第5話 魔法の勉強

 あぁ、気持ちが悪い。

 吐き気がする。

 あの日からずっと自分の中がゆらゆらと揺れて止まない。

義父様おとうさま……」

 弱々しい声はどこにもたどり着けずに消えてしまう。

 義父様は貴族院大学の教授だった。

 実際に授業を行うことはない、箔をつけるためにただ喚ばれただけだ。

 けれど、そのせいで――。

「私は」

 助けることが出来なかった、力だけではない多くの能力が足りていなかった。

 崩壊に巻き込まれ、この世から、痕跡だけを残して居なくなってしまった。

 握る手に力が入らない、弱々しく白い腕がもがき苦しむように宙をかく。

「何も……何も守れやしない」

 遠く、閉じられたら隔壁の向こうに意識を向ける。

 この部屋の奥には私の為に義父様が用意した大剣がある、あの時に使い、けれど小手が故障して到底持てる重さではなくなった。

 義父様が死に、修理計画も行われていない。

 義父様が私に残してくれたものは、あの武器と屋敷、使い道のわからないお金。

 しばらくは問題なく生きていけるだろう。


「そんな……、そんなわけ――――ないッ!!」


 私は義父様が此処に居ろとそう言ってくれたからやってこれた。

 私を必要だと、私しか居ないのだと断言してくれたから迷うことなく生きてこれた。

 そんな指標だ、失えば私というものが根幹から揺らぐ。

 だからこそ、自身の無力にただ嘆く他にない。


 もうすぐ夜も明けてくる、家政婦達がやってくるだろう。

 せめて姿だけでも強くいよう。


 ◆ ◆


 今日は久しぶりの雨で、何日ため込んでいたかのように強く大粒の雨が隙間なく打ちつける。

 遠くに目をやれば浮遊外壁が首都塔を含む都心部を覆い隠し雨除けの屋根を形成している。

 それを窓から眺めているここは本館二階の角部屋が教員部だ、その廊下にはひとりの女性が立っている。

「初めまして、ガリィ・マカル・アンです。

 アリナ・シルビアさんの専門教師として指導するように言われてます」

「初めまして、アン先生」

「ガリィでいいわ、これからしばらくはずっと一緒だもの、仲良くしましょうね?」

 金の髪を一つくくりにしたおさげが、控えめな笑顔と共に揺れる。

「は、初めましてっ!」

 緊張からか声が高鳴るアリナを深く注視してから、

「そんなに堅くならないで? 私も昨日ここに来たばかりなんだもの。

 よそ者はよそ者同士で仲良くしましょう?」

 言葉遣いが気になるものの、人として何かが問題があるわけじゃない。

「少し前まで貴族院の大学で教員だったのよー、これでも私は貴族称持ちですから」

「きぞくしょう?」

 アリナが解説を求めて俺の手を引く。

「貴族――」

「貴族称というのは」

 アン先生が被せてきたので、一歩退いて任せる事にする。

「貴族として政府と貴族院から認められたら家系に与えられる名前ですわ。

 私でしたらガリィ・マカル・アンのマカル。

 他には……セレトとかですかね、セレト・レイバーヌ家」

 最近聞いた名前だ。

「まぁ、この前の事件でその血筋も途絶えたらしいですが」

「……そうなのか?」

「ねーねー、そろそろ移動しよう?」

 アリナが周りを見回す素振りをして、俺達が邪魔で部屋に入れない教員が見えた。

「そうだな……、今日はアン先生が教えてくれるのか?」

「ため口は大歓迎ですが、とうせならガリィと呼んでくださいー?」

 仕切り直しと一つ小さな咳をついてアン先生が先導して日頃一年が使っている教室に入る。


「先生の専門は虚体学です。みなさんに馴染み深く言えば魔法学ですね。

 高校では魔力制御と最終的な技術の仕上げを行うのが標準ですが……、アリナさんの学歴教えてもらえますか?」

 俺とアリナが最前列中央に座らされ、机をつけて並んでいる、その目の前に黒板を背にしたアン先生だ。

「え、えーと。

 多分ゼロかな?」

 不安そうに俺に向くが俺も知らない、頑張ってくれ。

「私もそう聞いてます。恥ずかしがらなくてもいいですよー。

 アリナさんには教養があります、野蛮な獣ではなく知的な存在として教育が行われていたのでしょう」

 さて、と。教卓を一度叩く。

「なので私からは魔法について一から指導していきますよ」

 白いチョークを一つ手に摘まみ、黒板に線を連ねる。


「魔法には6つの属性があることを知っていますか?」

 日頃俺達が読み書きに使う文字じゃない。

 象形文字が6つ六角形を作っている。

「火、水、風、日、地、明の6種類ね」

 アリナを指差して出題した。

「この中にはない氷は、どの属性に含まれると思う?」

「み、水ですっ!」

 驚きつつも大きな声で答える。

 とっさに立ち上がったせいで椅子が大きな音をたてるが誰も気にしない。

「よくできました、アリナさんの言うとおり氷は水の属性に含まれます。

 この6種類は絶対ではなくその内部に何個かの属性を持ち近い物をまとめるとこの6つになるのです。

 これらは互いに相克していきますが、絶対ではないことを覚えておきましょう」


 アリナが小さい声で、次の文字を書くために黒板に向かうのを確認してから耳打ちする。

「難しいのがあったら、教えてね」

「いいぞ」

 軽くはにかみ向き直る。


「アリナさんは賢いので、おそらくこれも大丈夫でしょう!」

 書かれていたのは属性それぞれの特性だ。

 5つあり一つだけ書かれていないままになっている。

「水属性の特性の一つ、答えられますか?」

「――っ!」

 凄い勢いで机の下で腕を引っ張る。

 助けてほしいのだろうが、この問題までくると俺もそれほど詳しい訳じゃない。

「俺が答えてもいいか?」

「どうぞどうぞ、青春してますねー」

 アン先生の発言は無視して思い返す。

 水の属性は流れの特性がある。

 巡り、循環などでこれを遅くする早くする事が水属性魔法の根源的な特性だ。

「流れ、です」

「はい、よくできました。

 では火の特性と合わせて解説していきますねー」

 手早くチョークを動かしていき、黒板はすぐに白色の字で覆われる。

「火の特性は力です。

 火属性が攻撃的な魔法なのはその根源が力であることに由来してます。

 では水と火が対峙した時に力という流れを抑制する水は有利になれます。

 勿論例外はありますよ」

 魔法同士が接触した時にどちらが打ち勝つか対抗します。

 火属性は純粋な力であるために破られにくい強固な魔法なのですね。


 俺にとっては知っている復習だったがアリナミはノートにペンを使って、拙い文字で書き写していく。

 一方俺はただ白紙の紙を開いたままに、アリナや代わり映えしない風景を見ている。

「はーい、グラス君」

「ん?、って!?」

 ――適当に返事しつつ向けば額の中央を白色い塊が直撃する。

「だっ、大丈夫っ?! アーシャ君!」

「私、チョーク投げには自信があるんですよ」

 もはや武器として成立しそうな攻撃の次弾を手に握ってみせる。

「わかったわかったから、真面目に勉強する。それでいいだろ?」

「分かればいいのですよ」

 学園生活も、もう少し波乱を迎えそうだった。

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