第2話 アルフェ診療所
気が付いた時には日は落ちて真夜中寸前と言えるころだった。
すこし記憶があいまいで、それを正すために思い返してみれば学園を抜け出して路地を歩いていると、女に突撃されてその後に来た黒服の紹介で診療所を訪れたのはいいが気絶させられたということ。
なかなかにハードな一日だが、整理してみれば簡単だ。
黒服は女を追っていたのだろうし、黒服とグルの診療所も若干どころかとても怪しい。
上半身が裸まで脱がされてその辺に服が畳んで置いてある。
「こんばんわぁーー。どうだい気持ちのいい目覚めだろう? ちょっとした善意で電撃ビリビリのマッサージもサービスしてあげた訳さ。
もし筋肉痛やこりがあったなら一撃のはずだよ」
「俺に、何したんですか」
少しばかり敵意をもって見つめる、睨むと言った方がいいかもしれないがそんなものにすごむ相手ではないのはなんとなく分かる。
「なーんにもしてないよとは言わないけど。君は現在万全だ、君最近寝不足だろう??
こっちもサービスで十分な濃密睡眠をしてもらったわけさ。だから今が夜でもあるんだけど」
「そんなことはどうでもいい。俺に何かしたのか?」
「なんだい、随分と疑うじゃないか。
やましい事はしてないよ、もちろんいやらしい事もだ。実際君が知るべきじゃないよ、知らないで帰って今日は疲れた明日も頑張ろうってした方がずっといいんだよ」
確かに、そうかもしれないがもし目の前に謎があればどんなものであれ手に取って見たくなるのが人の性というもの。
「巻き込まれたからには、原因ぐらいは知る権利はあるだろ?
2回も気絶させられて、モヤモヤのまま生きられるほど雑にできてない」
「そうかい? それは可愛そうに。別に私は口留めされてないから言ってもいいんだけどねー。
当然友であるシルビアの顔を立てなきゃいけないし、国家を揺るがすような事を君にしてもらって巡って私に被害が出るのは望む所じゃない」
「せめてなんで気絶させたのかだけでも教えてくれよ」
さっきより強く睨む。そんな視線もそよ風のように動じないアルフェだが少し考えるポーズをとって破顔して続けた。
「しかたないなーー。そこまで言うのなら説明してあげようじゃないか!
えーっとここに来た時の君の内臓は全部ないのだねぇ、だから替えを詰めたわけだ――」
は?
ちょっと待て、待て待て待て。なんて今言った? 内臓が全部ない? くだらないギャグのつもりか?
意味が分からない、一切が理解できない。
それでもアルフェは解説を続ける、ほとんどが医療用語のようで俺には一切理解できないがただ替えとなる誰かの内臓が腹の中に詰まってる事だけは理解できた。
強烈な吐き気がする、胸やけがして肺が縮む。
いや、でも考えろ。俺はあの女とぶつかった後に肺がちゃんとあったはずだ、なければ黒服の前で死んでいる。
「待ってください。俺にはちゃんと内臓はありましたよ、生きてたんだから当然なくなってなんかないですよ」
リアリティのある解説をするアルフェに、ひねり出すような声でそれを否定できる証拠を出した。
アルフェはまた考えるように手を頭に当ててから少しゆっくりと話す。
「んーっとね。君は魔法についてどこまで知識があるかな?」
不登校になっているがこれでも有名な魔法学園の在校生だ、街中の一般人よりは豊富な知識と技術がある。
「制服みれば分かるだろ。学園の生徒だ、大抵のことは分かる」
「そう? それもそうだね。じゃあ簡単に説明するけどねー。
魔力ってのは知ってるね? そして体は新陳代謝で傷を癒すのもだ」
傷があれば魔力は新陳代謝を促したり、肉体自体を魔力から生成させる。回復魔法と呼ばれる魔法は一般的なものの一つで診療所なら一番なじみ深いもののはずだ。
「つまりあれか? 魔力で内臓全部回復させたってか? 無理だぜそんなの、自慢じゃないが俺にそんな魔力はない」
「惜しいねぇ、でも私も正解は知らないよー。事件関係者じゃないからね詳しく知りたいならシルビアに聞いてくれ。
で、だ。実際は少し違って君の内臓は大体半分ぐらい盗まれたと言った方がいいね、残された部位と魔力でなんとかハリボテの内臓を作っていた。
主要な器官や血管の側だけを残して本当は空っぽだったのさ。もし何か食べていたりしたら分かりやすく影響がみれただろうね」
