第3話 へんなやつ・・・

 さて、色々と突っ込みどころがあるが、人がいたのは運が良い。この人と話すことに決めたのは言うまでもない。


「あの」


「異性の顔を見て驚くなんて失礼だな」


 声をかけようとすると、逆に話をふられた。途端に目が合う。


彼女の前髪の分け目から覗く大きな瞳は、鮫の目玉のように不気味な黒光りをみせていた。強力な目力に息を呑む。


「す、すいません……まさか人がいるとは思わなくて」


「いや、私の方こそ突然すまん。話し相手が見つからなかったから、同じように困っている感じがする君の後ろに移動してきたんだ。私の方から声をかけるべきだった」


 どうやら同志らしく、急に親近感が湧いた。


 彼女はとにかく白かった。服ではなく肌が雪のように白い。色素が全くないのではないかと心配するほどだ。


 それでいて髪はムラなく漆黒に染め上げられていたため、アルビノではなさそうだった。不気味で大きな黒い目も、カラーコンタクトの黒色が肌の白さと対比されてそう見えただけだと考えれば、どこにもおかしいところはない。


 こんなに近くで人と目を合わせたのが久々で、過剰反応してしまったようだ。情けない。


「わざわざ移動してくれてありがとうございます。この授業でディスカッションするなんて聞いてないから焦りましたよ、あはは」


「敬語は必要ない」


「あ、わ、わかった」


 彼女の達観した態度に圧倒される。繊細な容姿からは想像できない男らしさを言動に含んでいて、どこか神秘的な両性具有者を思わせる。声色と外見は女の子なのに。


「それでいい。で、何か不思議な体験はあるか?」


 相手に雑談するつもりはないらしく、どんどん話が進められる。僕もあまり得意ではないから、都合が良いことに違いない。


「僕は正直あまりない」


 そう言いながら腕を組んで頭を働かせる。そして、記憶に新しいある出来事がふと頭に浮かんだ。


「しいて言えば……、かなり最近のこと、ほんの数か月前かな、深夜の三時くらいに誰かに自宅のインターホンを鳴らされたのが不思議だった。何回も鳴らされたんだ。子どもがいたずらで遊んでるみたいに何度も連打されて、その時は寝ぼけてたからうるさいとしか思わなかったけど、後でそれが誰も来るはずのない時間の出来事だったと気づいて、驚いたよ」


 僕がオーバードーズで意識不明になったことは隠しつつ、あの日のことを話した。


「誰の仕業なのか確認しなかったのか」


「あまりにもうるさいから苛々して目の前で怒鳴りつけてやろうとは思ったけど、やっぱり怖くて布団から出られなかったよ」


「なるほど……」


 彼女は思いのほか神妙な面持ちをみせた。


「ただの変質者だろうけど、幽霊のいたずらだったら怖い」


 それとなくオカルト方面に話を誘導する。この講義を取っているほどだから、幽霊とか好きに決まっている。そして、てきとうにオカルト関連の薄っぺらい話でもしていれば、この時間は自然と終わる、僕はそう考えていた。


 しかし、話は理解できない方向へ進むことになる。


「幽霊……か。幽霊って本当に存在すると思うか?」


 彼女はありきたりな質問をぶつけてきた。


「……え? ゆ、幽霊がいるかいないか……そうだな、どちらかでいえば、いないと思う。なんてったって自分の目で見たことがないから。いくら見た人がいるっていっても、やっぱり自分の目でみないと信じられない。でも、いてほしいとは思ってる」


「どうしていてほしいんだ?」


「そんなの、いた方が面白いからに決まってる。たまには人間の予想を裏切る出来事でもないと世の中つまらない。幽霊はその裏切り者の代表だ。人間の予想がいつも正しかったら、どれほど退屈な世界か。こんな現実、何かが裏切ってくれないと、耐えられない」


