第5話 大戦の英雄


「モルデアイ様……何故、こちらに?」

 黒服の1人が前に出てきた。

 モルデアイは国家の中でも上から数えた方が早く、数少ない特例重鎮の最高位として君臨している元軍人だ。

 黒服が政府管轄である以上直結した上司になるモルデアイに武器を構えることはできない。

「…………」

 モルデアイは一言も話さない。

 生気というものがソレからは感じられないのだ。目は生きているのか死んでいるのかも分からないし、もっと言ってしまえば過去でも見ているようだとさえ思わされる。

「モルデアイ様。お答えください。

 いかにモルデアイ殿下であれど我々政府への理由のない妨害は注意の対象になります」

「…………ここは私が預かる。お前達は退け」

 前に立った黒服に顔を向けるモルデアイに、見つめられた方は自然と1歩後退る。

「それは、できません」

「そうか……ならここに、この国のトップからの判がある、それを確認するか?」


 二人が問答をしている間に青髪の女が横までやってきて、ハンカチを幾つか取り出して1本に繋げていく。

「すみません、ちょっと汚いかもですが……ズボンの上からならまだ問題は少ないと思います」

「あぁ、すまない」

 血でどろどろになった左手をなるべく付けないように撃たれた痕を見せる。

 それに躊躇することなく、まだ綺麗な面を向けて帯になったハンカチを足に巻いていく。

「すみません、手持ちのだけじゃ足りないですよね……」

「片方塞げただけでちょっとはマシになった、腹の方は手でも当ててるさ」

「まっててくださいね、ハンカチを取り出すだけならすぐに魔法で」

 さっきしていたような魔法陣を、小さく展開した。10秒ほどで発動したようで、手を突っ込んで軽る汚れた布地のものがいくつか出てくる。

「その魔法、人が通れるサイズのはどのくらい時間がかかるんだ?」

「んと、そうですね。大体1分はかからないはずです」

 同じように帯にしていく青髪と周りの動向を見つつさっきの事を回想した。あれは魔法陣を出して、20秒あたりだったか?

 だとしたら残り40秒で二人とも鎮圧されていそうだな。あの英雄のおかげで多少は好転したが、今やっている止血が終わればすぐに移動した方がいいだろう。


「何をやっている」

 周りの事態が変化したことを場の空気から察した。

 黒服の中でも派手な黒服は、シルビアの物に違いない。

 現場にいた他の黒服に手短に説明を受け。

「なるほど……。

 各員聞け、あのモルデアイは偽物だ、国家の英雄を騙る者を即座に鎮圧せよ。現場権限によって全ての武装の使用を許可する」

 膠着していた状況はシルビアの指示によって急速に敵対へと転んでいく。

 いきなりの指示に戸惑う者もいたようだがすぐに周りに合わせて装備を変更していった。

 シルビアのマスクがこちらを一瞥した。

「残念だ少年。君とは決別になってしまう事が、とても残念だ」

 集まった黒服は20を上回りなお増えているように思え、そのすべてが最新鋭の魔法装備を両手に掲げている。

「前衛は偽物を惹きつけ、防御だけに専念し攻撃は後列に全て任せろ」

 その言葉をきっかけに、黒服とモルデアイはこちらなど気にもせずに激突した。俺たちにできるとは巻き込まれないように端へ逃げる程度でしかない。


 物事の中心に居たモルデアイは上げた右腕を振るう。たったそれだけの動作で雷が濁流となり放出された。

 黒服の防御はそれすらも受け流すが、全面がその防御に覆われているわけではない。穴を探して這う様に包み込んだ奔流が消える頃には自らの加速で地面に激突して数度転がるだけだった。

「…………」

 前方から2人、武器を盾のように構え、左右から接近し、右手の黒服は伸ばした棒で足払いを狙う。

 モルデアイは一歩踏み込むだけで、右手の黒服に密着し腹に開いた手の平を差し込む。一瞬でくの字に折れ曲がった体を吹き飛ばないように服を掴んでホールドしもう一方の黒服に頭から力任せにぶち込んだ。

 構えた武器に直撃し剣の姿をしたそれはしゃげて手から滑り落ち、2人がもみ合う様に壁際まで転がっていく。

 後方に追加で3人。少し距離の空いた彼らには1人目と同じように電撃を流すが、それを押しのけて後ろからさらもう1人が突撃する。

 他の黒服に比べ体格が大きく、装甲版も追加された大きなシルエットを相手に、モルデアイは軽く2mも跳ねて、頭を掴みそのまま地面に叩きつける、衝撃で地面は激音と共に舗装されていたレンガのだった物を飛沫のように噴き上た。

 跳ねた大きめの欠片を2つ掴み、短銃を構えている奥の黒服に投擲する。

 流れ作業のように半数が沈められてようやく上からの支援銃撃が届いた。

 路地の上から射撃してくる者は、弾丸が魔法であったり、実弾であったり様々で単純な方法では捌ききれない数を集中させた。

 対するモルデアイはそれら全てを回避も防御もせずに直立のままに受け、着弾と同時に全ての弾が破砕する。

 だが弾丸の機能ではなく、モルデアイに接触したことで魔法も物体も関係なく砕かれているようだ。

 大戦の英雄の実力は圧倒的であり、一切の衰え、綻びを感じさせない正真正銘の化け物である。


「ッ……。撤退だ、人員の回収は本部に任せろ、鎮圧不可能、これ以上の損害の前に撤退する」

 シルビアは苛立ちながらも指示を下す、倒れた者はそのままに黒服は手早く物陰へと消えていく。

 最後まで残っていたシルビアはモルデアイを見つめていた。


「モルデアイ。君の目的がなんであれ、政府の邪魔はしないでほしい」

 捨て台詞を吐いて、去っていく。

 それは昨日と同じような構図でありながら、全てが違って見えていた。

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