第18話 回復魔法の使い方

 先導するニーナの後に続き、エレベーターが反応しないことを確認してから傍に備えてある階段を登っている。

 上空からの下降を警戒し、アリナを確保しているのは一つ上の18階らしい。

「シーシェが言っていたアリナの事は本当になのかな?

 いや……それよりも、シーシェの魂は健在なのかい?」

 ニーナは大げさに手を振ってこちらを向き器用にも後ろ向きで階段を登っていた。

「安心しナ、本来なら肉体の主導権争いに脳を上書きしてたが、この嬢ちゃん。シーシェだったカぁ? が根性なしでせずに済んでるゼ」

 登りきるのに合わせて区切ってから続ける。

「アリナって女の事は事実だゼ。

 そいつの部屋までしっかりナビゲートしてヤるさ」

「お前、何でそこまでするんだ?

 まさかモルデアイの為って訳じゃないだろ」

 ニーナは驚いた後にに悪役の様に笑う。

「ヘェ、お前はリアの事をそう呼ぶンだな。

 それも事実だゼ、アイツはお姫様だ、逆らえば何をさせられるか分かったものじゃぁネェよ」

 また、両肩をふるわせて演技らしく怯えた。

「さって、ここだゼ」

 会議中とランプが点灯してロックが掛かった部屋の前まで来ていた。

 ニーナは迷いなくナンバーロックを解除して扉は無機質に口を開く。


「ニーナか」

 そこには黒服から病人などが着ているようなシンプルなデザインの服に着替えたシルビア……、ヒューベルトが中央近くに立っている。

 部屋は白く照らされて、診療所で見たような設備が所狭しと並んでいる。

 黒く染めた白衣の人が3人と診察台に寝たアリナの5人だけが各々動き、また静止していた。

「……どういうつもりだ、ニーナ」

 後ろに続く俺たちを一瞥してから低い声で唸るように言う。

 一歩前にでたニーナをアルフェが抑えて先頭に出る。

(君はこの場がうまくいくようにしてくれよ?)

(アぁー、ハイハイ)

 小声で耳打ちし、ニーナが下がる。

「ついさっきぶりだ、ニーナと話してね。

 私は君を死なせるつもりは一切ないし、それはアリナについても同じだよ。

 それにこの場で最も医療に優れるのは私しかいないんだ。

 君のお墨付きだなんだぜ?」

 沈黙し、ニーナを再び見てからアルフェに向き直る。

「ニーナは君が私を助け、アリナを見捨てる事を危惧していた」

「今の私は新生ノイル・アルフェさ。

 腕だけでも信用に値する私だぞ? 何々、そこの助手君たちが見張ればいいさ」

 ヒューベルトは黒服と数度アイコンタクトを交わしてから、渋々了承した。

「ノイル、君はあくまで一専門家として行ってくれ。指示は彼らが出す、君は医療的なミスだけ指摘すればいい」

「了解了解ー、まぁ天才な私だよ。安心したまえ」

 軽口のように会話を交わす。

 ヒューベルトは眉をゆがめつつもアリナの隣にある診察台に横たわり各種設備を設定していく。

「アリナ・シルビアを延命させる。それこそが目的だ、決して違えることがないように」


 ヒューベルト、肉体のシーシェ・シルビアに全身麻酔が注射され、その効力が確認されてから治療が開始される。

 ニーナは部屋の端で何かを言っているが、小さくてよく聞こえない。

 この治療の段階を整理していけば4段階に分けられる。

 1、アリナ・シルビア、シーシェ・シルビアの二人の肉体の状態確認。

 2、シーシェ・シルビアを魔力に分解し、アリナ・シルビアの穴抜けとなっている部位を補填する。

 3、シーシェ・シルビアの肉体に入っているヒューベルトの魂と生命力を分解し、アリナ・シルビアの生命力に補填する。

 4、治療が完了し一体化したアリナ・シルビアの状態確認と可能性が低いとはいえ起こりうる拒否反応への対策。

 そして現在が1段階目に入ったところだ。

 シーシェ・シルビアは大きな問題はなかった。

 胸に空いたはずの穴も、一切の問題なく埋まっている。

 アリナ・シルビアは、アルフェやニーナの言った通りだった。

 肉体の4割が空で、一時的に物質的特性を得た魔力がそれを補っているが、その魔力を得るために生命力、寿命が大きく減っていて極めて危険な状態だ。

「アルフェ先生」

 黒服の一人が、次の段階の準備を始める。

「……」

 アルフェは黙ったまま、動かない。

 疑問に思った黒服が確認のため近づいた。

 黒服が近づいたはずのアルフェはアルフェではなかった。

 姿が変わる、金ではなく、銀の髪が揺れて右ストレートが黒服の腹を打つ。

 外傷とはならないものの大きく曲がった体は脱力のままに崩れ落ちる。

 同時に他の2人も倒れる。

 片方がアルフェで、もう一方は俺だ。

「さーてヨぉ、女の頼みだから聞いてやったケドな。

 こっからどうするんだ?