 普段は口に出せない世の中への不満が、水道水のように流れ出てしまった。思わず蛇口をひねって流れを止める。


「ごめん、つらつらと」


「いや、謝る必要はない。面白い考えだと思う。じゃあ、宇宙人はいると思うか?」


 突然話は宇宙へ飛翔した。彼女が質問攻めを止める気配はない。この人はなんというか、想像以上におかしな人かもしれない。


「宇宙人!? う、宇宙人か、そうだな……宇宙人はいるんじゃないかな。宇宙ってのは人知を超越した広さだろ? それだけ広いなら地球みたいに生物が住んでる星があってもおかしくない気がする。ただ、地球外生命体じゃなくて宇宙人ってとこが引っかかるけどね。地球人は地球の環境に適応したからこその今の姿なわけだから、やっぱりそれぞれの星の環境に適した多種多様な生き物の姿があると思う。そう考えると、人型はなかなか難しそうだ。人の定義をどこまで広げるかによるけど、二足歩行だけでも地球の生き物の中じゃ珍しいんだから」


 彼女の表情はとても真剣で、ふざけたことを言っても失礼にあたりそうなので、僕も真剣に応えてみた。


 すると、その真剣さがうけたのか、はたまた馬鹿にされたのか、彼女は背中をのけぞらせて笑った。


「ハハハッ……、人間は面白いね。それじゃあ最後の質問だ。宇宙人は味方だと思うか? 敵だと思うか?」


 彼女は鞄からメモ帳とペンを取り出した。


 まるで自分が人間ではないかのような言い方に僕は違和感を抱くが、言及せずに質問に答える。


「敵……ではあると思う。住んでいる星が違うんだから。でも、地球にやってきてすぐに破壊活動をしたりはしないだろう。はるか遠くの宇宙からここまでやってくる技術力があるんだ。そんな知的生命体が、地球を滅ぼそうとするほど野蛮だとは思えない。もし地球に来たとしても、まずは隠れて観察して、武力行使以外の道を考えると思うよ。人類だって、もちろん戦争なんか望まないはずだ。そしていずれ、敵から味方になってくれればいいなと思う」


「……わかった。貴重な意見をありがとう」


 僕が意見を言い終わると、彼女はさらさらと走らせていたペンを止め、メモ帳とペンを鞄に戻した。


 話がひと段落ついたところで、僕は彼女の行動について色々と聞いてみることにした。


「なんでメモなんか……」


「好きなんだ、こういうことを聞くの。色々な人が色々な意見をもっているから」


「ふーん……、なんだろう、君の今までの口ぶりがまるで、君自身が宇宙人かのような、そんな印象を与えるものだから、今度はこっちが質問攻めしたい気分だよ」


「そうか……、ところで、私のあだ名は何だと思う?」


 彼女は薄ら笑いを浮かべながら再び問いかけをしてきた。自分が質問されるのは望んでいないらしい。


「また質問か……。あだ名? そんなの知るわけないだろう。君の名前も知らないんだから」


「いや、わかるさ。私の名前を知らなくとも。今君が私に抱いている印象をそのまま言葉にしてみるんだ。それが私のあだ名になる」


 僕は十秒ほど考えた。ふしぎちゃん、不審者、曲者、インタビュアー、おとこおんな、色々と考えるがどれもいまいちだ。いや、最初から答えは決まっていた。彼女に抱いたたった一つの強烈な印象、それは考えるまでもなかった。


 しかし、僕の経験上、このあだ名をつけられる人は概して幸薄い。中学生の頃、不名誉にもこのあだ名で呼ばれていたクラスメイトは、やはりいじめられていた。人間社会において、このあだ名は一種のスティグマであるといえる。馴染めない、風変わりな、頭のねじが外れた、そんな意味を内包している。


