第4話 青髪の女


 驚いた顔を向けるその顔は、タックルをかましてきた女に間違いない。

 服の裾に土や汚れを付けた女はこうしてしっかりと見るとみすぼらしい恰好だった。

「お前」

 目の前にいる青髪の女は怯え、体を縮める。

「わ、悪気はなかったんです!」

「わかった、わかったから一回落ちくんだ」

「あ、あの。怒らないですか?もしかしたら死んでいた、かもしれないんですよ……?」

 それは確かにそうだろうが、今俺はちゃんと生きている。

 あのアルフェが言うには今は誰かの内臓が詰まっているそうだが、まだ完全に信じたわけじゃない。

「俺の内臓か消えてたっていうのは、本当なのか?」

 女は激しく体が震えさせた。すぐに詰まりつつも早口に謝罪と弁明を行う。

「それは間違いじゃないんですが! 殺そうとかそういうのは一切なくて! ごめんなさい! 誤って仕方ない事ですけど、今私に何かできることとかなくて……」

 このままではずっと喋り続け、そのうちとんでもない事を言いそうな勢いだったので落ち着くようにジャスチャーも加えて促す。

「まず、深呼吸だ」

 それに従い、何度か肩を上下に揺らす。

「聞かせてくれ、なんであんなことをしたんだ?」

 女は言葉を発そうとして詰まる、それを何回か繰り返してようやく口を開く。

「あの、本当は、あなたを退かそうって思ってて、私そういう魔法が得意で……」

「落ち着て、一から整理しよう。まず、君はどうしたかったんだ?」

「ぶつかりそうな。あなたを退かそうって思ってたんです……」

「どうやって? 君は結局あの時に何をしたんだ?」

 あの内臓を抜き取られた時に、いったい何が起きたのか、それが知りたい。

 ふと自分が事件を追っていることに気が付いた。追う気はないと、あんなことを言いつつ結局気になっていた。好奇心は巡り巡って自身の首を絞めるとも言うのだ。

 こっちは踏み込まない方がいい面であるのは薄々気づいている。

「あ、あの。空間魔法ってしってますか?」

「一応は、だがあれは個人でするものじゃないだろう」

「私、ほかはダメダメなんですけど、それだけは上手くできて……そしたらなんだか追われてて、逃げてて」

 空間魔法はかなり珍しい部類の魔法だ。

 名前の通りワープゲートを作ったり、物を移動できるような場所に関係する魔法で。適正のある人間は限られるためにそれが本当なら様々な組織が欲しがる人材だろう。

「だから、黒服にも追われていたのか?」

「多分……、あぁでもあれなんです!あなたの内臓はちゃんと保管してあるんです!!」

 え、まじか? 保存されている自分の内臓を想像して少し気持ち悪くなるが、善意なんだろうな。嘘をつくのが得意そうな外見でも、キャラクターでもなさそうだ。

「だから少し待っててくださいね!すぐに、すぐに戻してしまうので動かないで……」

 こちらの胸と腹に手の平を添えてきて、何が始まるのだと疑問した。

 しかしそれは分かるよりも早く別の事が起こってしまう。

 地面を叩く規律のとれた足音が遠くからしている。その統一されたものは軍属あたりだろう、それが人通りの少ないこの場所で聞こえるなんて只事ではない。

「やばいです。行きましょう」

 女はとっさに添えていた両手で腕を掴んで引っ張っていく、いきなりの動作につんのめるが何とかこらえて歩調を合わせ走り出す。

「……いや、俺逃げなくていいんじゃねぇか?」

 別にやましい事は何もないのだ、それにこの足音、この状況なら十中八九あの黒服連中の事だろう。

 シルビアの事もあるし、どちらかと言えばあっちの方が味方のはず。

「あ、あの! 拷問とかそういうのされますよ絶対! 痛いですよ! 逃げましょう!」

「え、あ、あぁだけど」

「だってほら、あなたの内臓をちゃんと元に戻せるのは私だけですから!」

