第16話 決着
静止した空間でシルビアと俺は向かい合っていた。
両方が満身創痍であり、俺は強化の負荷によって傷を、シルビアに至っては胸に大きな洞を見せている。
「努力には相応の報酬が必要だろう。答えようか、青年。
何が知りたい?」
一時の間が、応答の場として利用された。
「お前は、シルビアか」
素直な疑問を言った。
言い終わるころにはもう体の洞は既に止血を完了しており。それは人体構造ではあり得ない、俺が銃弾の傷を治した時も止血には魔力を使って行っていた。
手持ちの自動魔法には回復系の物も確かにある、止血、消毒、自然治癒の加速は医療でも使われる一般的なものであると同時に、医療とは戦いの中で発展するものであもあるから。
だがシルビアの成した事はそれはそういったレベルものではない。
「シーシェ・シルビアは時機に死ぬ。それは変えられぬ結末だ。
だからこそ君には教えよう。
私はシーシェ・シルビアである」
心臓を回避して、左胸を貫いた穴は、すでに治癒を開始していた。
基礎となる骨が伸び、筋肉がそれに続く、体組織は深層から再構成されていき皮膚に到達するのにそれほど時間は必要ではなかった。
「しかし同時に私はシーシェ・シルビアではない。
何故ならば、私は私であるからだ」
夢で見た話がある、所詮夢だが重なるのだ。
シーシェ・シルビアと話した男の事、シーシェ・シルビアが追われる側から追う側に転向するときに死んだことになったある男。
確証はない。
ただ体が疼く感覚がある、内臓が、肺が、心臓がこれこそ真実の一端だと無い口でもって告げるのだ。
「どこで気づいた? 誰から聞いた?
そのどれであれ関係ないがな……。君が疑問した通り私は正当なシルビアではない、私はシルビアの体を使っているだけだ」
既に傷は完治されている。
残された血だけがその惨状が嘘でないことを伝えるが、それだって空いた服の穴から見える何もない素肌の前には薄いものでしかない。
「私はかつてヒューベルトを名乗っていた、君が黒服と呼ぶ組織の数ある隊長の一人でしかない男だ。
シーシェと取引をした、私は彼女達を救わねばならなかったがシーシェの肉体だけはその過程で失われるしかない」
「アルフェさんが言っていた……肉体の事か」
シーシェ・シルビアの肉体を分解し補填することで失われた部位を回復させる。
他者の治癒に必要な高い技術と、代替となる近親の肉体でしか治せないほどに彼女の体は重度の状態だとアルフェが言っていた。
その為にこいつはシーシェ・シルビアとなったのだと。
「なら、本来のシーシェはどこにいる? お前は偽物なんだろう、なんでそんな恰好をしてる?」
「アルフェから聞いたのか、なら話は簡潔にしよう。
シーシェの魂と分離した肉体に私が宿った、私はその為に一度死に、そしてもう一度死ぬ。シーシェには悪いが、この肉体ではない新しい肉体の元でシーシェ・シルビアと生きてもらう」
「どういうことだ?」
意味の分からない話をしている。
肉体と魂の分離? ここにいるのは肉体のシーシェで魂はヒューベルトとかいう男。それ以外に新たな肉体を持った本来のシーシェがいるということか?
「到底理解できる話ではないだろう。
私の意思、私の主義によるものだからな。しかしそうでなければ彼女は死ぬことを厭わないだろう。
今後の為にも二人には生きてもらわねば困るのだ」
いきなり饒舌になったと思えば知らないようなことを言い連ねる。
つまるところこいつはシルビア姉妹が揃って生きていくために行動をしていたのか?
