魔法戦争を下町で

チタン

回復魔法の使い方

第1話 始まりの一つ


 魔法というものが輝いて見えたのはもう何年も前の事だ。多くの奇跡や偉業も当たり前になってしまえばもはや日常の一コマでしかない。

 魔法学園という場所に憧れた幼い俺はいつしか居なくなり、何もかもに飽きて授業から抜け出して街中をうろついている不良になった。

 平日の昼間とはいえ人の多いこの街はこの国の中でも大きな都市で、白い建物が多く、そこにクリームや薄茶色の道路が敷かれている。小奇麗なこの街は今の何とも言えない気分を洗ってくれるような気がする。

 そこから少し小道に入ると静かで、しかしちょっとした生活音が聞こえるこの場所が俺の落ち着くお気に入りの散歩道だ。

 そんないつもの事を楽しんでいた俺の後ろから速いテンポで地面を駆ける音が聞こえる。なかなか人の通らない場所なのに珍しい。後ろを振り返って確認すると――。


「ど、どどどいてくださーーい!!?」

 この街で多い青い髪をした女性がタックルのように突撃してきた。


 数度の暗転と骨と肉がきしむような痛みが女と激突した腹と胸に強く染みている。

「がッ――、ぅお。なんだ、お前!?」

「すす、す、すみませーーん!!」

 ホワイトアウトしかかった視界をなんとか元に戻せた頃にはその女は遠くを走りさってしまった。どのくらいその場にいただろうか。

 いや、それ以外に注目すべきことがあった。


「君、君。大丈夫かね?」

 俺を囲む黒服の連中だ。少し気を失った間に彼らか彼女か知らないが5人が囲んでいる、どれも警棒のようなものを腰から下げて頭は鳥類を模したマスクのようなもので覆われていて顔が見えない。

「大丈夫か? 自分の名前を覚えてかね?」

 目の前の一番豪華な黒服が手を差し伸べて聞いてくる。

「あ。け、けほ……、大丈夫、です」

 激突で潰された肺のせいで咳き込むのを抑えつつ黒服の手を掴んでそのまま立たせてもらった。

「ここは大丈夫だ。各員は先行した者に続け」

 黒服が他の黒服に指示を出して、それに従って他の4人が駆けていく。

 立ったことで黒服の身長がとても高いことに気が付いた。底の高いブーツではあるが176の俺よりもさらに10は高い。

「無事ならそれでいい。だが、万が一だ、この病院に行くといい。私の紹介と伝えればタダで診てもらえるはずだ」

 そう言って差し出してきた名刺には『アルフェ診療所』の名前といくつかの情報が載せられていた。

「シルビアだ。シルビアと言えば分かるはずだ」

 こっちが満足に話せないうちに勝手に話し出していくシルビアという黒服。そもそも男か? 女か? それすらもくぐもって分かりにくい。

「ここからそう遠くはない。気を付けて行くといい。青年」

「あ、ありがとうございます。シルビア、さん、でもどうして」

 大した怪我はしていない、もうほとんど元通りなのに気をかけてくれる。会って10分と経ってないのになぜ?

「気にするな。 こっちの不手際だ、じゃあな」

 シルビアも、さっきの4人の後を追って行く。素人目だが訓練された足運びは軍人や何かのフィクションで見た特殊部隊のようだった。何にしてもただものではないと思わされる。

 ぼうっと突っ立ているだけで黒服の背中は少し曲がりくねった道なりに並ぶ建物の蔭へ消えていった。

 取り残された俺はこの後どうするかを考えてみると何の予定もないことを思い出す。どうせ他にするともないし助けてもらった恩もある、名刺をもう一度よく見て向かうことにした。


『アルフェ診療所。

 所長ノイル・アルフェ。

 コルノ市区1丁目7番地02。』

 これに診療所のホームページのURLや電話番号などが記載されいる。そこに電話をかけ予約?と言えるかは微妙だが連絡とってその場所へと向かった。

 移動距離はシルビアの言った通り遠くなくゆっくり徒歩でいっても20分ほどでたどりついた。

 ここが?アルフェ診療所と出てはいるが建物自体はボロボロで年代物と言えるレベルではない。シャッターは空いているので廃墟ではないのだろうが雰囲気からして不安にされる。一歩間違えればマッドサイエンティストが改造人間を作っている地下組織に繋がっていそうで。

 だが臆しても居られない、決死の覚悟で中に重い一足を踏み込む。

「ぉーはよう! 君は今日1人目のお客様だ!」

 女性の大きな声が頭を揺らす、電話で聞いた声とは違うようだが、診療所の医者か受け付けだろうか?顔だけは真面目そうな女性はファッションとしか思えない大きな丸眼鏡をかけぶかぶかの白衣を身にまとっている。

「いやぁー、なんだっけ、シルビアの紹介だっけ??

 災難だったねぇー、あんな子と鉢合わせたら死ぬか死にかけるかの二択なのにさぁー」

 このままでは相手のおしゃべりペースに呑まれてしまう、多少遮るようでもいう言わなければ。

「あ、あの。あなたがアルフェさんですか」

「そうだ、そうだとも! 私がアルフェさんだ。外見はぼろぼろでも中身は新品同然、安心できるとも。

 ほれほれこっちにいらっしゃーい?」

「えっと、本当に大丈夫ですか?」

 不安になる、こんなよくわからない場所で変にテンションの高い女が長い髪を揺らすほどにオーバーリアクションで喋り通しているのだから、誰だって疑問や不安を持って仕方ないむしろ当然のことだ。

 だというのに女は喋り続け。俺は彼女の先導でカウンターを抜けて奥に進むしかない。

「ほらこっちに座って座ってー」

 しかたなく示された椅子に座る。途中の廊下で見た診療所の中は思ったよりも綺麗で少しは安心できる。これならばもう少し気を緩めてもいいかもしれないと思った、のだが。

「はーーい、ぽちー」

 首に電極が当てられ本日二度目の意識を手放すような浮遊感に襲われる。

 少し前の自分を恨みつつも避けられない脱力のなかでこの原因となった青髪の女を思い出す。

 ただあの時と違うことがあれば、今回はさっきよりも長く気を失っていそうなことだった。

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