第9話 ベットと夢


 さすがにアリナが出てくるまでには読み切れなかったが、彼女に関係するものを中心に並んで読んでいた。

 学園に関係する書類は俺の知識もあるためサラっと読み終えることができた。

 彼女が編入されるのは俺と同じ学年、クラスというあたり周到である。

「この、学園ってどういうやつなの?」

「そんな変わったものじゃないな、って言っても分からないか。

 いろいろと学んだり、教えてもらったりする場所だ」

「うーん、楽しみだけど、難しそうだね」

 首をかしげて悩む、俺の使っている無機質なシャンプーの香りが若干鼻に香り、自分と同じ匂いがあることに違和感を得る。

「いきなり高校級の事を教えるような事もないだろうし、もっと気軽にしてていいんじゃないか?」

 楽し気な姿に、シャワーでの一件が夢だったのではないかと、そう思わされる。


「あ、あぁぁあ……」

 アリナが大きなあくびをした。

 外の様子はようやく日が傾きかけ、朱色を遠くに帯びる頃合いだ。

 眠るには少し早いが、消費された魔力は疲労感として現れそれを癒すのは休むこと、特に睡眠は効率の良い補給法の一つだ。

「そろそろ寝ようか、俺もシャワーで洗ってくるから適当に寝てていいから」

 すると少しだけ頬を膨らませ。

「一緒に寝ようよ」

 まだ湯上りの熱が消えないアリナの言葉に、心臓が強く跳ねる。

「こういうの憧れだったの、一緒に寝るとか一緒っていうだけですごい嬉しいの」

 続く言葉ですこし胸を撫でおろす。

「いいけど、それなり時間かかるぞ?」

「えへへー、ありがとうー」

 相当楽しそうだ。彼女は欲しいものを次々と補給していくようで、それは常日頃からギリギリの生活をそういった希望で食いつないでいたのではと思わせる。

 なんであれ、少しは早めに洗うとしよう。


 そうやって出てきて、しっかりと水分を拭ききったころにはソファで眠るアリナの姿あった。

「さすがに風邪ひくぞ」

 軽く揺さぶっても一向に起きない。嬉しそうに寝る彼女をこれ以上無理やり起こすのも悪い気がして、仕方なく新しい自室へと運ぶ。

 やましい事があるわけじゃないが、こういう小さな願いくらいなら叶えてやりたいと思ったのだ。

 気を許しているがこれは反動みたいなものだろう、何年と張りつめた糸を緩めることができた。今はずっと安らかにあるべきだ。

「っと……そのためにもだな」

 この部屋の物色をする。

 注視するのは俯瞰できる場所や視界の確保できる場所。あまりに狭い範囲ばかりで数が増え結果ばれやすくなる。

 自分ならと配置を考えつつ物色していけば、部屋の明かりやスポットライト、机の引き出しのノブや壁の亀裂に埋めてあったものなど計12個のカメラと盗聴器があった。

 この部屋でこの数なら用意された物は50を越えそうだ。

 俺もさすがに眠いが、寝る前にせめてトイレとシャワールーム周りだけは回収しておこう。

 すでに相手にもばれているだろうが、回収して無駄であることをしめせばもっと直接的な手段に切り替わるだろう。


 終わるころには空は申し分ない夕焼けになっていた。

 もう無理だ、意外とアクロバティックな場所にあったりと結構体を動かした。疲れも相まって、ベットに辿りつくかどうかも、あやしい………。

 無意識に近いままなんとか倒れ込むように乗っかる、少し暖かいものが近くに在って、なんとなくそれを抱き枕代わりにすることにした。

 昔はこうやって親に抱いてもらっていた気がする……。




 これは夢だと気付く夢を明晰夢と言うらしい。

 浅い眠りだとよく起こるらしく今もそういうやつだろう。


 誰かがいた、俺はそれをいつもの自分より高い位置から見ている。

 感覚で10センチは上だろうか?

「本気でやるつもりか? オルス。お前は後方支援に専念すべきだ。

 魔法も射撃も体術も今回の作戦に投入できる水準ではないぞ?」

 勝手に口が開き、目の前の男へと語りかけた。

 それは優しい顔をした青年で、どこか、見覚えがある気がするが、夢の持つあやふやさがうまくそれを繋げてくれない。

「先輩こそ、シーシェ・シルビアを捕まえられる自身があるんですか?

 あれもアリナ・シルビアと同じ空間魔法の適正者でしょう。年を重ねている分手ごわいですよ」

「それは君こそ、だ。私は失敗しない。必ず捕縛してみせる」

 強い意志があった。俺はシルビアの姉妹を捉えなければならない理由ある。


 場面は飛ぶ、夢でありがちな展開だ。

 目の前には背の高い、長い青髪の女が居た。

「シルビアだな。投降したまえ、我々は危害を加える目的ではないのだから」

 女が何かを言った。

「本気か?」

 また、何かを言う、だが何もわからない。

「………。そうか、ならアリナの方で――」

 意識は急速に現実へと浮かび上がる。

 アリナ、アリナ・シルビア。




「えっと……、呼んだ、かな?」

 とても近くにあるアリナの顔は頬を赤らめて吐息がかかりそうなほどに近い。

「え……。あ。え?」

 俺はアリナを抱きかかえるようにベットに横たわっていると気付いた。

「あの、さっき呼んでなかった? 聞き間違いだったのかな……。

 アリナ、アリナーってね」

「あぁうん。そう、多分? そう」

「えっとそれで、何かな?」

 ひとまず離れよう。

 そう言ってがっしりと通した腕を放して体一つ分程度隣にずらす。

「あ、あはは。ちょっとドキドキしちゃったなぁ。これを恋っていうんだっけ?」

「一回だけなら、違うんじゃない……かな?」

 俺も恋という経験はない。子供の時は魔法ばっかりで気にしなかったし、高校では真面目に授業に居る方が珍しいのだから。

「なんだか辛そうだったよ? 悪い夢とか辛いよね……、私はすっごい楽しい夢だから聞かせてあげようか?」

 共有する事に憧れる彼女らしい。

「あぁ、聞かせて」


 彼女の夢はありがちな恋愛話のように甘い甘い夢だった。相手を俺だとして話を聞くほど自惚れはないが少しむず痒い話でもあった。

「そこで、アリナ! って聞こえてね。そこで起きたらアーシャさんがこんなに近いんだもん。

 ちょっと焦っちゃったよ」

「悪かった、次からは気を付けるよ」

「全然! むしろどうぞって言いたいよ。あんなに心臓が早くなったのは怖い人に囲まれた時ぐらいだったから」

 なかなかなものに例えられたが話をしたことで多少は落ち着いた。

 夢の内容は……、あれ? なんだったか。うまく思い出せないのもまた夢の醍醐味ではあるが、何か重要なものだったきがしないでも……ない。

 時間は夜の1時。

「落ち着いたよ、ありがとう。

 もうそろそろ寝直そうか」

「そうだね、それじゃぁおやすみなさい、アーシャさん」

「アリナも、おやすみ」

 続きが見れれば御の字だが、そうでなくても問題はないだろう。

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