第14話 ノイル・アルフェ


 空は暗い。街は各所に灯りが並び、明るい街並み広がっている。

 吹く風はこの時期の中では肌寒く、少しだけ体に喝を入れてくれる。

「私達第3隊は最後に突入する。でもだからって暇なわけじゃない、時間が来るまで施設の包囲を完成させる」

 実際に指示するのは黒服で、白い軍人などがそれに続く。

「そういえばアルフェさん」

 近くに居たアルフェに声をかける。

「なんだい? アーシャ君?」

「ニーナさんを知らないか? 朝に会ったんだが、アルフェさんと一緒じゃないならどこへ?」

 アルフェは意外そうな顔をしてからしばらくして。

「それは確かにニーナだね?」

「ん? あぁそうだけど」

「そうか、だったら私も知りたいな。私はニーナを起きてから見ていないんだ。

 できれば何か聞かせてもらえるかな?」

 いくつかの状況を説明した、寮前での話と、街の中央、首都塔の方角に向かったことを。

「そうか、ありがとう。私の方でも調べてみるさ。

 分かったなら教えよう……。で、君。私が前の最後に何を言ったか覚えているかな?」

 言ったこと? また魔法の解説でもしようとしているのか?

「お金、まだ貰ってなかったね。2回目は有料、確かに伝えたはずだよ」

「あ、あぁ……。一応手持ちにはこいつしかないが、いくらだ?」

 取り出した財布の中身を確認しようとしたところでアルフェに奪われる。

「ちょいと失礼……、おお、さすがモルデアイの威光だ。これだけあれば十分だね」

 紙幣のほとんどを抜いて返してくる。

「それ家でも探せば買える額だぞ……?」

 すっかり薄くなった財布をポケットにしまう。

 結局はモルデアイから借り受けた分だ、借金でもあるまいし、深く気にするほどではない。

 あの回復魔法をむりやり使わされた一件と合わせればいい埋め合わせになるだろう。

「よしっと……、こっちの隊にはモルデアイも付いているしね、彼女一人の足止めだけで『銀翼』の50人は必要だろう。

 本気を出してくれたのなら、私達なんて必要ないんだけど……」

 遠くを眺める、それはモルデアイが待機しているはずの方向だった。

 モルデアイが本気ではない、彼女がそう思うのはモルデアイが本来戦闘機乗りであるからだろう。今でもモルデアイ専用機は存在するのだが、生身で参加するのは加減の一つと言える。

「現場に出てくれただけでも運が良かったって思うしかないね。

 さて、君は作戦は理解しているね?」

「問題ない」

 魔力波長による広域探査によって3か所に一致率75%を超える物を確認された。内2つがアルフェの知る潜伏施設で、最後の一つが俺たちが今囲っている大きいテナントビルである。

