第13話 作戦会議


 来賓室にはいくつもの影があった。

 黒い服、白い服が何十人と居り。

 せわしなく動く者も居れば中央のソファに構える者もいる。

「さて、話を聞かせて貰おうか」

 その中でも一際目立つのは座ってもなお高い座高を持つ白い角ばった服を着こむ大男。

 胸はいくつもの勲章が付けられ、金刺繍で国章を左胸に刻んでいる。

「俺がこの首都防衛を担当しているクレデリア軍、クートン・アス・ジーア少将だ」

 深く刻まれた眉間の皴と、響く低音、白く染まった髪を短く刈り上げた姿は鬼軍人の抽象化のような人物である。

 座っているだけで岩石のようなジーアの隣にはモルデアイが退屈そうに腰かけている。

 現在、モルデアイが特例処置によって現場最高指揮官になっておりヘルジアも右に寄って、中央に彼女が崩して座っていた。

「ノイル・アルフェ。市街地で診療医をやっている。役所にもしっかり申請提出しているから疑うなら確かめるといいよ」

「そうね、でも今はどうでもいいわ」

 モルデアイがテーブルに置かれた飲料を一口含む。

「それで、私がここに入れたのはアリナ・シルビアであって貴女ではないわ、女」

 モルデアイはその死んだ目でアルフェを見る。

「情報を開示してもらおう。貴様の知る全てをだ」

 入れ替わるようにヘルジアが続ける。

「今日、昼から市街で暴走していた邪教共が何であるか、そしてお前とシルビアは関係しているのか?」

「えぇ、そうね。シルビアは邪教団に属していたわ、名前はそう……『銀翼』だったかしら?

 彼女はそこの幹部だったはずよ」

 シルビアが側近の白い服を着た軍人と幾つか耳打ちしてから戻る。

「『銀翼』はここから南、パルケフ大陸が本拠地だろう? 確認された実動員だけで47名、後方支援や協力者含めて160はいる見込みだ。

 それだけの数がなぜここに侵入でき、移動してきた?」

「それはシルビアの手引きですね。シルビアの得意な魔法属性は空間、そして得意とする魔法体系は《幻影》だった」

 魔法体系、《幻影》は視覚や感覚に影響する魔法を体系化し、統一した一つの技術基盤を持つ総称だ。

 人には得意な属性があるように、得意な技法がある。

「彼女に長時間騙す力はないでしょうが、空間魔法と併用し、移動の間だけでも誤魔化せればそれで十分です」

 ジーアがしばらく顎を左手で掴んで考える。

「なぜ、お前はそこまで知っている? どうしてこれほどに簡単に白状する?」

 シルビアとアルフェは食事を共にするほどの友人だ。彼女がここで告白しなければここまで早くは動けてはいないだろう。

「アーシャ、君ならアリナに会ったことがあるから知っているだろう? モルデアイも、おそらくそうか。

 彼女は確かにサバイバル術、危機察知能力は常人を上回る、そうでなければ死ぬか捕まるかだ。

 だけど、だけど本当に彼女が何年もの間政府や他多数の組織から逃げてこれたと思うかい?」

 確かにアリナが、あの黒服や外套を前にどこまで逃げられるだろう? 燃費の悪い空間魔法では満足に休息できない状況で何度使えるだろうか。

「一つは姉、シーシェ・シルビアの存在だ。

 彼女はアリナにいくつかの支援をしていた、『銀翼』を意図的にアリナを探すほか組織にぶつけたこともしたさ。

 でもやっぱりそれだけでは彼女が『銀翼』内で力を付けるまでの数年間は説明できない」

「何か。他の要因があるというのか?」

 ジーアは渋い顔でアルフェを見つめる。

「ここから先は私も知らない。当事者を捕まえて聞くのが一番だけど、憶測でよければ」

「続けて」

 久々に口を開いたモルデアイは空になったコップを小さく音を立ててテーブルに戻す。

「私は一度アリナの身体健康をしたことがある。はっきり言おう、その時点で彼女の体はボロボロだった。

 もう穴だらけなんてものじゃない、人間が生存できる最低限だけしか残っていなかった、全身ハリボテで処置のしようがなかったさ。

 医者として悲しい限りだけどね」

「ま――、待ってくれ!」

 勢いをつけて立ち上がりアルフェを見る。その途中にぶつかったテーブルからコップが転がり落ち少しだけとなった飲料が床を汚す。

 いきなり過ぎる言葉に驚きを隠せない、俺と同じような状況だった? いやそれだけじゃない、俺は内臓だけだったそれが全身。

「そんなのあり得ねぇ、それを代替する魔力はどこから来てる? 空間魔法だけで消耗するんだ、余剰魔力なんてどこにもないだろ?」

「落ち着きなよアーシャ君? ここに居るのは結構なお偉いさんだ、冷静沈着は高評価だぞ」

 こいつがなぜこんなに落ち着いていられるんだ? 動じない彼女の姿に怒りのようなものすらこみ上げてくる。

「だから落ち着きなって。私はどこからか魔力が来ているものだと思っている。

 例えばシーシェ・シルビア、『銀翼』からだ。組織規模ならば必要量は補える」

「分かった。ではなぜ彼らはアリナ・シルビアを今更回収した? その魔力補填のためか?」

 アルフェと同じくヘルジアも一切動じていない、モルデアイも、周りの白い服の軍人たちもだれもだ。

 感情が死んでいるのか? それよりもこんな惨状なんて日常の一つでしかないのか?

