第17話 ニーナ
いきなり登場したニーナは手に持っていたモノを軽く投げ飛ばす。
それはある程度の間空を飛んで、鈍い音を鳴らし行き場もなく転がった。
「たしか、シルビアさんの部下でしたよね?」
ニーナはいつものように声を出す。
この状況に似つかわしくない声は、だが紛れもなくニーナである証明だった。
「せめて顔だけでもって」
「ニーナ、別に構わない。もとよりそいつは死んでいた、誰かによって操られていた生き人形だ」
ヒューベルトの元まで転がった物体に目を向ける。
それは人の頭であった、もうすでに血が出ないそれは、目が曇り、肌を青白く変色させつつある男の顔で。緑髪をオールバックにした顔だけは優しそうな、オルスである。
モルデアイの部下であったらしい、彼は本物のアリナ共に逃げている間に出てきて『銀翼』を圧倒していたはずだ。
「危険そうだったので、加勢しておきましたが」
ニーナは辺りを見回してから、こちらに目を向ける。
「あれ、アーシャさんじゃないですか。朝もそうでしたが奇遇ですね?
ここは軍の方が襲撃しているみたいで……早く帰った方がいいですよ」
昨日の調子でニーナは言った。
「それは、ニーナさんだって同じじゃないか……」
「もしかしてノイルから聞いちゃいましたか?」
疑問を口にしアルフェが答えた。
「そうだとも、察しがいいねニーナは。ネタばらしは済ませてしまったよ」
ニーナは大きくため息を吐いてから、ヒューベルトの元まで移動していく。
「ではアーシャさんも知ってるんですね……。じゃぁ分かりますよね?
だからヒューベルトも遊んで体に傷を付けず早く上に上がって治療を済ませてください」
「あぁ、そうしよう」
「さて」
大げさ気味に振り返る。
「ここは通しませんが、お話ぐらいはしてあげます。
私にタイムオーバーはありませんので」
彼女の影でヒューベルトは上に通じるエレベーターに入っていき数秒と待たず閉じられた
ニーナは静寂を待たずに語り続ける。
「そういえば約束通りアリナの身体状態の定期報告をしましょうか、結局今回で初めてですけど」
「できれば聞きたいね。
私としても疑問が多くて、知りたいんだ」
「一日ぶりに助手っぽいことしてますよ、私。
それでそれで、アリナの魔法適正は空間魔法、魔法体系は血肉魔法です」
血肉魔法。
肉体を魔力に分解し魔力するのは回復魔法と大差ない。
相違点があるならば、それは治療ではなく害すため、魔力を得るための対極ゆえに手順が逆向きの方法になったことである。
「彼女は空間魔法の乱用によって失った魔力を肉体を分化し得ていたと思います。
それでも足りなくたってさらには生命力すら変換しているかもしれませんね」
ニーナの顔には暗い影が落ちる。
それは嘘偽りなくアリナを想っていると見てわかり、これが俺たちを騙すものでは決してないだろう。
「生命力……。
寿命まで削っていたとはね、かなりの重傷だ。
ところで提案だけど私を連れて上に行くのはどうかな? 私はこの場で誰よりも優れた医師だよ、熱意もあるしね」
「いえいえ、そういうわけにもいきませんのでー」
ニーナはころりと表情を変えて笑ってからじっくりと睨む、それは今までのような柔らかなものではなく、冷えたものであった。
「もし強硬手段をとるのであっても、容赦はできませんからね」
両手を大きく開く、空間にはいくつもの鉄パイプが浮いて並び、一種の発射台のような光景を成した。
「アルフェさんには悪いですけど、サクッと死んでもらいますから」
右7本、左7本、中央5本の計19本が魔力を尾に貯めて、正しくミサイルと言うべき状態になる。
同2mを越える黒鉄の棒を全て防ぐ方法はない。アルフェだって先ほど魔力石を消費しきったはずだ、もう一度再生できるか……。