「一番高い俺たちが本命で、ほかの人たちが交戦後に突撃する……んでしたよね」

「間違いないとも。

 モルデアイを玄関正面に投入する、あいつらの意識が集中している間に私達が波状攻撃で侵入だ」

 遠く、サイレンが建物に音を反響させて響く。遠くにはいくつもの火と煙が上がっている。

 さらに遠い場所に似たように煙と火の群れが立ち上がる。二つとも他の2隊が担当していた場所の近くだ。

「お喋りはここまでだね。じゃぁ、様子を見て入るとしましょうねー」


 俺たちが侵入したのは3隊の中でも遅い方だった。すでに所々が破損し、炎上しているテナントへ隣のビルから飛び乗るように入る。

 班の後続が次々と侵入していく中でアルフェが振り返る。

「そうだ。アーシャ君にこれを返しておこう、アリナの魔力石だ」

 差し出された一握りより少しばかり小さい石を受け取る。

「いいのか? 探知に使うんだろ?」

「いいともさ。どうせ短期に何度も調べる必要はない、1回あれば電撃戦なら十分さ」

 石を胸ポケットに入れて、失くさないように閉じておく。

「なら分かった。で、上と下どっちだ?」

 ビルは地上21階、地下3階で構成される。今は地上5階部分だ。

「上を目指す、下は他とモルデアイがどうにかしてくれるだろうさ」

 後続が全員の着地が終わったのを確認してから、階段の場所へ走る。

 このビルにはエレベーター3台、階段が2か所にあるが既にエレベーターは動いていないだろう、近場の階段は今いるテナントを抜け通路を右に抜けた先だ。

 俺を含めた6人分の足音が上下左右から騒音の絶えないビルを踏み鳴らす。


 階段の前には3名の外套がない『銀翼』の支援要員がテーブルを倒して組み上げバリケードの山を作っていた。

 黒服と軍人が前に出つつ、魔法銃でバリケードの負荷になる場所を撃ち抜く。

 小さな破砕音はバリケードを突き抜け、テーブルの足が飛んだ。

「《火よ走れ!》」

 俺は一番高く積みあがっている場所に魔法を打ち込む。

 木製ではないもののテーブルはぐにゃりと変形し、バランスを大きく崩す。そうなることで出来た穴から覗く『銀翼』を銃弾が撃ち抜いた。

 バリケードはその場所を起点として崩壊し、撃ち抜かれた『銀翼』を治療しようと出てきたもう一人も同じように撃ち抜かれ、空いた大穴から入り込んで最後の一人も無力化する。

