第2話 新生活
レイバーヌから解放された俺はアリナの座るテーブルに向かう。
それなりの時間が掛かったため既にみな食事を始めていた。
「サンドイッチ以外にもいろいろあるんだねー、このトーストとか」
アリナは目を輝かせてメニューを眺めつつ、トーストをかじる。
焼いたパンが美味しそうな音と共に口に消えていく。
俺は厚いハムを挟んだサンドイッチよりはバーガー近いものを選んだ。
たむろしていた生徒たちは時間が過ぎると遠い教室で授業を受ける者から徐々に席を立ち、優良生徒が多い学園であるために予冷がなるよりも先に人影は数えるほどしか居なくなった。
俺とアリナは授業が始まってから少し経ってから教員と共に巡る予定でまだ少しの余裕をもってくつろいでいられる。
「なぁ、学園探索してるんだろ?
俺も連れて行ってくれよー」
少しは離れた場所にいたカイが通る声で言った。
「付いてきても先生と会うだけだぞ」
「うへぇ……じゃあ仕方ねぇな。あんま休むなよー」
脱力してから手を振って東口に向かっていく。
最後のは彼なりの気遣いなんだろう、ある程度真面目に受け取っておこう。
そして予鈴がゆっくりとした調子で遠くから響き、なんども反響する。
寮に戻ってきたころには日が深く傾いていた。
ずっとはしゃいでいたアリナも流石に疲れてきたようで朝よりは口数は減っている。
「これから何百回も行くんだから、早めに慣れおけよ?」
「はぁーい」
アリナのあの喜んだ姿が昔の希望があったころの俺と重なって思うのは、俺が失ってしまったからだろうか。
ないとは思うが俺と同じ様に魔法に飽きてほしくはないと、勝手に思う。
ちょっとした会話をしつつ寮に着けばまた前にはまた見覚えのない人が立っている。
黒いスーツを着ているが童顔で着せられている感が強い、常に誰かに謝っているかのような申し訳なさそうに眉をひそめた男だ。
そんな見た目だが背は結構高いな、180はあるか?
彼は腕時計と手に持った紙の束を交互に見比べているようでなかなかに不審者だった。
「なに、あいつ」
隣に歩いてきた同じ制服の女子生徒が聞いてくる。
彼女も同じ寮に住む仲間だが、あの男を警戒して中に入れないようだった。
「グラス君ちょちょーいっと、どこか引っ張ってくれない?」
「先輩がやってくださいよ……」
女子生徒は大きく溜め息をしてから背中を押す、それも転けそうなほどに全力でた。
「うぁ――!?」
アリナの驚き顔を一切気にせずに俺は突き飛ばされて男の目の前に躍り出る羽目になる。
「「……」」
沈黙が痛い。
ひとまず人らしい会話をして言語を使わなければ……。
「「あの――」」
沈黙がまだ、二人を支配する。
も、もう一度チャンスはあるはずだ。
上限とかは最初から存在しないのだがもう一度、この状態を起死回生せねば……!
「お見合いやってるんじゃないんだぞー!」
痺れを切らしたように女子生徒が、アリナの両肩をがっしりと掴んで捕らえ遠くから野次を飛ばす。
さすがにもう被るのも気にせずに話した方が良さそうだ
「あー、あんたは誰なんだ?
もしかして俺を待ってたとか?」
「え、ぁーはい。そうですね。
アーシャさんとシルビアさんをお待ちしてました」
ようやく会話が始められると二人揃って一息つく。
「商会連より派遣された警護部隊の窓口係を担当している、ナギーです。
こちらの携帯電話を使えば僕が、起きていればすぐに対応しますよ」
差し足された黒の機種は、ボタンがいくつかしか付いておらず彼に電話する以上の使い方はできなそうだった。
「細かい説明は不要と聞いていますので、早いですが僕はこのあたりで」
柔和に笑ってスーツ姿の男は街の人混みにに潜ってしまい見えてなくなる。
「ありがとねー。
これで部屋に戻れるわ」
振り返って女子生徒と向き合うがまだアリナを捕らえたままでアリナも少し困惑していた。
「可愛いわねーこの子。彼女?」
「違いますよ」
「本当かなぁ、そうだグラス君部屋変えしない? 私実は大部屋が欲しくってねー」
「先輩の部屋は好き勝手に改装してるでしょ……。
穴ぼこの部屋俺に押し付けないでくださいよ……」
「それもそうねぇ」
あまり生産性のない会話をしつつ寮に入る。
中はいつも通り見慣れたロビーで先輩女子生徒は一階に住んでいる。
「そんじゃ、また明日ー」
「はい」
「ばいばーい」
挨拶をして別れてエレベーターに乗って情報を整理し直す。
さっきの人は引き継ぎの人だったんだろうけれど、警護部隊の窓口係と言っていた。
警護隊長を昼に名乗ったレイバーヌと同じ組織と見ていいだろう。
既に物事は進行している。
終わったことは終わった事で片付けられるが新たに、際限なく始まり続けている。
「アーシャさん、明日はなにするの?」
「そうだな……ひとまずは授業への慣らしだな」
あれから調子を崩すようなことはない、それよりも以前より常に元気な程だ。
彼女はようやく俺のように普通の生活になれた。
ただの学校に登校するだけできらめいて見えるのだろう。
「あっ! そうだアーシャ君、テレビってある?」
テレビ? 確か俺は持ってなかったが改装されたときに大きいディスプレイがリビングに置かれていた気がする。
「確かあったな、でもいきなりどうしたんだ?」
「みんながおすすめの番組教えてもらって、アーシャ君と一緒に観たいなって思ったの」
エレベーターが俺達の部屋のある階まで上がりきり、扉を開く。
俺はあまり観るタイプではないが、
「へぇ、あいつ等がな。ならちょっとは期待できそうだ」
廊下を進み部屋の扉に手を掛ける。
「いっぱい教えてもらったから、いっぱい観ようね!」
開け放たれた扉の奥にはこのワンルーム寮であるのにリビングと二つの部屋を備えた、面積にして他の部屋の倍になっている。
アリナを俺が保護することになって、モルデアイが部屋を無理矢理拡張させた痕跡である。
そのせいでシャルが追い出されあれ以来ほとんど会ってない気がする。
アリナは迷いなくリビングのテレビに張り付いて、操作が分からずに戻ってくる。
「観るのはいいけど先に着替えようか」
「着替えたら、ちゃんと一緒に観ようね!」
彼女に割り当てた部屋へとまた駆けていく。
昨日まではその場で着替えだしていた事を考えると早い成長だ。
出来ないのではなく、する理由や意味が薄かったからだろう。
それでも脱いだ服を畳むのは俺の仕事のままだ。
俺もひとまず着替えてしまおう。
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