「何だよそれ、学園でそんなの教えてないぞ」
魔法だって便利なだけじゃない。魔法がどれだけ制約があるのかを学ぶと同時に知ってきたのだ、柔軟性はあってもそれは規則の範疇内で物が落ちるように魔法も回避できないルールがある。
「デタラメすぎだぞ、信じる気に一切ならないな」
「それは君の自由だね。だけど中途半端はいけないねぇ、知ったんだったら全部知ってる方がずっと堅実に生きれるはずさ。
君は事件を追ってみるとか思わないかい?」
「全然ないね」
知らない人に知らない黒服。少し刺激的ではあったが毎回このような状況になってはどうあれ体が持たないだろう。
「そうかい? 私とは違うんだねーー、まぁ私と同じタイプなんていたら驚きではあるけどさ。
さてま、今回は無料だけど2回目は有料だから気をつけなよ」
別にこんな場所に何回も掛かる気はないさっさとここから出て行って寮に戻ってしまおう。今でも続いてる嫌な感じも寝れば回復するだろう。
椅子に手を付き立ち上がろうとして、うまくいかずに床に肩から激突した。肉を打つ鈍い音が静かな部屋に広がる。
「そういえば言ってなかったね。まだ内臓が合ってないからここで一夜明かすのをおすすめするよ」
「先に言ってくれ……」
「あっ、お、お客様!?大丈夫ですかっ!?」
アルフェとも違う声が聞こえ横になった視界に足先だけ映る。ここに電話した時に聞いた受付嬢の声に似ている気がする。
「おや、ニーナじゃないか。君はもう寝たんじゃなかったかい? 健康優良の君は寝るのも起きるのも早いからね」
「だっていきなりドコンって鳴らされたら飛び起きますよ……ノイルこそ何してたんですか?」
「私は良い事をしていたよ、間違いなくね。けどまぁちょっと言いそびれて彼が転んでしまったのさ、なって打ち身程度だろう?」
どうやらニーナというここの従業員のようだった。
起き上がろうと腕を動かして四つん這いになるがどうにもそれ以上起き上がれない。腹に変なものが詰まっているという感覚が手足を鈍らせる。
吐き出しそうなほどに気持ち悪いのに不思議とこみあげてくるものがないのも、空っぽのせいなんだろうか。
「ニーナ、ひとまずベットに運んで。私は色々を準備しておこう」
「は、はい!」
ニーナと思われる腕がこちらの右腕を掴み、肩を組むように回してくれた。とても近い横顔で、シャンプーの香りも少しばかり感じられる距離だ。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いえいえ、気にしないでください。貴方も今はゆっくり休んでいてくださいね?無理は禁物です」
目の前を揺れる銀髪で視界を覆われる。アルフェにはない優しさを感じられ、二人の印象は反比例の図のようなっていく。
「あ! そうだ!
君君、そういえば名前を聞いていなかったね! まだ休んでもらっては困るわけだ!」
思い出したように大きな声にニーナが驚いて身を震わせる。あの落ち着かない女はやはり好きになれそうにない。
「ちょっとアルフェさん、もっと小さな声でお願いします。すみません……、でも私からもお願いします、もうちょっとだけ頑張ってもらえますか?」
「い、いや。大丈夫だ、俺はグラス・アーシャ。魔法学園生だ」
「アーシャさんですね、ありがとうございます」
真横にある無垢な笑顔は苦しい体を和らげるいい薬になった、これならベットまでは何とか一人でも歩けそうなきがする。
「あ、ちょっと、無理しないでくださいって言ったばっかりですよ」
勝手に歩こうとする俺を押しとどめるニーナに、力で抗えないことで入らない力を再確認する。そうだ、肩組してようやく歩ける程度だというのを精神論で忘れていた。
たどり着いたベットは病院のシンプルなものではなく家庭用のしっかりとした木製だった。
そこにニーナの手伝いで寝かされる。
ここまでの疲労や、まだ安心できる人がいた実感で気も緩む。すぐにでも寝てしまえるほどに疲れていたことに驚きつつも睡魔に身を任せることにした、最後に一言を言いながら、明日はもっと楽であるようにと。
「おやすみ……なさい……」
「はい、おやすみなさい。アーシャさん」
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