強化魔法の扱い方
第1話 始まりの2つ目
黒い闇が支配する場所があった。
それは己の過去のようで、未来のようだ。
見えるものなどなにもない、ただ不可視が時間と空間を支配している。
「次の指示は何」
現在へと引きずり下ろしたのは女の声である。
冷めた声色は、何もかもを捨てた私に似ていると思う。
「崩壊した貴族院立大学から、シエルと貴女は中央大学に編入してもらう」
「了解した。他に指示がないなら基本任務に戻る」
沈黙が数秒続いてから姿は遠ざかり女は部屋の闇に溶けていく。
さてと、私も私で動かないといけない。
これまで指揮官代理のKが行っていたことが私の仕事になっている。
次のKにふさわしい人材を見つけて丸投げするのが一番だろう。
◆ ◆
貴族院立大学の崩壊は今でも記憶に焼き付いている。
「はぁ……単位とかどうなるんだろう」
そもそも私は留学生で、よりややこしくなっている。
幸いに中央大学に編入資格を得て、そのほかにも知り合いが同じように編入するのを聞いた。
「やっほー」
アクセントのない平坦で独特な声が聞こえた。
振り返り確認すると想像通りに膝裏まで伸ばした長い髪を二つに分けて結んだ女の子が居る。
「レイ、少し会ってないだけなのになんだか懐かしいわね」
「そうだね、ひさしぶり」
私よりも頭一つ分ほど下の身長だけど同じ大学に通う同級生。
「レイも、大学の下見に来たの?」
ここは中央大学と付属高校の間にあるカフェテラスだ。
広い敷地にテーブルとその4倍のイスが等間隔に並んで、ぽつぽつと人が座っている。
「シーアがどうしてるのかなって、見にきた」
抑揚のない声は感情が見えにくいが一年近い付き合いだ。
多少は……わからなくは……。
「本当にたまにだけど、レイが何を考えてるかわからないわ……」
「ありがとう」
若干嬉しそうなのがさらにわからなくなる。
「ところで……ん、あれは――」
遠くに高校の授業が終わったのだろう。
学生服の集団が高校のある東口から集団で入ってくる。
「あまり長居しない方がいいわね。
それじゃ、また会いましょう」
「また」
レイに別れを告げて荷物を持って退出する。
その最後、西口から振り返るとレイは高校生の集団に向かっているのを見て、
「知り合いでもいるのかしら……?」
瞬間の疑問は扉共に、関心を閉じた。
◆ ◆
午前中はほとんどアリナの紹介と、授業や学校設備の紹介に費やされたが、それでも半分だって巡っていない。
午後も同じ様になるだろうが、探索と思うと結構楽しいものだ。
「アーシャ君! ここでご飯を食べるのっ?」
朝からずっと高いテンションのアリナがいつもより高い声で言った。
「そうだな……、人も多いし」
このカフェテラスは高校の食堂よりも面積だけなら大きい。
アリナが気になって付いて来た彼らも座らせるには丁度いい場所だった。
同学年の男子がこちらを何度も肘でつつく。
「……」
無視していたら徐々に力が増してくる、地味に痛いので仕方なく対応することにした。
「何だよ、俺を殴り殺す気か」
「それでもいいかもなぁー、で、その子に何でそんなに好かれてるのさ」
ゲームやマンガでよく見るような茶化し男が実在していることに呆れつつ適当に対応しよう。
「俺の部屋にホームステイ……? しててね。
そういう訳だ」
我ながら中身のない返答だが俺と同じぐらい成績不良のこの男は納得する。
「ああー、あの寮を派手に改築したアレか?
よくやるよなぁ、シャルの奴も猛反対してたけどイヤイヤ従ったみたいだしな」
俺にも何人かという少ない数の友人がいる。
単に同じ寮だからというのもあるが、目の前のカイとシャルは特に仲がいい。
「あれ、アーシャ君、その人は?」
アリナが近づいてくる、人混みを盾に抜け出たのがバレたようだ。
視線が俺とカイに集まる。
あまりいい評判のない俺達だ、目線は気のいいものだけじゃない、刺さるようなものも少なからず存在した。
「シルビアちゃんだったね。
俺はコイツの友達でな、カイ・ラグイズだ。仲良くしてくれよ」
いつもよりも快活になるカイを余所目にいつもなら居るはずのシャルが居ないことに気付いた。
「なぁカイ、シャル見てないか?」
「アイツか? アイツは今日は休みだぜ。
聞いて……いやそういえばお前ここ何日も来なかったな。
何してたんだ?」
「アリナの引き受けとかで役所に行ってたぐらいだよ」
本当かー? と疑うカイを無視してアリナに向けば、制服じゃない女性が寄ってきていた。
中央大学の人だろうか? 騒いでいたから様子を見にきたのかと、アリナの取り巻きは音量を下げつつも静まることはない。
「アーシャは、君?」
使命されたのはアリナではなく俺だった。
「おいおい、今度は誰だよ」
また肘で叩くな、俺だって初対面だ。
膝裏までのばされた黒髪を二つに分けて結んだ女性。
身長だけで言えば中校生と言われても信じてしまえるほどに背が低い。
「そうだけど、騒ぎす――」
「こっちだ」
言い切る前に右腕を強引に引っ張られる。
万力ような圧力がかかり下手に抵抗すれば腕をもがれそうな恐怖を感じた。
「ア、アリナはみんなと楽しんでてくれっ!」
引きずれそうになるのをなんとか持ち直して腕の引かれるままになる。
カフェテラスには観葉植物や花などを植えた植物園が周りを囲んでいる。
カフェから影になる樹木の裏手まで連れてこられてようやく力から解放させる。
「アーシャ」
抑揚のない声が名前を呼ぶ。
「な……、なんだ」
「カァトから聞いている。
シルビアの警護責任者を兼任させられた、
サクシャ・セレト・レイバーヌだ」
カァト……?
あの悪霊を名乗った彼の知り合いか……。おそらくモルデアイの部下の一人なんだろうし、朝にもあいつは引き継ぎの話をしていた。
「引き継ぎってやつか?」
素直に疑問したがレイバーヌは首を横に、2、3度振って否定した。
「カァトの引き継ぎは私じゃない。
私は警護隊長」
そんな役職だけ伝えられてもな……。ひとますは引き継ぎとは別で警護の人達が付いたのだと考えておこう。
「任務は遂行する。
仕事は厳守する。
ただ、シーアの警護が本来の任務なので優先する」
「えっと……。
真面目にやってるけど、先約いるから後回しってこと?」
「そう」
ほんの少しだけ頬を緩める。
勘違いかと思うほどに微かに、短いが、思い違いでは、ないだろう。
「じゃぁ、明日」
レイバーヌは無機質に去っていく。
「また気絶とか止めてくれよ……」
数日前に終わった事件は形を変えて、続きになって現れる。
日常とは案外そういうものが生きる限り続いていく事のなのだろう。
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