「…………」

 階段前には倒れた二人からは鮮血が延々と吐き出される、特に後の方は何か所も撃ち抜かれ、腕も数か所折れて曲がっている。

「……やめときなよ、君。

 さっき波長の話をしただろう? 他者の治療は干渉しあい難度が高い。今の君には無理だしなにより無駄だ」

 屈んだ俺に、アルフェは言った、冷たい声で。

 だけれど切り捨てる領分を弁えているのだと理解しているのだ。

 そっと、離れようとしたとき、倒れた二人が目がこちらを追っていたように思えた、見捨てる俺を注視していると、そんなことはあり得ない。

 そんなことができる状態じゃない。よくて気絶、悪くて即死の状態なんだ。

「…………クソ」

 一言だけ、溢れ出た言葉を呑んで、先に進むしかない。

 気分は最悪だった、こんな気分に、二度となろうとなんて思わなかったのに。


 上に何階も上がっていく。

 『銀翼』がいるのか3回に1回程度の遭遇率だったが、数で勝る俺たちが短時間に各個撃破していく。

 14階まで駆け上がるのは非常に疲れたが、無理をしない程度で酷使する。

 4度目のバリケード制圧が完了したことで一息つくとともに、負傷した軍人と黒服の二人が下に向かい他の班と合流することになった。

「一番近い班に連絡しておいた、2階下の反対階段から上がってくるらしい。

 君たち二人は適当にバリケードでも作って耐えるなり、走って合流を目指すなどしてくれたまえ」


 減ったことで多少苦しくなりつつも、上を目指す、17階で、ここの階段は最上階となり、より上に向かうには中央の階段に向かわなければならない。

「きっとシーシェ・シルビアがここに居るならこの階で待ち伏せするだろうね、アイツはねちっこい罠が好きな奴だ。

 足元や壁なんかには気を付けるんだぜ?」

 忠告を聞いて見渡すがまたこの辺りに傷はない、先行して上がった班がいないのだと理解できた。

 階段から続く道と中央に直線で続く道が十字路となっており、黒服が先行して、安全の確認をする。彼はOKサインを出したので続こうとするが、アルフェが腕を掴み制止する。

 軍人は彼女が止めるよりも早く進んでいき、二人が合流した瞬間に、突然トラックが視界を横切った。

 それは通路の壁面と天上を抉り取るように擦れさせただ不快な金属音が壁を削る音と混じって響く。ガラスが砕けて高音を打ち鳴らし、軋みを上げて壁面が捲れる。

 トラックが通り抜けた後には、二人が呻くように転がっていた。

 未だ息があることに驚くのは、この国の魔法技術によるものだろう。

 けれど症状は絶望的で、生存する余地はなさそうだった。

「わざとですか……止めなかったのは」

「恨みなよ。君は私を恨んでいい」

 制止の為に掴んだ腕を握る拳の力が上がる、肉と骨が軋むような痛みを感じたが、そのままにしておいた。

「空間魔法の怖いところはああいった高速に移動する物体を、いきなり出してくることだ。

 銃弾程度ならまだいいが、車や電車なんてこんな場所で出されれば逃げ場はない」

 空撃ちさせるのが最良だが、アイツは隙があれば叩き込む。小さな犠牲で最大の成果を求めるならこうするほかない。

 アルフェは前を見つめ、押し殺したような平坦な声で言う。

 到底理解できるものではない、医者は救う人間だ、救えない医者は医者である意味がない。

「――俺は、あんたが嫌いだ」

「そうだとも、もっと嫌ってもらってかまわない。

 私は――」

「だけど、それは医師としてのあんただ。ここで泣けるあんたが、俺は嫌いじゃない」

 腕の力はすっと抜けて解放されるが弱弱しく腕を握ったまま。アルフェは驚きで振り返る。

 酷い顔だった、目は赤く、零れた涙が顎下まで降りている。顔色だって良いものではない。苦しそうに眉をひそめた彼女が、無理に笑おうとして不格好な顔になる。

「バカが、女を助けに行くのに私を口説いてどうするのさ」

 彼女は静かに泣いて居た。


 未だ止まらない涙を気にせず彼女はいくつかの物を俺の手の中に押し付ける。

 それは軍で支給される人工の魔力石と防護用と攻撃用の自動魔法陣に通信機。

 それらを全て預けることは戦闘を放棄するだけでなく、自衛能力すら著しく低下させる行為だ。

「使い方は説明されたね、起動するきっかけの魔力を打ち込めばこの魔法陣は勝手に魔法を形成する、魔力石は魔法の燃料として利用できる」

 簡素に一通りの説明を受けてから疑問する。

「いきなり何だ、あんたはどうするつもりなんだ?」

「決まっていだろう?、私は――医者だよ。

 君が下卑した医者のなり損ないなんだなー、これでも。救える可能性があるなら、手を抜くべきじゃない」

 アルフェは身体強化の自動魔法陣を起動して、軽々と黒服と軍人を担ぐと、こちらの通路に戻り寝かせる。

 顔を服の袖で拭っていつもの顔に戻る。

「君には迷惑をかけちゃうけど、私はこの場で二人を助けるよ」

 いくつもの薬品、器具、魔法陣を用意し、自前の魔力石を並べる。

 たったそれだけだが、洗練された配置に質素だが実用性のある手術室の代用とする。

「時間は5分あればいい、それだけあれば二人を走らせるほどに回復してあげるさ。

 君は先に行って、注意を惹きつけてくれないかな? さすがにシルビアの前で治療できるほど簡単じゃないからね」

「先に行ってるが、すぐに来いよ」

「当然だ、当然だとも。私こそアルフェだとも。

 君は気にせず進むんだ」

 アルシェに背中を押され、抉れた道に出る、先ほどのトラックが擦り付けた傷跡からは大小さまざまな穴が開いていて、来ると分かっていれば逃れることも可能だろう。


 同じようにトラックが前面から迫る、左手に寄って進んでたおかげで空いた穴を抜ける事でやり過ごす。


 そうやって、中央階段前の広場に出れば、シーシェ・シルビアが立っていた。

 鳥類のようなマスクをしているが、分かる。身長や体使い、放つオーラなどが違いないと告げている。

「最初に来たのは少年……君か。来て、しまったか」

 シルビアは両手に短銃を握っているが撃つ気配はない。

 そして、何の合図もなく戦いは始まった。

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