モルデアイがアリナだけを助けようとしたのと違い、この黒服は姉妹である必要があるのだと。
「『銀翼』ってやつがそう指示したのか」
邪教団と呼ばれる彼らは一般人である俺には馴染みないが、政府にとっては厄介な存在であることには違いないだろう。
それと結託しアリナを攫ったのでれば、その意思は『銀翼』もまた共有しているはずだ。
「彼らは利用しただけだ。……さて、もう十分だろう」
シルビアは手放した短銃を拾い、数度握り直す。
「最後に何故空間魔法を使わないのか、それに答えて君との決着としよう」
シルビアが負傷の回復を目的に会話したように、俺もその間に少しだけ準備と、調整を行っていた。なるべく手足に掛かった負荷を排除してから次の一手に全てが終着する。
「魔法適正、それは魂が持つ物だ。故に凡人であった私に空間魔法という高度かつ大容量の魔法は扱えない。ただそれだけの話だ」
構えた拳銃に何重にも魔法陣が重ねられる。
魔力が収束し、可視化能域に達することで銃身そのものが青い光を帯びつつあるのは間違いなく全力の現れである。
対抗するにはどうすればいい?
俺にできる全てを考えろ。
身体強化は残り全てをつぎ込めばいい、そうして殴るだけで十分に威力は出るだろう。だが相手の攻撃はどう耐える? 自動防御では補いきれない――。
「《終わ――」
「邪魔をするよ、シルビア」
割って入る影があった、それは金髪を揺らすアルフェだ。シルビアは彼女の登場に一瞬驚いて口を止める。
彼女は走りながら素早く魔法を組んで俺の前に出てシルビアに向いた。
「さてと、死ぬのやめてくれないかな?」
笑いながら、いつもの調子で語りかける。右手には魔力石を持てるだけ握っているが、彼女は攻撃的な魔法は使えなかったはず。なのになぜ?
「邪魔をするなら《止まれ》!」
シルビアは声を荒げる、ここまでで初めて見せるような感情の乱れに応じるように、蓄積した魔力は銃身から放たれる。
水の魔法の中には氷も含まれる、それをより性質的に取り出した時に水属性とは流れの属性でもあるのだ。
シルビアの放ったそれは停止、緩やかなものではなく急激な停止こそが本質である魔法は、この領域まで踏み込めば低位の時間停止にすら手を掛ける。
「《聞かないさ》、その言葉なんかにはね」
強引な停止による時間停止成された空間、そして物体はそれが解除されることで現在へと戻ってくる。
その際に発生する加速が、どのようなものであれ耐えられようのない崩壊を生む。
アルフェの体が弾け飛ぶ、それは骨や肉などと言うパーツ単位ではなく、腕を構成する一つ一つの魔力というレベルで崩壊するのだ。
霧のように左半身が消滅する。
巻き戻しようのない列記とした事実として、アルフェは体の半分近くを失った。
「……悲しいな。君に理解されないことではない、君が失われる事が……だ」
シルビアは、少しだけ力のない声を出した。
体が脱力したように腕が降り、滑り落ちそうになるグリップを深く握ることで抑止した。
だが、アルフェは止まらない、止まらずに喋り続ける。
「そして《効かないさ》、ヒューベルト。君に死んで欲しくないんだ」
重心が大きく揺らぎ、倒れそうになるアルフェはしかし、一切の血液が出ていない。
いや、それどころではない。右手に握られていた魔法石が全て溶けて、代わりに半身から肉が生える。骨が再生する、皮が覆い隠し、本来あるべき姿へと巻き戻しの様に現れた。
変容魔法、回復魔法の発展形の一つであり、望む形になるための魔法。
それを持ってアルフェは失った体を一切の狂いなく再生させた。
「ノイル……君はなんて荒業を」
「君は私に敗れたんだよ。
諦めて、そしてもっと考えようじゃないか? 何も君が死ぬ理由がない、だって君を失いたくないからだ」
上半身だけで振り返り、俺を見るアルフェはほころんだ笑みを見せた。
「アーシャ君もありがとね。
私には救える限りを救うのが、正しい在り方だった、思い出せた気がする。
だからこそ死に行くヒューベルト、君を止めて医療室にぶち込んでやるのさ」
シルビアは――いやヒューベルトは強くグリップを握りしめて、答える。
「それは無理だ」
続く声は、ヒューベルトでもアルフェでも、ましてや俺でもなく。
「いったい何をしているの?」
ニーナだった。
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