第4話

「さて、コイツはどうしたものか」


 私はグラーシアが運んできた人間をベットに横たえた後、少し困っていた。


「身体のあちこちに傷があるようだな。それに、こうも魔力を消耗しきっていては、自己再生もままなるまい。貴様、医者であろう?治してやらないのか?」


 グラーシアは相変わらず入り口から足を踏み入れない。何かから守るようにエレンを抱き、顔だけを家に入れて言葉を飛ばしている。


「……人間はあまり好きではないんだ」

「そうだろうな。そうでないとこのような秘境に棲もうとは思うまい。だが、此奴もそうではないのか? 見たところ風魔法の適性が強いようだ。……我の予想だが、風魔法を使ってここまで逃げて来たのではないか?人間の世から」


 グラーシアにそう言われた私は、もう一度ベットに横たわる女に目を向ける。


 服は……服とは言えないだろう布一枚。これは奴隷によく見られる格好だ。私がまだ人里に住んでいた頃、よく偉そうな奴らがこんな服装の人間を連れていた。


 人間が人間をおとしめる悍ましい光景はまるで共喰いのようにも見え、危うく何度も胃の中のものを白昼の元に公開しそうになったものだ。


 ……もし、コイツが奴隷だとしたら、私が苛立ちを向けるのも御門違おかどちがいというものだ。思考を変えれば、グラーシアの言う通り、同じく人間に貶められたもの同士だとも言えよう。


「そう、かもしれないな。いや、そうだろう」


 この女に付いている裂傷も、魔力が尽き、この山の樹木に墜落して付いたものだ……とすれば誰もがすんなりと受け入れるだろう。


 ――仲間同士、助け合わないとダメだよ!

 不意にルルの言葉を思い出す。


「貴様の過去に何があったかは知らぬが、竜には甘いくせに人間にはキツイ当たりをするんだな。もし我が貴様の立場なら同類のよしみとやらでパパッと治療してやるぞ?」

「……私にも『同類の好』くらいはある。わかった、治療しよう」


 私がそう言うと、最初からそうしていればいいものを、とでも言うように、グラーシアは鼻をフンと鳴らした。


 その竜を尻目に、上着のポケットに常備している魔法陣を取り出し、手の甲に乗せる。


 掌を女にかざした状態で、紙に魔力を流せば、紙は板のようにピンと張り、魔法陣も光り始める。


「【擬似魔法】リザレクション」


 そして最後に魔法名を唱えることで、魔法陣が反応し、私の魔力を魔法に変換する。


 唱えた魔法はもちろん回復魔法。

 透き通るようなエメラルド色が女を包み込み、傷を癒してゆく。


「器用なことをする」


 グラーシアが感心したような、呆れたような声を発した。……私はそれを感心の声だと解釈した。


「私は、無属性にしか魔法の適性が無い」


 私がそう言っても、グラーシアは驚く素振りも、訝しむ素振りも見せず、ただ当たり前のように「ほう」と言った。


 やはり、人間たちとは違う。


 ――才能の無駄遣い。

 ――才能が勿体無いわ。


 私が無属性にしか適性がないと知れれば、人間たちは様々なことを言い始めた。

 事実ならまだいい。時には、事実でなく、魔術とも関係のない嘘が広まったこともあった。


 ――あいつに近づくと才能を吸われる。

 ――あいつは人工的に作られた突然変異ユニーク種の失敗作だ。


 挙げ句の果てに――あいつを殺し、血をすすれば魔力が手に入る、なんてことまで広まり、実際に命を狙われたこともあった。


 ただ、そんな魔導研究所での生活も、悪いことだけではなかった。魔導研究所での生活は、私に人間への敵対心を植え付けるとともに、原動力をも与えてくれたのだ。


 私には無属性の適性しかない。だが私は何者にも染まっていない無属性なら、何者にも染まれると解釈し直し、この道を開拓する一条ひとすじの光を見出すことができたのだ。


 個々の持つ魔力には、必ず一定の『構造』がある。それを『模す』ことで、私でも様々な魔法が使えるのではないか?と。


 もちろん、前例の無いことで、先人たちの研究をなぞるだけではどうにもならなかった。苦労することもあった。がそこは持ち前の才能とやら――突然変異ユニーク種とまで言われた魔導の才能でどうにかできた。


 努力というよりも、意地で乗り越えた。


「無属性しかないからこそ、これを身につけたんだ」


 その結果はこの通り。

 竜との出逢いや、聖属性である『リザレクション』に、竜の逆鱗を構成する陣……。様々なものを手に入れた。彼らが私に与えた原動力のおかげで。


 私は、女からボロボロの布を取り除き、全ての傷が癒えていることを確認する。

 布はかなり汚れていてもう使い物にならないようなので、グラーシアに外で燃やして貰った。


 代わりに産まれたばかりの姿となった女には、ルルに作らされた羽毛100%(それもこの山に生息する魔物の羽毛)の布団を掛けてやった。この布団を、ルルはとても気に入っていたな……。


 心なしか女の表情も和らいだ気がした。


「そういえば、ルルという鈍色にびいろの竜から聞いたぞ?貴様は今の魔法を極め、竜化の魔法を完成させるそうじゃないか」


 丁度ルルのことを考えていた時だったので、その名に、少し過敏に反応してしまった。

 グラーシアはそんな私をチラリと見たあと、燃えて灰になってゆく布に目を移した。そして、その声色、視線にどんな感情が込められているのかは、私にはわからなかった。


「……お喋りなヤツだ。あぁそうだ。私は汚れた人間の身体を棄て、竜として生きたい」

「そうか……」


 この『そうか』に私は、何故か憐れみの感情を感じてしまった。


 その態度の裏に、何が隠されているんだ。

 私はテーブルに着き、考えた。

 だがそれは、すぐに馬鹿らしいことではないかと思うようになった。



 エレンが目覚めると同時に、グラーシアは変ぼうしたのだ。


「ぎゃあ、ぎゃあ」


 エレンは腹が減ったのだろうか、以外と小さい声で泣いていた。


「あ〜、お腹へったんでちゅね〜。じゃあ早くお家に帰ってご飯にしまちゅね〜」


 そのグラーシアのだらしない顔ときたら。

 青い瞳は溶けた蝋のようにどろりと下がり、声も私に掛けるものとは別のそれだった。


「げふん。あー、我は一度寝床に帰るぞ」

「あぁ。頑張れ母よ」


 私が先ほどのお返しとして、からかうようにそう言えば、グラーシアは少し赤らんだ顔で、私を睨み、帰って行った。

 竜の姿で親子仲良く。


「何が食べたいでちゅか〜?」

「ぎゃあぎゃあ」

「そうでちゅか〜」


 先ほどの意味深な態度は忘れよう。私はそう思った。



 ちなみに、魔力を使い果たしたヤツはその日、ぐっすりと眠り続けた。

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