第6話 学食

 お昼時、だれかがお腹小さく鳴らしたことで、勉強はお開きになりアン先生とアリナ、俺で学生食堂に来ていた。

「お疲れ様です。

 今日の食券は私が奢ってあげますよ」

「いいのか? じゃあ遠慮なく」

 中央大学の教授には偏食家が多いらしい。

 だから中央大学食堂は幅広いレパートリーと変な物があるらしいが付属高校であるここは同じ仕入先で大学ほどてはないが代わった物がある。

「この、海鮮焼き丼とか、おいしそうです」

 アリナは炙った切り身を乗せた丼を選んだ。

「俺は焼き鳥定食だな」

「では私は……この元気定食……これ写真が付いてないわね?

 どこかで剥がれたのかしら」


 この食堂では選んではいけない禁忌のメニューがある。

 そういったものは写真は強烈な外見のために誰かが剥がしていた。

「やめておいた方がいいんじゃないか?」

「でも気になるわよね……これにするわ」

「俺も止めはしないが、頑張れ」


 食堂のカウンターを見ればいつもよりは少ないが、その分せわしなく動く影がある。

 俺たちの注文の中でまず先に来たのは焼き鳥定食――俺のやつだ。

「適当に近い所に座っておくぞ」

 人の姿はまばらで事前の確保などはしなくて済んだ。

 続いて盆をもって隣に座ったアリナを見届けてから未だカウンターから動けないアン先生を見てから、アリナに目を戻す。

 漂う香りに惑わされて小さく、そして可愛らしいくお腹を鳴らす。

 それでも彼女は揃うのも待つため注視しつつも手はのばさない。

「結構待つことになるが、先に食べるか?」

「い、いえ。待ちますよ……待ちますから」

 固い意志で告げた。

 しかし残酷にも、アン先生が席につくのは10分以上も先の話だった。


 彼女が持ってきた盆は2つ。

 パンとその付け物、日頃みない野菜の入ったサラダ、いくつかの香草共に煮られたら肉、彩りの野菜が浮かぶスープに、果物。

 これだけではまだ普通の定食と変わらないがそのどれもが大盛だ。

「……」

 持ってきた彼女の顔が暗いものになったのは、直ぐに分かる。

「……量の割に、安いのね」

「男子の為の、元気定食だからな……食べきれそうにないなら他の人を捕まえるといいぜ」

 ここの学園では一つのパーティーメニューとなっている。

 決して一人で食べようとしてはいけない。

 このメニューは毎年数名を保健室送りにしたその一つなのだから。

「そうするわ……」

 たまたま近くを通った教頭を引き込んで食事する事となった。

 話題は自然とアリナの入学関連のものになる。

「昨日ぶりですね、アリナ・シルビアさん」

「はっ、はい」

 切り身とご飯を頬張りつつも短く返答する。

 そこそこ時間が経ってしまったが味はそれ程落ちてはいない。

「できればもう一人教員を割いてやりたいんだがね、大学が騒がしくて私にもいろいろと仕事ができてしまった。

 すまないが、一週間はアン先生を頼ってくれ」

「改めて、よろしくお願いしますね」

 このままアリナについての話になりそうな所で疑問をおもいだした。

 大学、そういえば昨日のテレビでは……。

「貴族院大学……ですか?」

「ん? ああ、そうだ。

 ニュースをよく見ているね」

 たまたま、関係しそうな事を繋げただけだ。

「貴族院大学の大幅改築に伴い、唐突ではあるが中央大学が一部校舎を解放し学びの場を提供している」

「こんな時期に――」

「あまり大人にがっつかない方がいいですよ?」

 無理やり割って入り話を終わらせたアン先生。

 教頭からなら何か情報を獲れそうだったが、これ以上は無理そうだ。

「学園と大学繋ぐカフェで、おそらく彼らとも出会うだろう。

 仲良くしてやってくれ」

「はいっ」

「……はい」

 

 食事を終えた俺達はそのまま寮に戻る、学園から少し離れた路地で、昨日のアルフェの話を切り出した。

「なぁアリナ」

「なに?」

「俺も忘れてたんだけどさ、あの事件で色々あって気が回ってなかったし。

 俺の内臓を、まだ持ってるか?」

「…………」

 長い沈黙はただ雨音を意識させる。

 長く十数秒続けた時間は、突如に動き出す。

「あ」

 アリナもやはり忘れていたようだ。

「アリナもか、なら良かっ、いや良くないが。

 ひとまずどこに保管してるんだ?」

 冷凍保存するにしてもアリナがそういった施設に縁は有っても使えるような関係ではないだろう。

「え、アーシャ君の内臓は持ってない、よ」

「……は?

 えっと、どういうことだ?」

「だからないの、だって、ないならもう戻したって事でしょ?」

 いや、いやいや、俺の内臓はあの時のころから入れ替わったままだ、もし戻りでもすればすぐに違和感として分かるだろう。

 何よりこの内臓が異なる誰かだと告げている。

「いつからだ?」

「あの事件の日だよ」

 あの時、別の何かが動いていた?

 いやそれよりも知るべき事がある。

「アリナの、その保存庫どこにあるんだ?」

 彼女が使う空間魔法は結局は二つの地点を繋ぐワープゲートでしかない。

 新たに彼女だけの空間を作ることは人には不可能。

 だから保存先は必ずどこかにある。

「えっと、昔いたところ」

「昔……『銀翼』か、研究所か?」

「多分……、研究所」

 彼女を過去に収容していたと思われる研究所が倉庫……それは。

「取られたりしないのか?」

「大丈夫。もう無くなったの、あるのは私使ってる部屋だけ」

 潰れた……それをできるのは『銀翼』だろうか、可能性は高い。

 『銀翼』がアリナのために必要な場所だけを残して破壊した。

「他の物は取り出せるか?」

「ううん……、できるけど、できないのもある」

 あの事件で『銀翼』は多数が政府に捕縛された。アリナを支援するように指示した彼ももうあの場に居ない。

 方針転換、か。

 大きな失敗があれば起こりうる物、アリナが使っている保管庫のいくつかが隠されていたなら一部だけ取り出させないのも理屈が通る、が。

 少し強引か。前提に前提を重ねている。

「アーシャ君、大丈夫?」

 俯いて考えていたのを心配してくれたのだろう。

「あぁ、問題ない。

 聴きたかったのはそれだけだ、手間をかけたな」

 首を左右にふって否定する。

「お互い様だよ、もっともっとお話しよう」


 雨は未だ弱まる気配がない。

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魔法戦争を下町で チタン @titan73

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