第5話
なんだか、柔らかくて暖かいものに包まれている感覚がして、あぁ、私は死んだんだ、と思った。
チュンチュンチュン……と、鳥たちの楽しそうなさえずりも聞こえてくる。
いつもの、ザラザラして気持ち悪い服の感触もないし、やっぱり私はあのまま落ちて死んだみたいだ。……もちろん死んで悲しい。だけど盗賊たちから解放された嬉しさが、後からじわりと込み上げてきた。
身体も軽い。痛みもない。身体を包み込む感触も、聞こえてくる音も全部心地いい。
ここは天国なのかな? と思って、目を開ける。
……うん。私、地獄に落とされた。
どこを見てもカミカミカミカミカミ……以下略。
盗賊たちが言ってたことだけど、紙はけっこう高価で、お金になるみたい。いくらお金持ちなカウパティ王国のお城でも、こんなにたくさんの紙はない……と思う。
多分だけど、この紙は
「私、悪い事してないんですけど……」
なんて、一人で呟いても仕方ないよね。
「よいしょ」
布団から出て、みると、私は裸だった。死んだ時は、着てる服もなくなっちゃうみたいだ。ちょっと恥ずかしい……。
何か隠せる物はないかなと探してみたけど、身体を覆えるような物はこの毛布だけ。でも、この毛布に包まってたら、私の冤罪は晴らせない。
私はこの紙の山の中から自分の名前を探し出して、閻魔様か仏様かわからないけど、とにかく偉い人に見せつけて冤罪を晴らす事にした。
文字は読めないけど、自分の名前くらいはわかる。私の売買の契約の時、嫌というほど見せられたから。
そう。私は奴隷。だけど、死んでまで奴隷みたいに働かされるのは嫌だ。地獄は悪い人が、自分が犯した罪を償うまで何万年でも働かされるような場所だって聞いている。
私を攫って売った人や、私を使った盗賊たちなら地獄に落ちて然るべきだと思うけど、私は――何もしてないし、何もできずに死んだ。
地獄に送られる理由がわからないし、多分ない。
ガシャガシャと紙を掻き分けて私の名前を探すけど、やっぱりこの量じゃあ、なかなか見つからない。
「これ、掃除しながらやったほうが早いかも」
うん。言葉にしてみてもやっぱりそう思う。同じような形の文字がいっぱいある紙は同じ場所に集めて、新しいのと混ざらないようにしないと。
じゃないと無限回廊みたいにぐるぐると同じところを回ってしまいそう。
この文字はこっち。うわぁ、机も紙だらけで汚いよ……。
あ、服見っけ。男物だけど、別に貰っちゃってもいいよね? 私は向こうの手違いでここにいるんだから、裸でいる理由なんてないし。そもそも恥ずかしいし。
うわ、ここは埃が凄い……。窓はないかな?
あ、あった。一括りの紙の束が作った塔に埋もれてた。ちゃんと棚があるんだからそこに仕舞わないと。
よし、これで換気は大丈夫。紙の整理に集中できる。
……あれ?これ、棚をちゃんと使えば散らばってる紙もちゃんと整理できるみたい。
最終的に、扉から向かって――扉は二つあるけど――左右の壁全体に備え付けられた棚を全部埋めたところで綺麗と言えるようになった。――綺麗にはなったけど、私の名前が書かれた紙は見つからなかった。
どうしてなんだろうと頭を捻った結果、今、ここに元々いた偉い人が、私の名前が書かれた紙をもって、私がここに来たのは間違いですって言いに行ってくれているのかもしれない、というのが思い浮かんだ。
そうならそうと置き手紙でもしてくれてればよかったのに。紙はこんなにたくさんあるんだから――読めないけど。
私はぷりぷりと怒りながら柔らかいベッドにぼすんと座って、偉い人を待つ事にした。
「………」
死んでもお腹ってすくんだ。
落ち着いてくると、私は自分のお腹が減っていることに気づいた。
何か食べるものはないかな、とキョロキョロしてみても、この部屋には何もない。
じゃあ、この部屋の両端にある扉のどちらかがキッチンなのかもしれない。
とりあえず、窓が無くて、陽の光が入ってきていない方の扉を開けてみると、ちょうどキッチンだった。
中には、調理台の上に調味料があったり、乾燥したお肉が干されていたり、多分保存用の、大きな木でできた長方形の箱があったりと、食べるものが多そうだった。
長方形の箱の正面を開いてみると、中から銀色の――多分鉄でできてる――箱が出てきた。触ってみるとひんやりと冷たい。さらにそれを開くと、けっこう、いろんなものがあった。
葉野菜や根菜、果物、干し肉、大きな氷、それに……何かの血。
これだけでも十分、美味しい料理が作れる。
私は葉野菜、根菜、お肉、あと調味料を一人分にしては少し多めに拝借して料理を作った。ちょっと多めなのは、すごくお腹が減ってるから。
出来上がった料理は、調理器具が完璧に揃ってなかったから凝ったものじゃあないんだけど、美味しいものにはなった。多分、素材と私の腕がいいから。
キッチンからテーブルがある部屋に戻って、自分で作った料理を食べる。
うん、美味しい。
私のこの料理の腕は、生きる上で絶対に必要なものだった。
私を買った盗賊たちは、食べるものにうるさくて、召使役の私が少しでも気に入らないものを作るとすぐ暴力に訴えてきた。
私が女であっても、容赦なんてまったくなかった。
最初の頃は、身体中が痛くて眠れない、なんてこともけっこうあった。それがまた、死なない程度に抑えられていて、死ねなくて、よけいに苦しかった。
多分、盗賊たちはせっかく買った私を壊したくなかったんだと思う。
そのうち、私の料理の腕が上がるに連れて、私がいたぶられる回数も減った。それでも、私の苦痛はぜんぜん和らがなかった。
回数が減った分、内容が濃くなったから。その内容は思い出したくもないけど、もう拷問と変わらなかった。……あの男が私を呼ぶ時の、とても低い声が今も耳に残っている。
私はその声を聞くのがいやで――肉体と精神を擦り金で少しずつ削られていくような苦痛が嫌で嫌で、カウパティの絶壁山に逃げた。
カウパティの絶壁山を選んだ理由は、自殺ためじゃあない。盗賊たちの棲家から一番近くて、それでいて盗賊たちから逃げれる可能性が一番高い場所、それが絶壁山だっただけ。
……結局死んじゃったんだけど、あのまま盗賊たちから逃げるだけの人生を送るんだったら、この方がいい。
あの低い声から逃げられたんだ。逃げ切れたんだ。生きて自由を謳歌したかったけど、あれから逃げれたのが、やっぱり一番。
そう思って、にやりと笑ったところで、扉が――玄関が開いた。
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