第3話 シルビア


 昨日は一日の大半を寝て過ごした気がする。

 暖かな日差しは窓から部屋に飛び込み明りなしでも十分に照らしていた。昨日は夜のこともあってよく見れていなかったが年季の入った家具がいくつ並び立ち、その中でも大きな本棚にはハードカバーが敷き詰められている。

 過ごしやすい気候でつい二度寝しそうな誘惑を押しのけてベッドから這い出る。

 すぐ隣にある小さな台には制服が置かれていて、自分のだと確認してから袖を通す。外から見える景色を見れば朝ではなく昼あたりだろうか。

 一通り見て物色するのも躊躇われるので扉に向かう。

 鍵はかかっておらずノブを軽くひねるだけで乾いた木の音を立てつつ扉は開いた。部屋の中にいた時もそうだったが静かで、一瞬だれもいないような気に襲われる。

 そんなちょっとした感傷なんて気にも留めずに昨日嫌になるほど聞かされた女の声が響いてくる。


「おーーい、ニーナ、今日のご飯はサンドイッチ以外がいいな!」

「贅沢言わないでくださいよ。バイトの時からこれしか作れないって言ったじゃないですか」


 声の響く方向へ顔を向ける、どうやら一つ上の階から響いてくるようだ。周りを見渡して廊下突き当りにある階段を見つけた。


「おいしいのはいいけど、さすがに毎回同じ見た目は飽きちゃうよ??

 出前、そうだ出前とか頼もう」

「そんなこと言ったってもう作っちゃった物は仕方なく食べてください。大人なんですから」


 登り切ったすぐ隣が二人の居る部屋のようだ、さっきよりも鮮明に聞こえる。軽く中を覗けば昼食をしようと皿を並べているところだった。

「そうは言っても毎回この白い三角形はねぇ……、んと。アーシャ君じゃないか。そろそろ起きる頃合いだと思って食事の準備をしていたよ。ここまでこれたなら体もうまく馴染んだようだね」

「おはようございます、アーシャさん」

 中に入いっていけば、昨日見た顔が二つと、知らない人がもう一人だけ居た。

「やぁ、昨日ぶりだね少年。私だよ、シルビアだ」

 シルビアは青く長い髪を垂らした女性であった。

「あぁ、はぁ……、シルビアさんって女の人だったんですね……」

 そこで数泊間をおいてシルビアは語りだした、楽しそう笑いながら話す声や顔は昨日の黒服ではなくれっきとした女性である。

「よく言われるな、だがバレないためのあの格好だ、少しは大目に見てほしい」

「それはいいんですけど……。でも、こんなとこを紹介して、何が目的だったんですか」

 アルフェは笑いながら『こんなところ』という言葉に反応している、ニーナは若干の理解があって申し訳なさそうに苦笑した。

「コイツは腕は確かだ、機材だってそこいらの医者よりいいものを使っている。結果に問題がないのだから虫に刺されたと思ってやり過ごすといい」

 シルビア自身も結構な物いいだった。

「シルビアもひどいなぁー。私は私にできることをしてあげたのにね、少女二人と屋根の下、青春だぞ?」

「俺はずっと眠らされてそんなのどこにもなかったぞ」

「青春したいかぁ? もっと青春したいよなぁ? まぁお手付きしようものならその腹ぶち抜いてお腹を昨日の今頃みたいにしてやったが」

 勝手に決めつけられ物騒なことを言い渡された、だが、気になることもある。ちょうどシルビアさんも居るのだから聞いておきたい。

 昨日は踏み込む気はないといったが、手の届くすぐそこにあるのなら気にもなる。

 ニーナに示された椅子に座ればすぐにサンドイッチが用意された。野菜が多めで少しのハムが挟まったそれはいつもの俺にとっては物足りないが寝起きの今にはちょうどいいサイズだった。

「シルビアさん、聞いてもいいですか?」

「なんだね、少年。食事中の会話、規則の許す範囲なら答えるぞ」

「じゃぁ、あの。昨日の俺にタックルしてきた女ってなんなんですか」

「答えられないな」

 いきなり規則とかいうのを踏んだみたいだ。そもそも規則っていうのはなんだ? 本当にシルビアは何かの特殊部隊とかそういう現実離れしたモノに属しているんだろうか?