 モルデアイだけが楽しそうに俺を眺めている。

「それは知らないが、シーシェ・シルビアは死ぬ覚悟をしている。

 アリナの体をもとに戻すつもりだろうな」

「できるのか? そんなことが」

 ぽつりと無意識に零してしまった。

「あぁできるさ、そもそも君の内臓はどうやったのか忘れたのかい?

 足りないなら補えばいい、穴があるなら埋めてやればいい。たったそれだけのことさ」

 原始的な方法だが、回復魔法だってそうだ。それが素材の魔力ではなく完成形の肉を入れることに入れ替わっただけ。

「無論それには、人が一人分必要だがね。だからこそあの時の私に打つ手はなかった」

「それがなぜシーシェ・シルビアの死と『銀翼』に繋がる?」

「話はゆっくり、最後まで聞くものだよ、ジーア少将。

 アリナは穴だらけだ、それを治すのには大量の肉体と器官が必要だがそれだけの数、臓器はそうそう揃うようなものじゃない。 

 そして揃えても拒否反応が出れば簡単に死ぬだろう、アリナを救えるのは血の通った、姉であるシーシェ・シルビアが最適なんだ」

 抜けが心臓や脳にまで及んでいれば、もはや移植で治るようなものではない。高度な回復魔法との併用で、なおかつ拒否反応の少ない親族が好ましくアルフェとシルビアはそれを満たす数少ないペアだ。

 だが、そうと分かっているならなぜアルフェをこっちに付けた? 邪魔されないだけではまだメリットは少なすぎる。

「それを証明できるか?」

 ジーアは静かに問う。彼自身が納得しているが、それでも重ねての確認だ。

 慎重かつ冷静な人物みたいである。

「昼間に腹の拒否反応起こしたこいつを処置してやったのは私だ、私がその場に居なければこいつは病院送りだったろうな。『銀翼』には私が何度か魔法の指導も行っていた。

 お前も、まさか本気で擦り傷打撲だけで無事だったと思ってないよな?」

「……ありがとう」

 外傷だけを見ていたが、専門ではない俺に内部までは理解が足りていなかった。

 失念を恥じつつ聞こえる程度に小さく返した。

「素直でよろしい」

 アルフェは大きく顔を崩した笑みをする。 

「これが私の知る彼女たちの全てだ。これを踏まえて良い采配をしていただきたい、ジーア少将」


 さらに数十分と話し合って時間省略のためポイントだけを抑えた作戦が組み立てられていく。

「動員できるクレデリア国軍は1軍の首都防衛と駐屯軍から1400程度。モルデアイ陛下の私設軍はどれ程動かせるだろうか?」

 ジーアとアルフェ、モルデアイの三人と数名の軍師の手引きで行われている。

 俺はすることもなく、ただ様子を見守るか、会話の内容を遠くから聞く程度しかできない。

「私の部下が一人戻っていないな……、どうせ死んでもいないだろう。あいつを回収すれば計300ぐらいだ」

「数でなら圧倒だけど、潜伏先のダミーは多いよ。全部で17つだ。割って100人づつだけどあっちだって負ける気で来てない。同数では危険だよ」


 離れた場所で手持ち無沙汰に座っていると、ふと、ポケットに見覚えのない石が入っていた。

 青く半透明に向こうを透かして覗けるそれはどこか悲し気でもあり、しかし燃える熱意も感じられる。

「魔力石」

 透かした向こうにはアルフェが立っていた。

「魔力石がどうしたんですか、アルフェさん」

 だから、と言い直してアルフェは俺の手にある石を指し示す。

「それが魔力石。人工ではなく天然物とは珍しい。どこでそれを手に入れたかな?」

「いや……、それが覚えてないんだ。もしかしたら気絶した時に入ったのか……、忘れたのか」

 アルフェが思考するために手を額に当てて、数秒後。

「行幸だ、そこの軍人君、この石の波長を調べてもらえるかな?」

 彼女は傍で作業をしていた軍人の一人を呼び止め、それに部屋の人々が注目する。

「波長って、なんだ?」

「おや、学園の生徒なのに知らないのかい? 記憶はちゃんと修復したと思ったんだけどね」

 授業なんて半分も受けていない。聞いたことがあるが、それを教育する時には俺は参加していなかった。

 そんな俺をしり目にアルフェは得意そうに語りだす。

「今日は講義が沢山できて、学生の頃を思い出すよ。

 だからこそ今回もサービスで教えてあげよう! 私にここまでさせるなんてやる男だね君は。

 さてと、魔力には波長がある。それは個人や個々が持つ一定のパターンで生来決まったもののパターンだ。

 解析できるパターンの領域や質は専門機器を使ったって良くはないが多少の判別はできる。それが個人のものかどうかをね」

「女、アリナの着ていた服なら回収済みだ、合わせて調査しろ」

 モルデアイ指示に追加で黒服が続いて動く。

 結果が出るまでそれほどかからなかった。

「波長が同じなら間違いなくこれはアリナの残した魔力石だろう」

「結果報告します! ノイズ除去をして一致率97%、可能性は極めて高く同じ物です」

「よし。これでビンゴだ、どうやら私が君を介抱している間に忍び込ませたみたいだね。

 この純度ならこの石は彼女に繋がるパスになる」

「これで、アリナの場所が分かるのか?」

「確実じゃないけど、衣服の残滓なんて薄い物じゃない。彼女の魔力を圧縮して作られるこれなら探知の指標にできる」

 ジーアの巨体がが区切りを窺って声を出す。

「では戦略の組み直しだ。3隊に分け2か所を誘導に使い本命にモルデアイ殿下、アルフェ、アーシャ達を中心に編成する」

 巨漢はこちらに顔を向けた。

「すまないが君にも頑張ってもらおう」

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