 確かに……そうだ、いろいろあるが俺の内臓だってかなり大事な物でもある。

 この替えの内臓がいつ拒否反応を出すか分かったものでもないし、生まれ持っての内臓が選べるなら病気でもない限りそっちを選ぶのが普通だろう。

「決めるなら早く、急がないと――ッ!」

 女の方へ振り向くと、背後には回り込んで挟み撃ちを狙ったのか数人の見覚えのある黒服がいた。

 鳥類を模したマスクを付けた彼らは既に腰の警棒を抜き放ち、伸縮装置で倍の長さに伸びている。

「ちょっと待っててください!す、すぐに脱出の穴をあければ大丈夫なので!」

「そうは言ってもそんな時間もなさそうだぞ!」

 あぁくそう。こんなことなら迷わずにどっちか決めるべきだった。こんな中途半端ではどっちについても損をするしかなくなってしまう。

 だが、ほんの少し楽しくもあるのだこの状況が。

 学園はつまらない場所だった。予定調和で運営されて面白いイベントなんてめったに起きない、起きない方が安全で平和だとわかっているが退屈は死にそうになる。

 なら、と気がふれてもいいんじゃないか?

 だって、魔が差すこともあるんじゃないか?

 案外最初からそのつもりで、ここまで来たんじゃないのか……。

「〈火よ走れ〉!!」

 単純で出の早い魔法を一番近い黒服へと打ち込む。

 それは着弾するよりも先に見えない何かに遮られ潰されたように広がるが、目つぶしの代わりになればそれでいい。黒服はこれに臆せず突っ込んでくるだろうから、次の手を考えなくちゃいけない。俺に何ができるかをよく考えろ。

 地面に手を当て、瞬時に魔法陣を魔力で作る。目標は彼らの先にある地面で、それを引っかかるように十数センチだけ隆起させた。

 これも大した妨害ではないが1秒稼げれば次の1秒が来る。

 しかし結局これではジリ貧だ、女の作るゴールの時間が不明な以上数分も待たされる可能性だって高いのに。


「居たぞ!」

 後ろから声がした。逃げてきた先から追ってきた連中だろう。これで完全に双方をふさがれた事になり、女の様子を窺えば空中に魔法陣をいくつも出しているがまだ完成には遠いだろう。

 さっきと同じように火の魔法を準備して、転げるだろうさっきの黒服にも対策を――!

 真っ当な戦闘などしたことがない為に注意から抜けていた。銃という武器も、この世界にはあるのだと。

 それを思い出したのは横っ腹を撃ち抜かれた後だった。

「ぐッ、また腹か!」

 角度からして路地の壁になっている建物の上だろう、斜め上から貫くようにももを掠めている痕は熱いものを吐き出し始め、この昨日散々味わった喪失感に似た物を押さえつけて左手でなんとか抑える。弾丸は体を抜けてくれたが、代わりに2か所からあふれる血は簡単には止められない。。

「あ、あなた!?」

 女はそれに気が付いてこっちに視線を送るが、集中が乱され未完成の魔法が魔法陣ごと破裂した。完全な窮地だ。

 そして俺はその場のノリで黒服に攻撃した共犯となってしまったし。銃がなければ、もう少しはうまくいく予定だったんだが現実うまくは回らない。


「投降しろ、女!」

 黒服の数が増えて既に10人を超している。

 どうすればいい? 助けなどありえない。


 その光を見るまでは。


 空から落下する物体は赤い線を引いてこの場に落ちてくる。

 落下の寸前に下に圧を放つことで暴風と共にそれが着地した。

 透き通るほどに白いく、無駄に長い髪を風に舞わせながら来たそれはこの国の人なら知らないはずのない偉人である。


「リア…………モルデアイ!!」

 誰かが言った、もしかしたら俺だったのかもしれない。そんなことは目の前の事実には関係のない事だ。

 モルデアイ。我らが祖国クレデリアを勝利に導いた二次大戦の英雄である。

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