「内臓のこと知ってここに行けって言ったんですか」

「うむ……。半分と言ったところだな、実際診てもらわないと判断できなかったからこそここを紹介した」

「私ってばこう見えてシルビアのお墨付きなワケよ、こんな堅物だけど分かるもんなのねぇ。その辺り私はとっても評価しているわ」

 こっちはこっちで上から目線だが、当のシルビアは軽く笑うだけで答えている。ああいうのにはいちいち真面目に取り合わないのがいいのだと悟ったような気がした。

「最後に、シルビアさんは何してる人なんですか」

「それも答えられない。だが、君の頼みだ、政府の末端とだけ言っておこう」

「政府は、クレデリア政府のことですか?」

「そうだ」

 政府。クレデリア政府と言えばこの星で最も権力を持っている場所だ、世界中にクレデリアの飛び地があり、狭い領土ながら突出した軍事力と経済力は世界全土を支配しているといって過言ではない。

 そんな政府の所属となれば生涯勝ち組のような物である。俺はそういう事務に就く気なんて一切ないし自由な仕事がしたいから詳しくは調べていないが。

「凄いですね……、シルビアさん公務員ってことですよね」

「ん、まぁそんなところだな。何、誇れるようなことは何もないただの後方支援だ。私には魔法の才能がなかったからね」

 見たところ20台も始まったばかりの容姿だ。若作りだったとしても天才に違いはない。

「そういう話は置いといてぇ、シルビア久々に来たんだからいろいろ聞かせなさいな?

 君の話はいっつも面白いから私もニーナも楽しみなのよ?」

「そ、そんなことないですよぉ……? で、でも何かあれば聞きたいなぁって」

 アルフェとニーナはシルビアの語る変わった話を聞きつつ食事は楽し気に進んだ。

 こうやって何人もで一緒に食事をするのは随分となかった気がする。たまには騒がしい人も悪い物ではないと感じた。アルフェは少し煩すぎるが。



「――それでだ、ハールドの奴が自慢の騎乗槍で銀色の怪鳥をすれ違いざまに突き刺して大爆発。後始末には後方の奴らもみんな連れてこられて大騒ぎになってしまった」

 シルビアの話は6割が戦いの話だったりする。その中でもいくつかは身内の失態とか後始末だとか気の抜けるような話題もあり、気が付けば食事と共に消化していった。

「さてと。結構長居してしまったね」

 シルビアがそう言って空になった皿を重ねて流し台に向かう、それにニーナは続いて行き、アルフェはこっちに寄ってきた。

「結構、いや、かなり面白い奴だろう? 信憑性を疑うのもいいがこういうぶっ飛んだ話は信じる方がずっと面白い。

 君だってそのうち昨日のことを今みたいに話すようになるんだぜ? 何も悪い事なんて起っちゃいない、運が少し良くなかっただけなのさ」

 それを悪いというんじゃないか? けれど過ぎたことだし言っても仕方ない、か。

「俺はもう帰っていいのか?体ももう問題ないし」

「そうだね、この様子なら問題ないな。君は晴れて自由の身だよ。堅実に、堅実に生きたまえ」

 そういって軽く手を振る、言ってる事だけは真っ当だが何度も関わろうとは一切思わないものだ。

「それじゃ。ニーナさん、お昼おいしかったです、シルビアも聞いてくれたり聞かせてもらってありがとうございます!」

 キッチンからニーナか顔を出してシルビアもそれに続く。

「アーシャさんもお疲れ様です。あまり良いことではないですけど、次があればその時もお願いしますねー」

「少年も昨日は手間をかけたな、ゆっくり休むといい」


 アルフェが私だけタメ口か?とボヤいているが、気にしない、気にしてもしかたない。

「アルフェさんもありがとう」

「ほいほーい。帰り道に気を付けなよ、3日連続はさすがにアレだぜ?」

 そんなことは分かっている。なんだかんだでここに何年も住んできたんだ、そうそう今回のような事故や何かよくわからないものは巻き込まれない。

 荷物が服と電話だけだったことを確認して階段を降り昨日抜けた廊下を通る。

 外の光が強めに入る室内は、消されて休業中となっているためだ。出入口を抜けて周りの風景を見渡していつものように寮へと戻る。

 これで俺の変わった事件は幕引きだ。なにか、シルビアあたりはまだまだ続くのだろうがもう上がってしまう俺には対岸の火事もいいところ。


 帰る途中、近道をするならあの時通った路地を使うが、何となく行きたくない気分だった。別のルートを使おう、東回りから寮に向かうあそこもなかなかに悪くない。

 少し暗いがこの時間帯なら気にもならないだろう。

 だからそこを選んだのに、前の道をさけたのに、先回りしたように、あの青髪のタックル女がそこに居た。


「――ッあ」

 二人が同時に反応する、目が合って昨日のアイツだと両方が理解した。


「あのタックル女ッ!!?」

「なんで生きてるのっ??!」

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