第4話 謎の光

 自称宇宙人と接触した日から二日後、僕はいつも通り学校に行き、授業を受け、帰宅し、家事雑用諸々を済ませてから布団に入った。


 まだ学校には慣れていないが、何か月も通っていなかったのが嘘のように、足取りは軽く毎日を過ごせていた。死と添い寝した経験がここまで人に影響を及ぼすのかと思う反面、ただ目新しい日常を享受しているだけで、後一か月もすれば再びこの布団に飲まれてしまうんだと不安になる。


 時刻は午前二時。僕はまだ入眠剤に頼っていたため、薬を飲んでから布団に入った。


 しばらく天井を見つめていると、あの日のことを思い出してしまった。

 

 どうして僕はまたこの部屋で寝ているのか。

 

 死を免れたからといって、生に前向きになったわけではない。いつもと変わらない厳しい現実を、耳をふさぎながら歩くしかないのだ。少しでも油断したら、悪魔の囁きが死へと誘う。


 あの日に終わっていれば、全ての不安や悩みが空気に溶けて消えてしまったことだろう。それはそれで魅力的だ。


 とにかく、現世に対する僕の根本的な思いは変わらない。学校に通えるようになったのは大きな変化にみえるが、よくよく考えてみるとそうでもない。今までずっと通えなかったわけではないのだから。むしろ、一人で引きこもることで露になる自決願望が危険すぎるため、防衛本能が無理矢理にでも外に出そうとしているのかもしれない。


 様々に思考を巡らせていると、次第に頭の回転は鈍くなり、銀河のようなキラキラした視覚的ノイズが目の前の天井を飾る。目を瞑るとそのノイズはよりはっきり表れ、僕を宇宙旅行へと連れて行った。


 高揚感が湧き上るが、それはこの薬の特徴で、このおかげで宇宙の中で孤立しても不安に襲われることがなかった。瞼の裏に浮かぶ星々は色相を変化させながら配置をうねらせる。


 芸術的な星の波を眺めているうちにいつの間にか眠っていた。


 窓から差し込む強烈な光で目が覚めたのは、午前四時のことだった。


 月明かりとは異質の凝縮された白光が、わざとらしく僕の顔を照らし、その挑発的な視線に眉根がくっつくほど寄った。


「なんなんだよ……」


 今までこんな光は見たことがなかったから、常設された街灯のわけがない。近くで工事でもしているのか、誰かのいたずらなのか、思いつくところではこの辺りが限界だ。


 このままでは眠れそうにない。


 とにかく光源を確かめるため、寝癖で爆発した髪の毛を掻き毟りながら嫌々窓際へ向かう。


 目を線のように細め、左手を帽子のつば代わりに額につける。

信仰心の強い人がみれば、神々しさに頭を垂れても不思議ではない、それほどまでに際立つ光だった。


 窓越しに周囲を見渡すが、輝きは視界を遮り、何も見せてはくれなかった。異常事態を前に、ただ事ではないという意識が働き始める。


 ところで先ほど目が覚めたとはいったが、夢から現実に戻ったのか、それとも夢から夢に移ったのか、どちらの確信もなくなってしまった。


 自分がどこにいるかもわからないまま、一度外に出て光の正体を確認することにした。


 いつもの癖でスマホと財布と煙草をポケットに詰め、勢いよく玄関ドアを開け、アパートの階段を駆け下りる。


 謎の光が上空から僕の部屋めがけて差していることにすぐ気がついた。その軌道は灯台が障害物を照射するときのように直線的だった。


 なるほど外全体を照らしているわけではないから、僕以外の人間は気づいていないようだ。


 いったい何が光を発しているのか、その正体をみようと上空に目を凝らしていると、


「やあ」


 聞き覚えのある声が背後から飛んできた。

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