ。もちろん、それは私も否定しない。


「そうだ。そういうのではなく、リーフは白衣これしかないから着ているだけだ」


 リーフもこくこくと頷く。


「えーと。これしかない、とは?」


 こいつは、少し反省させたほうがいい奴だな。


「……リーフ、こいつに説明してやってもいいか?」

「はい。もう過去のことですから、大丈夫です!」


 なかなか前向きな考え方になってくれたようだ。やはりまだトラウマが気になるが、それも時間が解決してくれるだろう。


「そうか、強いな」

「あ、ありがとうございます……」


 先ほどもそうだったが、リーフはまだ褒められ慣れていないようで、褒めると小さくなったり、緑の髪を弄ったりして、はにかむ。その様子は微笑ましいというよりも、『感動的』とした方がいいだろう。


「それで、服がこれしかない理由を説明するとだな。リーフが盗賊たちにとらわれていたからだ」


 にこにことしながらリーフがはにかむ様子を見ていた女は、また固まった。


「被害者の方だったなんて!? も、申し訳ありませんでした……!」

「あ、いえ。大丈夫ですよ」


 ふん。この女はあまり考えもせずに行動する性格のようだ。ルルと同じ――とは言いたくないな。この女はかなり欲が深そうだ。それに、学びそうにない。


「ふん。これでリーフが研究者でないのと、服がこれしかない理由がわかったろう」

「はい……。あ! そうだ! お二人共、乗り物はこちらで用意できますので、カウパティで買い物などしてはどうでしょうか」

「私は絶対に行かない」


 またか。やはり、学ばない奴だった。しかもニワトリ並みの脳をしているようだ。


「えっ?」

「えと、キリシャ君が行かないなら私も……」

「えぇっ!?」


 女は、私とリーフを順番に見て、目を見開いた。……なんだか、だんだん忌々しくなってきた。


「お前。次は私がわざわざ人里から離れて研究している理由を話さなければならないのか?」

「あ! 申し訳ございません……!」

「まったく、よく考えてから口を開け」

「仰る通りで……」

「ふん。王国の考えが少しわかった」


 おそらく、この女は捨て駒だ。こんな秘境に一人で来させるなど、大事にしている私兵ならありえない。


「………」


 女は、私が何かを喋る度にどんどんどんどん縮こまっていった。そのうち見えなくなるのではないかと思っていたところで、リーフが止めた。


「えっと、キリシャ君、その辺に……」

「あぁ、そうだな。私の時間が取られる」

「も、申し訳ございません……」


 すっかり肩も窄められ、どう見ても尋問じんもんされているようにしか見えないような状態になったところで、その縮小化は止まった。

 リーフに感謝しろ。


「……それでは、その謝礼というので、服も買ってもらうってことはどうでしょうか。私、着たい服があるんです」

「あ、出来ると思います!」


 女はリーフの助け船により、急浮上を果たした。また妙なことを言い出さないか心配だ。私は睨みを利かせて牽制けんせいする。


「じゃあ、キッチンで欲しい料理器具とかもまとめて言いますね」

「はい! 助かります!」

「ふん。ほら、紙とペンだ」

「ありがとうございます……!」


 ようやくこの女がこの部屋から出ていってくれる。そう考えたことで私の牽制が緩んでしまったのだろう。女はまた、私の神経を逆撫でした。


「それにしても、こんな量の紙、一体どうやって集めたんですか?」

「いい加減にしないか、私も怒るぞ」

「ももも、申し訳ございません!!」


 女は逃げるようにキッチンへと入っていった。

 ……まったく。こんな量の紙、普通の方法では集められないことぐらい、考えたらわかるだろうが。


 今日はグラーシアが来てくれる予定だ。女には、出来るだけ早く帰って欲しい。

 私は溜息を吐きながらそう思った。

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