第15話 シーシェ・シルビア
広いロビーを二人が対峙して駆け抜ける。
片方は黒い姿の女。もう一人は学生服を着た青年。
時に近づき、弾くように離れる動きを繰り返す。
「なんでこんな事をしてるッ!」
「答えるような事ではない」
身体強化の自動魔法陣を最初の衝突から使っている。
両足、両手に固定された魔法陣が、積み重なる負荷によって一斉に砕けると同時に同じ物を再使用する。
使い捨ての魔法陣を3つ消費してようやくシルビアの動きが目で追えるようになってきた。
「《水流》」
高圧噴射によって穿たれる水は弾丸に等しい貫通力を持って襲い掛かり発動と同時に着弾する。
水流が防護の自動発動によって砕かれ飛沫になって大気に溶ける。
「《火よ走れ!》」
威力を重視した渾身の一撃は、黒服を覆う何かに食われて拡散する。
知っている。アリナと出会ったときに戦った黒服と同じ防御能力だ。
「《押し流せ》」
シルビアの掲げた銃を中心に広範囲の水流が流れ出る。水流ほどの威力は決してないものの流れに逆らう事はかなりの行動が阻害される。
「《溺れろ》」
先ほどまで流れ出た水が俺を一点に集まり、こちらを飲み込む。視界は水の青に染まり、歪んで揺れ、慌てて息を止める。
右手に握った魔力石を、そのまま衝撃に変換する。
発火した火薬のように魔力石は爆発を生み、体は水もろともに吹き飛ばされるが一旦脱出できた。
「無茶をするものだ、青年」
シルビアとの地力が違う、装備の面でもそうだ、まずはあの防御を突破しなければ好転の兆しはない。
だがあの防御だって完全ではない、それはモルデアイとの戦闘でしっかりと見ていた。
身体強化を二重に掛ける、魔法陣は二つ重なって展開し、四肢は動かすだけで負荷で軋む。
強引な加速で数歩でシルビアに肉薄する。
一歩、踏み出す足は折れそうなほどに痛む。
二歩、そこから来る力を前に、砲弾じみた速度に達する。
三歩、右手を構え、突撃の力を全て拳に一点させる。
「――ッ」
腹の中央を加速を乗せた右手が捻じ込む、それは黒服の防御を抜けて直撃し、布以上に固い何かにぶつかる。
ガラスが割れたような、違和と感覚が腕を抜ける。それは先ほど自身が使っていた、自動防御だと気付いた。
シルビアは銃のグリップをそのまま振り下すが、頭をずらして回避する。
「《焼き尽くせ!》」
腹に当てられた拳を開いて火を放つ、これまでの火を飛ばすものではなく、さらに上位の魔法で通常ならガス欠になるのを魔法石で補填しつつ発動させる。
「グゥ――!」
唸るような声を出して1歩分後ろに下がるシルビア。
あの黒服の防御は魔法だけを防ぐが、単なる打撃や、密着してしまえば魔法をあてることも可能だ。
「――――」
声にならないような呼吸をする。熱されたような息を肺から吐き出す。
四肢に掛かる重圧を熱量に変換しているからだ、骨が砕けることないが、体全体が高い熱量を持っている。
「良いセンスだ。その判断力、実に価値がある」
シルビアは両手の短銃に指を掛けて交互に発射する。本来上下にブレるはずの銃身は恐ろしいほどに正確に、その場に留まっている。
単なる腕力ではなく魔法による補助だろう。
この距離の銃弾を回避や、防御する術などない。
最初からの3発は割り切ってそのまま自動防御に任せ、なるべく早く防壁を作る。
「《立て!》」
床に指を開いて当てた、魔法陣が形成され、地面が歪む、それはそそり立つ防壁となってこちらを守るが、それ以上に視界が狭まることが問題だった。
もし相手が俺ならば、ここが空間魔法の使いだころだと考えて、後方を警戒し壁に背を向けて振り返る。
当てた背中に銃弾の衝撃が何十分の1になって伝わってくる。
今度トラックが来れば、そう簡単には脱出できないだろう。一方を自身で封じたのもあるが、トラックを破壊や停止させるだけの武装は手持ちにはない。
数秒続く銃声が突破できないのを悟り止む、より警戒するが、シルビアは壁を飛び越えて現れる。
「《水流》」
直上からくる魔法を、先読みで不格好だが転がって回避した。
だが、なぜ空間魔法ではなく、飛び込んできた?