 それなり優秀な医者なんだロ、こいつラも」

 しっかりと黒服を寝かせたアルフェがアリナに近づく。

「それは問題ないさ、私と、君。アーシャ君がいれば十分に事足りるだろう。

 なにより邪魔されたくないからね。

 こればかりはお互い様だったわけだけど」

「まぁ勝手にやってくれヨ。俺は外で門番でもやってるからナ」

 倒れた黒服も気にせずに、すぐに出ていってしまう。

 この作戦を聞かされたのはこの部屋に行く途中だったが、ニーナが幻影の魔法をかけて初めから騙していた。

 あまり良いものではないが、多少の犠牲として割り切るしかない。


「さてと、正式な治療の開始だぜ?」

 アルフェが恰好付けて言い放つが、部屋に反響して終わる。

 人命を預かるとか、他人を治療するとかは初めてみたいなもので体が硬くなる。

「そう力む必要はないよ、アーシャ君

 自然体でなければ繊細な事なんてそうそううまくはいかないものさ」

 黒服が立てた4段階は早くもこの時点で破壊された。

「実はだけど、私に案がない訳じゃない。

 でなきゃこんなこともしてないしね」

 こちらを指さす。

「君はアリナの魔力石は持ってるかな?」

「ちゃんとありますけど、これをどうするんです?

 これを戻したって焼け石に水ですよ」

「魔力石と波長の話はここに来る前にしたはずだ」

 個人をはじめとして、有機物、無機物に至るまでそれぞれが魔力の中に固有の波長を持っている。

 服に残った残滓や、本人の細胞など多くの物に含まれる波長を特定することでそれだけを検知するレーダーとして利用もできる。

「軍が使っている支給品の魔力石は人工製で機械が生成してる。

 だけどアリナの魔力石は彼女の魔力を凝縮した塊だ。

 だからこそほぼ完璧なレーダーとして機能するほど純化された波長を持っている」

 それは一種のレンズや、模型として利用できる。

 その魔力石に魔力を流すだけでアリナの波長に近づき、その魔力石を手本にすれば近い波長に魔力を変質できる。


 他者の治療がなぜ難しいのか。

 それは自身と相手の波長が異なる為だ。

 互いが互いに干渉し、効力は大幅に失われる。

 そのために失われても効力は発揮できるほど効果を大きくするか、万人に通用する基礎だけまで削ったりする技量が必要になる。


「だけど魔力石はアリナの波長を作りだせるわけだ。

 無論制限もある、魔力を流して影響を与えられるし、流せば流すほど摩耗していく。

 上限付きで、治療を行う」


 アルフェは一切の迷いなくメスによってアリナの体を開いていく。

 内部の穴を正確に確認すると同時に、直接魔力を送るこで人体の皮膚などを貫通するロスを減らすためだ。

 俺は手持ちの魔力石を全て取り出して、一時的に体内に流し込む。

 アリナの魔力石を介して貯めた魔力を変質させて、魔法を組む。

「《治せ……ッ》」

 俺がアリナの体内のあちこちにある穴埋めの魔力を分解し、俺の魔力を足して肉体を生成する。

 感覚がうまくいかず、ずれそうになるのを、アルフェの回復魔法が補助をしてくれた。

「安心して《治せ》ばいいよ、君には才能はないかもしれないが、やる気はあるからね」

 やる気、熱意。

 そう言ったものが俺の中にまだ残っていることに驚きつつも、手は緩めない。


 《治せ》《治せ》《治せ》…………。

 時間が過ぎていく、魔力が体を巡って抜けて、永遠と魔法を編み続ける。

 自動魔法を魔力に分解していき、黒服の持っていたものすら活用していく。

 魔力石が色を曇らせている。

 不純物が内部に溜まり始めたのだろう、ひび割れだって起こしている。

「もうすぐだ――」

 俺が言ったのか、アルフェが言ったのかすらわからないが。しかし事実だ。

 最後、最後の胸の中央にある穴を埋めれば――終わる。

 アリナの波長も多少は理解できたきがする、感覚のようなもの、手をどういう風に動かすかと同じように言語化できない感覚。

 それを信じて、アリナの魔力石を分化――形成――――同化。

「これで――」

 

 達成感と共に、魔力消費による疲労で意識をあっけもなく手放してしまう。


「君はよく眠る奴だね……、だけど今はゆっくりと休んでくれよ」


 誰かが、おやすみなさい、アーシャ――。と言ったような気がする。

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