第12話 首都塔
暗い場所で声が響いた。
視界はまともに確保できず、ただ目の前に人がいることが、服に備え付けられたライトで照らされようやくわかった。
「正気かね、君」
口が勝手に動く。この感覚を知っている、少し前にも同じことがあった。
「えぇ……アリナの為よ。
貴方にはアリナを確保して欲しい」
長い髪をしたシルビアが言った。
「それはできない。
私の任務は君達を捕縛することだ、どのような事情であれそれをするわけにはいかない」
二人の意思は違うようだ。
「……だがもし、私が私でないのなら…………話は変わるかもしれないな」
しばらくの間の後、真意を理解したのか顔が歪む。
「それこそ正気かしら? 失敗成功関係なく事前準備の間に私か貴方、どちらかが死ぬのよ?」
「問題ない。知り合いに診療医がいる、あいつならそれを解決できるだろう」
シルビアが関係する診療所と言えばアルフェ診療所だろうか?
「一旦は信用してあげる。だけどどうするの? ここから出るだけでも貴方じゃ苦労するはずじゃない?」
「私は死んで、君が私の部隊を引き継ぐようにする。
私との死闘の中で、善性に目覚め、私の死で後を継いだと」
俺の体は無茶苦茶な事を言う。なぜ、この俺はここまで執拗にシルビアに関わっているのか。
「……分かったわ、だけど貴方はもう日の目は拝めなくなるんでしょ? それいいの?」
「あぁ。構わない」
意識は浮上する、これは夢だったのだと思わされ、またあの時みた夢の続きだと気付いた。
「ッ――!!」
目が覚めると道路に仰向けに転がっていた。
服は擦り切れており、かなり酷い状態だが硬化の魔法のおかげで体自体に問題はない。精々各所の打ち身程度だ。
「アーシャさん、お目覚めですね」
アリナが膝枕をしてくれていることに声で気づいた。すでに空は赤く染まり始めている。
「……怪我はないか? すまん、コケちまって……」
すぐに起き上がる、周りの様子ではまだ外套は居ないようだった。
「どのくらい気を失ってた?」
アリナは軽く埃を払って立ちあがる。
「ほんの数秒ですよ。でも先に急ぎましょう」
「そうだな、少しでも時間が惜しい」
再び走り出すが、さっきのようなこともある。
いきなり拒否反応が来るかもしれず、それを治すような魔力もないのだから無理のない程度に急ぐのが限界だろう。
ちらりとアリナに振り返ると、疲れているために足運びが乱れているようだ。
「アリナも無理しないようにな」
「はい」
夕焼けの街中を走り首都塔までは無事に外套に襲われることなく移動することができた。
ロビーには既にモルデアイが待機していて、黒服も多数集まっている。
「お前か、随分と遅かったじゃないか。何をしていた?」
「これでも全力で走ってきたんだ、仕方ないだろ」
睨むような視線に委縮しそうになるのをなんとか押しと止め、続ける。
「いったい何が起きてるんだ? あいつらお前らみたいな恰好してたけど違うのかよ」
「知らないでいい。
だが、そうしたら一人でも探しに行きそうだな? お前は」
私と出会った時の様に。
モルデアイの吊り上がった笑いがこちらに向けられる。
「聞けば他言無用で協力しろ。それが条件だ」
「――」
「まってください!」
返事をしようとするよりも先に止める者がいた。アリナだ。
彼女は前に出てきてこちらに向き直る。
「アーシャさん、そうやって危険なことに踏み込んでいったら死んでしまいますよ……?
私はアーシャさんに死んでほしくありません。モルデアイ様」
「なんだ」
「私とアーシャさんは今回の事件が終わるまで、どこかに匿ってもらうことができますか?」
「本来そのつもりだ」
「よかった……ほら、アーシャさん」
勝手に二人だけで話が進んでいく。アリナも俺に言葉を挟ませないよう早口気味になっていたし、モルデアイもそれに乗っている。
「アリナがそれでいいなら、いいが――」
「では、決定ですね」
かなり強引に決められた。
黒服の何人かが先導して首都塔の一区画に通される。来賓用として利用されているようで、豪奢な調度品が飾られているほかに部屋自体がシェルターとして機能するようになっているみたいだった。
先ほどからアリナは落ち着ているようで、部屋にある簡素な給湯室で紅茶を入れている。
分厚い強化ガラスの向こうはすっかりと暗くなっていた。
暗くなっている。暗くなっている?