アリナ・シルビアと同じく、シーシェ・シルビアも空間魔法を得意とするはずだ。
「お前、なんでそんな方法を」
着地しようとするシルビアへ、反撃に先ほどと同じように2重強化の加速でもって打撃を入れる。
「何の事だね」
対応して、銃を放り投げて加速が乗り切る前の腕を右手で掴み、自動防御を犠牲に威力を殺される。
「空間魔法、あんたは得意らしいな」
差し出た腕を逆に掴み返してこちらに引き込み、もう一方の腕で魔法を叩き込む。
「ノイルが居たな、アイツから聞いたか」
左手の銃口が頭部に添えられて、躊躇なく発砲した。自動防御でも殺しきれない衝撃が、身を逸らせ魔法は空を焼いて消える。
「アリナを助けるんだろ、ここで何してる」
反る体から足を振り上げる。本来ならできない運動を、身体強化が強引に成就させるのだ。
「それを言うなら、君が退きたまえ」
顎を狙ったサマーソルトは、シルビアが重心をズラすだけで回避された。空の右手がようやく降ってきた短銃を掴む。
「なら、なんでさっさと終わらせない」
電撃の自動魔法を起動する。モルデアイが使ったほどでないが、それでも四方から飛び掛かる魔法が意識を向けさせる。
「何故君はそう思うのかね?」
電撃は黒服の周りを這う様に移動しながら、けれど到達することなく光を失っていく。気にせず歩くシルビアは再び両手を掲げ、銃身をこちらに向ける。
「空間魔法ならここまでで何度だって、止めを刺せた」
補助の魔法を複数起動させた。
けれど、こちらの自動防御の数はかなり減ってきている。被弾数の差、俺がただの学生服であるからだ、装備そのものの防御能力で負けているためにより多く消費しなければ、すぐに動けないほどの怪我に発展する。
「ならば、――ここで止まりたまえよ」
指を掛ける、銃身は同じく正確に頭部を示し発射されるだろう。
シルビアの中では――だが。
後方に隆起する柱が立つ、それは一つの槍の様に先端を細く尖らせてシルビアの背へと直進した。
黒服の防御能力も完璧ではない、物理的な物を通したり、展開位置との隙間に魔法が放たれると、自らの防御能力によって外に逃げるはずの威力が閉じ込められないよう展開されない事。それ以外にこの防御能力は全面を覆っていないからだ。
前面や完全な後方は覆われているが、左右後方には大きな穴ができている。
それは燃費を考慮したうえでのカットされた場所であり、弱点になる。
託された魔法強化をありったけ突っ込んだ魔法が、黒服に直撃する。
「グ……あぁ!」
先端が左胸を貫いて露出する。
血が噴出し、遠くにいるこちらまで届くほどに撒き散らされて鉄の匂いが鼻に染みる。
口端に血を出しつつもシルビアは余裕そうに笑う。
「なるほど、やはり、体が違えば感覚も違うものか」
ぼそりと聞こえるかどうかという言葉を零してから両手の銃を捨てる。
「称賛するよ、青年。足りないながら良く戦う物だ」
空いた両手で胸から突起する柱を掴んで魔力を流す。魔法を破壊する方法の一つで、魔力を流し乱すことでそれを成しえるのだ。
手が加えた力で砕けたようにも見えて粉砕される。代わりにその場所は洞となって対岸を覗かせており、これまで以上の血液が滝となって溢れ出る。
「努力には相応の報酬が必要だろう。答えようか、青年」
シルビアは傷を止めようともせずに手を開いて問う。
「何が知りたい?」
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