 だからこそ、彼女をその名で呼ぶのは戸惑われたが、他意のない素直な印象として、僕は言うことにした。


「……宇宙人?」


「正解だ」


 彼女は即答した。あだ名についてなんの不快感もないようだった。


「君の言う通り、私は宇宙人なんだ」


「うん」


「それだけだ」


「うん。……うん? 何が?」


「君が私に聞きたいことへの答えだ。私は宇宙人なんだ」


 僕は少し混乱してきたので、背後の彼女と話すためにひねっていた上半身を戻し、背もたれに体を預けた。ちょうど彼女に背を向けている状態になる。


「はあ……どういうことだ?」


 自称宇宙人に後頭部を向けたまま問う。


「だから、君が私に対して疑問に思ったことは全て、私が宇宙人だから、という理由で片付く」


 自称宇宙人はいたって真面目な口調だった。


 僕は再び振り返り、彼女のことを見る。


「君が宇宙人について聞いてきたのも、そもそも自分が宇宙人ですみたいな言い方も、君がまさしくその宇宙人だからってことか?」


「そうだ」


 僕の頭の処理能力に限界が来て、一瞬虚空を見つめてしまった。


「信じられないか?」


「……いや、信じるよ」


 自称宇宙人は驚いたようで、二重瞼が作るぱっちりした目をさらに大きくした。


「そんな簡単に信じるのは意外だ」


「ああ、なに自分で驚いてる。だって、中学生の頃に宇宙人って呼ばれていた奴はも

っとおかしかったからな。あいつ、いつも何考えてるかわからないし、虫を平気な顔で食うんだよ。夏になると、教室に入ってきた蝉を捕まえて、みんなの前でむしゃむしゃと……」


 話していると、ガンッという音とともに突然脛に激痛が走った。


「痛っ!」


「そんな野蛮人と一緒にするな!」


 どうやら彼女の癇に障ったようで蹴られてしまった。


「私は頭がおかしい人間という意味で宇宙人と言っているんじゃない」


 怒る姿は実に人間的だが、それでも宇宙人を自称するのはやめない。


「ご、ごめんて。わかったから、君は宇宙人だ。本物の宇宙人だ」


 考えるのをやめ、自分を騙して納得することにした。


 僕はあまり他人に興味がない、もしくは自分のことで精いっぱいな人間だから、彼女がどんなにおかしな人間だろうと、さして気にならない。


 もちろん信じてはいないが、こういうおかしな人間が少しはいた方が、この世界も面白くなる、それくらいにしか思っていない。だから必要以上に問いただすつもりはなかった。


「まあ、信じてもらおうとは端から思っていない。ただ話したかっただけだ、今はね」


「そうかい」


 互いに沈黙したところでちょうどディスカッションタイムは終わってしまった。彼女の不思議体験を聞き損ねたが、今更仕方ないので各々授業に戻った。


「話し合いの時間は以上です。みなさんどうでしたか。周りの人が想像以上に不思議な体験をしていて驚いた人も多かったと思います。今回の授業では、そういった体験がどのように解釈できるのか考えていこうかと思います。たとえばあなた方が幽霊などの未知の存在をみたとき、普通に考えると問題なのはそれが本当かどうかにあります。本当に幽霊がいたのか、それともただの見間違いなのか。しかし、この授業はゴーストバスターを育成するつもりなどありません。質量をもった幽霊がいたかどうかではなく、実際にみたという体験を重視します。そして、その体験の原因を考えます。たとえば、不思議体験で最もあり得る解釈は幻覚です。では、どうして幻覚をみるのか、それは投影という心理がみせる脳の異常だと言われています」


 授業は問答無用に進むが、どうも背後の自称宇宙人の視線が気になる。幻覚、投影、脳……気になったことはとりあえずメモしておこう……。


 思考の半分が自称宇宙人に支配されたていたため、残りの半分で授業の理解を進めたが、捗らなかったことは言うまでもない。

 

 授業が終わると、彼女は再び話しかけてきた。


「今日はありがとう」


「いえ、こちらこそ」


「君はやはり面白い人間だ。近いうちにまた会うだろう。その時はもっと深い話をしよう。私のためにも、君のためにも」


 そう言うだけ言って、僕の反応を待たずにさっさと教室から出てしまった。


 青漆色のフライトジャケットのポケットに両手を入れ、颯爽と去る彼女の姿は、どこか凛々しく、強い信念をもって動いているようにみえる。


 一九八〇年代のファッションを持ち出してくるセンスについては何も言わない。僕自身もファッションはよくわからないから。


 彼女が何を思って宇宙人などと自称するのか、それは謎だ。


 しかし、この胡乱者の存在は僕の心に深く刻まれた。

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