第8話 新しい部屋


 赤茶のレンガで組まれた四角い建物は、この白い街では浮き気味でその分わかりやすい目印になる。古くもありながらしっかり寮の入り口に、誰かが居た。

 それは奇抜な緑髪をオールバックしているいかにも危険という外見ながら人相だけは優しい変わった男である。

「ヨォ。アンタがグラスだっけか? ンデそっちがアリナ」

 指さしで男は確認した、青髪の名前はアリナ。ここに来るまでの間に聞いていた名前だった。

「あなたは」

「リアの奴からの使いでな、一応客人だ。それなりはもてなすぜ」

 そいつは頭を搔きつつ答える。

「俺はオルス。まぁそう会うこともネェだろ」

 一言だけ自己紹介をした後オルスに導かれ、続いて中に入る。

 内装はオークから出来ており落ち着いた色合いに金属アクセントを与えている。

 見慣れたロビーを通りエレベーターに乗り込む。

「リアと何を話したかは知らネェけど、よくこんな指示を出すモンだよな。

 お前はアイツに好かれてるか恨まれてるんじゃネェの?」

「それは、どういう?」

「行きゃわかるゼ」

 すぐに扉は開いていつもの俺の部屋の前まで来た。

 新しい部屋を用意したんじゃないのか?

「ハーイ。ここだな、とりあえず入ってみな」

 言われるままにノブを引く、いつもの調子、いつもの重さで開いた先は普通の部屋だ。

「どういうことだ?」

 奥まで行って違和感を感じる。それは明確にわかりやすいもので明らかに部屋のサイズが変わっている。

 本来は一人部屋だったものが、各所の部屋が明らかに拡張されている。

「横の部屋と繋げといたゼ。お前とソイツが一緒じゃなきゃ嫌だってしつこいって言われてな。意味不明な指示だったが従うしかねぇ」

「ここがアーシャさんの部屋なんですね、広いんですねぇ……」

「お前もここに住むことになってるらしいぞ」

「え? ええ!? でもでも私最近ちょっと服とか洗えてなくてですねっ、ちょっと本当にちょっとだけど汚れてて――」

「服はこっちで用意しといてやったゼ、服は着替え次第全部焼却しときな。幸いそこに炎使いがいるだろう?」

「あ、ありがとうございます。そこまでしてもらって」

 オルスに深くお辞儀して部屋を楽しそうに見て回る。


 ある程度彼女が離れた所でオルスを肘で突く。

「なんでこんな大きく改築したんだ? それに隣の奴はどこに行った?」

「安心しナ、そいつは近所の家を与えてやったし家具も動かしてある、お前が気にしてるだけで何もかにも上手くいってンだよ」

 オルスは書物の束を渡してくる、一番上には『中央大学附属高校 編入手続き』と記載されたもので数ページめくれば入学の時に見覚えがあるような項目がならんでいた。

 他にも寮の契約書やその料金が商会によって立て替えられるのも確認できそれに関係するのも多くある。

「必要なものは全部それに書いてある、気になるならそれ読ンでおきな。俺は別の仕事もあるんでナ」

「まってくれ。この部屋にカメラや盗聴器はないのか?」

 ニイっとオルスは笑い。

「ネェよ、神に誓ってナ。

 ジャァ元気に生きな」

 手を振るというより掲げて部屋から出ていく。

 信用できないな……。一応目に付く限りは調べておいた方がいいだろう。

 ひとしきりを見終えたのかアリナが近づいてくる。

「すごいですねアーシャさん! でもいいんですか……私と一緒で」

 もともと選ぶ余地なんてなかったが、モルデアイに突っかかった分余計な節介をしてくれたものだ。

「とりあえずは、シャワー浴びとけ」

「はい!」

 また彼女は部屋を駆けるように移動する。ここに来てからかなりテンションが上がっているのはいいが少し高すぎる気もした。


 さっきの書類にはこの部屋に持ち込まれた物のリストと置き場も図も合わせて書いてあり、着替えを持ってくるのに苦労はなかった。

 シャワールームの前には着替えを置くスペースがあり、これはこの改装で付け加えられた部分だ。

 汚れた服が乱雑に脱ぎ散らかされている。それを片付けつつ替えを置いていると曇りガラス越しに彼女が近づいてきた。

「あの、アーシャさん」

「ん……、どうした?」

「えっとなんですけど。何回目かもうわからないんですけど、本当にありがとうございますね」

 さっきまでのテンションではなくかなり落ちこんでいるようだった。いきなりな変化に戸惑いつつも声を聴く。

「恥ずかしいんですけど、こういうちゃんとしたシャワーを使うのとかって記憶ないくらい前の出来事なんですよ。

 何してたっけなぁ……、きっと面白くないことしてた気がします」

「……」

「ほ、ほら、その服見たら分かるかもですが。洗ったりとか畳んだりとか、そういうの一切してこなかったんですよ。

 したくなかった訳じゃないんですけど、教えてくれる人は居なかったんです」

 両手がガラスに押し当てられる。軽く引っ搔いてざらつく音を小さく立てた。

「白い、白い箱が一番古い記憶だった気がします。

 そこから先は全部泥と土ばっかり、怖い人から逃げて逃げて、逃げて続けて。ここに来ちゃったんですね」

 すべての服を畳終え、替えと交換したが、その場に止まる。彼女が苦しそうにしているのが見え、そして分かるから。

「運命とかあったらいいですよね。ちょっと子供っぽいですけど、今日の為に昨日があったって思えばちょっとだけ胸が安らぐんです。

 ……明日もそこにいてくれますか?」

「約束するよ」

「…………」

 ガラスに映る姿が遠のいてぼんやりと見えなくなる。

 俺もそれに合わせて静かに戻っていくことにした。


 ワンルームだったのが2つ部屋が追加され、私物が移動されているようだ。より詳しく書類を見るために現在リビングとなった場所のソファに座って開く。

 彼女が出てくるより先に確認し終わるよう、なるべく早めに読むことを心がけよう。

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