おかしい、もうそんな時間だったか? 腕時計を付けるべきだったか……正確な時間はわからないが、逃げているときはまだまだ昼時ぐらいだったはずだ。
そう考えると目が覚めた時に見た夕焼けは? 実際には何時間も過ぎていたんじゃないか? アリナがわざわざ嘘をつくとは思えないが、どうして……?
アリナがトレイに二人分の紅茶を持って近づいてきた。
「どうかなさいました?
少し動揺しているようですが」
「問題ない、アリナこそ紅茶ありがとう」
程よく暖められた紅茶は、来賓室の備えならば一級品に間違いない、だがその質を落とさない技術もまた必要なのだ。
その点で見れば熟練者の技術と言える。
それもまた違和感だ。
ここに来てから違和感を多く感じている。
「なぁ、俺が気を失ってたのは本当に数秒だったのか?
なんだか時間の感覚がおかしくなってるみたいで」
「安心してください、私が嘘をつくと思いますか?」
確かにそうだが。なんだろう、言い難いそれは確かなものとして警告をして止むことがない。
何か、何か決定的に判断できるものはないか……?
「今日はああなっちゃったけど、今回の件が落ち着いたらまた出かけような」
「はい、楽しみにしていますね」
アリナは微笑む。
「では、先にシャワールームをお借りしますね」
……そうだ。一つ思いついたものがある。
「わかった」
アリナが設備されているシャワールームに消えていくのを待ってから後に続く。たっぷりと時間を掛けてからちらりと様子を見る。
それなり綺麗に畳まれた服を見て、確信に近づく。
服を畳むという事はなんでもないことのようではあるが、それを学んだり練習するような時間はなかった。
下着だって朝に着せた時のものから変わっている。
「やっぱり……」
曇りガラスの向こうには人影がいる。それはこちらを見つめているようで、水っぽい足音をたてながら近づいてくる。
「……ははー、もしかして。気づいてしまったかな?」
声は同じだが雰囲気は変化していた。
「誰だお前は、アリナはどうした?」
「別に何でもいいだろう? 君に危害を加える気はないからね」
曇りガラスを填められた戸を開けて出てきたのは裸体のままのアリナ。
「誰だとそう聞いたね? 君が望むのなら魔法についての追加授業をしてあげよう!
回復魔法は知っているね? 私が得意とする魔法だとも」
そいつは得意げに胸を張る。
「蘇生、回復、治癒、再生。呼び方は何でもいいけど結局は肉体の再構成なんだ。
少し考えれば分かることだよ、だって私の同業者には整形をする奴だって多くいる」
肉体を正しい状態に戻すのが基本の使い方だが、応用で肉体を自由に変化させたりもできる。
変態魔法っていうとまるで私が人前で全裸になって変態しているようで嫌なので変容魔法とでも言おうか。
そいつは解説を続ける、専門用語を交えつつ、だが教えるという配慮もあった。
「お前……、アルフェか?」
全裸の女は目を見開いてから数秒貯めて破顔する。
「正解だとも、よくわかったじゃないか。
君と一晩共にした甲斐があったというもの、愛でも語り合うかな?」
両手で顔を隠して何度か揉むように動かすと指の隙間から顔の皮膚が剥がれ落ちる様に何かが溶け落ち、青い髪色が水で洗った絵具の様に床へ流れ落ちる。
それは予想通りの顔をしていて少し長い金髪の女である。肉体だけはアリナのままだがこれで正体が判明した。
「お前は黒服側だろ? なんで正体を明かすんだ」
「黒服? シルビアたちの事かな?
だったら気にしないでいいさ、あいつらは死ぬ気だよ。友である私をこんなとこに割り振って、邪魔させない気だね」
諦めたような顔をしてから、だがその眼には熱があった。
「元々はここで君を潰しておくつもりだったんだけどね。
君がここに居る限りモルデアイ公は動けない。この国の最大戦力が来ないのならどうしたって上手くいく予定だったんだが。
まさかオルスが出てくるとはね」
こちらの知らない情報を次々と吐き出す。同時に理解しようとして思考が追い付かず……パンクするよりも先に放棄した。
「結局何がしたいんだ」
「それは簡単だ、シルビアを追ってくれ。
シーシェ・シルビア。君が黒服と呼ぶ部隊のリーダーだよ。そして彼女を止めてくれ。
君の友であり、私の友である君へのお願いだ」
アルフェのいつもの軽いテンションではなく、真面目な目が俺を貫いていた。
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