第11話 黒い外套


 まだ昼と言うにも早い時間、子供たちはこの公園をあっちへこっちへとせわしなく動き回っている。

 時はただ湧き水の様に静かに、少しづつ流れていく。

「魔法には属性があるのはしっているだろう?

 基本六属性といってそれぞれが相克しあって6角の図で表現されるやつだ」

「あー、なんだか聞いたことある気がします」

「そんときの俺はバカでな。全部使えるって思ってすごい練習したんだけどどうにも水がうまくいかなくて、

 自分を追い詰めようって思ったのか川に飛び込んで溺れかけたんだよ」

「それは……。大丈夫だったんですよね?」

「あぁ、でなきゃこうして話せてない。親父が足掴んで引きずり上げてくれてな、そのあと倒れるまで説教食らったわけだ」

「まぁ」


 たわいのない思い話である。

 両親もこうやって女の子を楽しませるネタになっていることを喜ぶだろうな、厳しいようで優しい人だった。

 だからこそこうやって家出するように学園にきて、その上燻ぶっている自分に嫌気がさす。


「それで――」

「あれ、なんだか様子がおかしくないですか?」

 アリナが周りをきょろきょろと見渡す。つられ確認するために首を回すが変わった点はない、誰も居ない公園だった。

 いや、子供たちはどこに行った?

 遠くから聞こえていたはずの子供の歓声はなく嫌なほどに静かな公園は、小鳥のさえずりだけがかすかな音を支配していた。

「確かにおかしいな。移動した方がいいかもしれない」

「はい」

 手を引いて、アリナを立たせようとした時に目の前に影が現れた。

 それは黒い服装に身を包んだ者で、暗い外套はこの緑の多い公園では嫌に目立つ。

「黒服の連中か?」

 ……違う。黒服は革製の黒だがこっちは布や麻みたいだ。

「別の組織……同じでも別の部署かもしれないか」

 ひとまずは目の前にいる新しい黒服の対応をしなければならない。

 黒服は問答無用で飛び込んできた。

 その手には大きなシミターが握られており鋭い光がこちらへ向けられている。

 魔法で応戦するなら燃費のいい火が最良だろう。しっかりと寝たとはいえ魔力は全快したわけじゃない、おおよそ半分だ。

 その状態ではよくて7発、ほかの魔法も併用するなら半分以下まで落ちるだろう。

「〈火――」

 唱えきるよりも先に乱入してくる者がいた。今度こそ俺が見た黒服と同じ姿で、こちらの方が外套がない分シルエットがスマートに見える。

 二人が組合となって距離を取ろうとすると別の方向から外套の数が増え、同じだけの黒服が加勢する。

 ここは彼らに任せて早く逃げることに専念しよう。

「アリナっ、逃げるぞ!」

「は、はい!」

 逃げるにしてもルートをどうするか、寮には待ち伏せが居る可能性が高い、なら他の場所だ。

 安全そうで尚且つ籠城が可能な、俺たちだけが入れる場所。そんな場所なんて数えるだけしかない。

 その中でも最も有力なのは1択だけだ。

「街の中央、首都塔に向かうぞ!」

 アリナが躓かないように歩幅を合わせるつもりだったが、思ったよりも彼女は足早くそして安定している為にしっかりと走らないと俺が置いて行かれそうなほどだ。


 この街の中央には高いランドマークタワーが建設されている。

 首都塔とも呼ばれるこの塔は政府が管理している各部署が収まっており、モルデアイとのコネクションを使えばその内部に入ることができるだろう。

 あの黒外套が黒服と敵対する組織、もしくは同じ政府の末端でもモルデアイの庇護を直接受けられることは強力なプラスになる。

「あの、そっちの道だと待ち伏せされやすそうです! 勘なんですけど!」

「わかった!」

 大通りをまっすぐ突っ切るつもりだったが、アドバイスに従ってすぐ近くにあった横道に入っていく。

「ありがとう、ございますっ」

 後ろから足音は聞こえないが、相手は熟練者だろう。足音を立てずに追うことだって簡単にこなすに違いない。

「上、注意です!」

 意識を上に向けると、建物の上を飛ぶように移動する外套がいくつも見えた。そのどれもが先ほどの大通りが続いた道の方角から来てて、彼女の勘は確かなものだったようだ。

 跳ねる外套はこちらと目が合うとすぐに近場の屋根に着地し目標もろくに定めず速射してくる。

 ほどんどが実弾で、軽い音と共に地面や壁に抉れた傷を量産した。

「〈身体硬化〉」

 地属性の補強を行う魔法。

 魔力によって肉体の強度を引き上げる、瞬間的な攻撃系と違い持続性のある魔法は発動し続ける限り魔力を使う。

 なるべく立ち止まらずに行かなくては首都塔にたどり着く前に枯渇しかねない。

「危なくなったら俺を盾にしてくれ、実弾程度なら弾けるはずだ」

 アリナの顔は見えないが、おそらく鈍い顔をしただろう。

「…………はい」

 嫌がりながらも、しかし彼女は口にした。それは仕方ない、役割分担のようなもので二人の生存性を高めるものだと理解しいるから。

 重要なのはアリナを届けること、外套も標的はアリナで間違いないだろう。


 多数放たれた中で2発、頭と腹に直撃した。幸いアリナにはまだ1発も届いていないようで、頭を強く揺さぶられるような感覚にふらつきそうになるが背中を押してくれるアリナのおかげて手早く復帰できた。


 さらに道を駆けている遠くから人が出てきた。

「あれは――」

 その男は、緑髪をオールバックにしたオルスと名乗った男。

 彼は両手を広げて笑っている、それはあまりにもハマっていて、もともとの善良な顔でも抑えきれない醜悪さがにじみ出ていた。

「ヨォ! こんなとこで会うだなんて奇遇だネェ!」

 男との距離はみるみるうちに縮まっていく。

 モルデアイの仲間なら、外套の敵のはずだが胡散臭いこいつではいきなりこちらに攻撃してくるかもしれない。

 実際に部屋のカメラの件では嘘を吐いていた。

「グラス、君が俺を疑ってかかったことは悲しいゼ?

 まぁ嘘だがナ。ひとまずこれもリアからの命令の一つだ」

 横を通り抜けようとする俺たちを止めずにただ手を広げ道化じみた笑いをする。

「アハハハ、面白いネェ。とりあえず急げ、時間切れまでもう少しだからナ」

 オルスはすれ違いざまにそういい、すぐに呪文を唱えると、黒い靄が壁を這いずり屋根まで駆け登り外套を襲う。

 時間切れ? 何のことだ?

 いや気にしている暇はない、オルスが屋根の外套も含め注意を惹きつけてくれている間に急がなければならない。

「ハァ……ハァ……」

 さすがに疲れがた溜まってきている。

 全力疾走を十何分と続けているのだ。アリナだって肩を強く上下させて息があらくなっている。

「あっ……」

 突然不備が出てきた、それはここまで激しく動いたのが初めであるためで、詰め替えた内臓が軋む。

 耐え難い痛みが皮の下で暴れまわっているようで、不快感は手足の先まで巡る。

「ア、アーシャさん大丈夫ですか!!」

 声すらも朦朧として何を言っているか上手く聞き取れない、ただ手を解いて彼女が巻き込まれないようにするという意思を遂げてから、視界はブラックアウトした。

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