「では、観念してくださ――ッ!!?」
意外な事であった。
ニーナはいきなり体を振って暴れだした、その乱暴さは、もがき苦しむ動きで先ほどまでの冷静さは失われている。
「――ッ――――ァ!」
まともな声を出せていない。
「いったい何が……?」
アルフェと共に現状への疑問で動けなくなる。体が行動より観察を選んだからだ。
ふと、じっくりと目を凝らせば、黒いモヤがニーナの首に巻き付いている。
いや、巻き付いているだけではない。背後にぴったりとそのモヤは存在しシルエットは人に近いのだ。
ニーナの首に巻いたものが腕であるならばちょうどニーナをヘッドロックしているように見える。
「――」
数秒もがき苦しみニーナ脱力して四肢の自由を放り投げた。
腕から解放され、膝をついて何とか姿勢を維持し、浮いていたパイプは重力のままに落ちて軽い音を連続させる。
それを見届けるとモヤはニーナの表面を覆う様に取り囲んで中へと溶け込んでいく。
「――ッ」
軽く数度咳をしてから向き直る。
「――っふゥ。さぁて、今どういう状況なンだ?」
……こっちが聞きたいんだよ。
「さってと。ったくよォ、せっかく生首持ち帰られて潜入できると思ったら投げ捨てやがってナぁ」
悪態をついてちょうど後ろに転がっていた首を崩れたオールバックを掴んでまじまじと観察する。
この感触はさっきアルフェの変容魔法に近い。同じ外見と声なのにまとう雰囲気が大きく違う。
「なぁ君、ニーナじゃないみたいだけど私はそっちの方が知りたいな」
先ほどと同じように睨むがそれは冷ややかなナイフだった物と違い若干の笑みを含む悪人と言うべきものだ、
右手で銀の前髪をかきあげて止める、おでこが蛍光灯に照らされてうっすらと光る。
「俺はニーナだゼ? まぁその前はオルス。ハガリキシュア、ガルベリン、キャシー…………最初はカァトだったか?
とりあえず悪霊レーベン・カァト様さ。お前らが危ないんでリアの為にも頑張ってる訳ヨ」
喋り方やかき上げた髪はあのオルスに似ている。
たしかモルデアイも一人部下が帰っておらず、だが死ぬことはないだろうと言っていた。
それが彼、オルスを名乗った、カァトのことだったんだろう。
「それともあれか? シーシェ・シルビアと、そう名乗った方がそこのお嬢さんには分かりやすいカ?」
「シルビア? 3人目か?」
「……うん、なるほど。どうやら記憶なんかも共有しているみたいだね。
それでお前は何をする気なんだ?」
「それよりもこの体はヒデェな、持って10年。魂と肉体の接着もアマい。だから俺なんかに簡単に乗っ取られるんだゼ」
ストレッチを始めだし、腕から腰、足へと順番に伸ばしていく。
服装の関係から何度か下着が見せそうになるが一切気にせずに続ける。
「それは容赦してほしいものだけどね。
私だって即興さ、それにもともと1年も使う予定はなかったしお前に貸す予定もなかった」
「……待ってくれ。今、どういう状況なんだ?」
アルフェも知っているように答えていた。おそらくニーナの記憶を使ったりして情報を共有しているためだろう。
「あぁ、お前は知らねぇんだっケか? まぁあれだぜ、シーシェ・シルビアの魂がどこに行ったか、そこの女が作ったこの体に詰めたワケだ」
大したことでもないように口にした。
「所でどうすンだ?
上に連れて行ってもいいケドよ」
大きく頭を掻いて品のなさそうに上を指さしたニーナを、アルフェが嫌そうに睨むが渋々と言った様子で歩き出す。
「アーシャ君はどうするかな? 帰るなら今のうちだ」
「行きますよ、俺だってちゃんと見届けないと」
先頭を進むニーナに続いて上がれば、今回の事件は収束をみるだろう。
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