第5話 宇宙人・・・?

 振り返ると、少し離れたところに人が立っていた。

 

 顔ははっきり見えなかったが、上着のポケットに両手を入れ堂々とするシルエット、それにあの声は違いない、つい最近会った自称宇宙人だ。彼女の白さゆえに、暗闇でもぼんやりと見えるのだろう。


 彼女はゆっくりと歩いてきて、何も喋らず僕の前で足を止める。


「また会ったな。なんでここにいるんだ」


 半分夢だと思っていたからか、僕はやけに冷静に再会を受け止め、まず頭に浮かんだ疑問をぶつけた。


「君に会いにきたんだ」


「会いにきた?」


「いっただろう、あの講義の最後に。近いうちにまた会うだろうと」


「いってたようないってなかったような」


「忘れるのが早すぎる」


「そんな捨て台詞いちいち覚えてない。それで、なぜ会いにきたんだ? 僕は今あれが気になって仕方がないから、手短に頼みたい」


 闇夜に似合わぬ上空の発光体を見つめ、指さしながら言った。


「あれが何なのか、教えてやろう。その答えがそのまま、私が君に会いにきた理由にもなるから」


 そう言うと彼女も上空の光る物体に目をやる。


「……本当にあれはなんだ?」


 僕の頭の中のクエスチョンが自然と吐き出される。


はっきりとは見えないが、それが丸い物体なのはかろうじてわかった。それは己が発する光に照らされ、ぼんやりと輪郭を示す。


 最初は円盤型かと思ったが、目が光に慣れるにつれ、それがボールのような立体感を持っていること、また頭の辺りが尖っていることがわかった。


 艶やかに光るその物体は、水滴に似た形をしており、そのまま今すぐにでも地上に落ちてきそうで、危機感が煽られる。


 巨大な滴が天の蛇口から降ってくる、神話にありそうな壮大なストーリーが頭をよぎる。未知の存在を前にして無意識に恐怖を感じているのだろう。


 自称宇宙人は僕の反応をみて楽しそうに笑う。


「はははは、いい顔だ。それを見たかった」


 僕とは正反対の反応をする自称宇宙人。


「満足したから教えてやろう。あれはな、私の所有物だ。小型光速星間飛行船、とでもいうかな。地球人の視点からもっとわかりやすくいうと、未確認飛行物体、つまりはUFOだ」


「……はい? ……UFO?」


 自称宇宙人らしいその発言に、特段意外性は感じられなかった。当然信じることはできないが、他に説明する言葉も浮かばないため、否定せずただあっけにとられていた。


「そうだ、UFOだ。人類が追い求めている謎の存在。人々をパニックに陥らせたこともあれば、軍隊まで動かしたことがあるにもかかわらず、いまだにその正体が不明な、あのUFOだ」


 その言葉を受けて、僕の脳は素早く切り替わった。真っ暗な空、非現実的存在、さらに服薬による意識の乱れ、これらの状態が揃えば、僕が今夢の中にいるとしてもおかしくない。意識が覚醒した状態の夢、明晰夢、それだったら全て、説明がつく。


「ってことは君は本当に宇宙人なのか」


「ああ」

「……よーくわかった」


「信じるのか?」


「信じる」


「いっておくが夢ではないぞ?」


「夢の住人はいつもそう言う。現実だと思い込みたいんだろう」


「……まあいい。君が今この時を夢だと思ってくれたほうが、私にとっては都合がいいかもしれない。私はただ、話ができればいい」


 そう言うと、宇宙人は右手をポケットから出し、握っていたスマホのような小型機器を親指で操作し始めた。それに反応するようにUFOの発する光は輝きを失い、闇夜に溶けてしまった。


「光が消えたな、君がやったのか? その機械で」


「ああ、そうだ。あのまま放置していたら誰かが騒ぎ出すかもしれないからな」


「やれやれ、アッペル社は宇宙人まで顧客にしたのか」


 僕の冗談は無視されたまま話は進む。


「やっとゆっくり会話ができる。少し長くなるかもしれない、歩きながら話そう」


 宇宙人は機械を再びポケットに入れると、先を歩き始めた。僕も彼女の後ろを歩く。


「宇宙人なのにフライトジャケットなんて着るんだな、それずっと昔の流行だぞ」


「な!? そ、そうなのか……一人の航空機パイロットとして地球の土産ついでに着ているのだが」


「ファッションなんて人の勝手だから気にすることはないだろう。昔の流行ものを好んで着る人たちだって多い」


「ファッションか……人間は奇妙だな」


 服に無頓着な僕は、街行く人々の到底真似できないコーディネートを想起する。


「僕も奇妙だと思う。一種の自己表現なんだろう」


「自己表現……」


 彼女は遠くを見つめ何か深く考えているようだった。


「どうした、人間に興味があるのか?」


「興味がなかったらこうして観察などしていない。ああ、言い忘れていたが、我々は今、地球を観察するために来ている」


「観察?」


「そうだ、地球はほかの星にはない素晴らしい環境に恵まれている。その星がどういうところなのか、我々は何十年間も観察しているんだ」


「観察の成果はあったか?」


「もちろん! 本当に素晴らしい星だよ、地球は」


 宇宙人は目を輝かせて答えた。よっぽど地球が気に入っているらしい。


「しかし、我々が理想として描いたようなこの肥沃な世界にも、不可解な点がいくつもある」


「不可解な点?」


「ああ。質問するが、君は幸せか?」


 急に投げ出された抽象的な問いに僕は戸惑うが、幸せか不幸せかの二択に単純化すれば、おのずと答えは出てきた。


「いきなりなんだ? まあ、少なくとも幸せではないな」


 その答えを聞いて、宇宙人は悲しげに下を向いた。


「……なるほど。なあ、少しそこに座ろう」


 彼女は通りがかった公園のベンチを指さし方向転換する。照明が不気味さを際立たせる暗闇の公園。僕は何も言わずについていく。


「……やはり幸せではないか」


 彼女はそうつぶやくと、ポケットに手を突っ込んだまま倒れるようにベンチに座り、背もたれに体を預けた。だらりと反り返った首につながる顔は、星のない夜空を見上げている。    


 僕が横に腰かけるのを確認すると、彼女は語り出した。


「我々が地球を見つけて、その生命の豊富さに感動したとき、この星の生き物たちはどれほど幸せな生活を送っているのかとわくわくしたものだよ。それがなんだ、実際に地上に降り観察すると、見えてくるのは衰弱した人々。本当にショックだった。かごの中からではわからないだろうが、かごの外にいる我々からは、翼が折れて動けない人間がたくさん見える。人間は本来もっと自由に羽ばたけるはずなのに。どうして彼らの翼が折れたかわかるか?」


「……」


 僕は何も言葉が出なかった。彼女の言っている意味がいまいち理解できなかったからだ。


 彼女は僕の返答を待たずに再度語り出す。


「その答えはまた人の弱さにある。原始の心を忘れ、神を否定した人類は、その絶えない欲望のままに、自分が神になろうと傲慢な意地を貫いた。神は精神的な無形の統治者だが、その代わりが人間に務まるわけがない。愚かな天下取りは無自覚に世界を滅ぼすものだよ」


「……」


「どうした無言になって」


「いや、いったい何を言ってるのか……」


「わからないか、そうか。まあそうだろう。今の発言は地球の歴史を何年も研究した我々の成果の一つだからな。君にわかるように説明したら夜が明けてしまう。でも、簡単に言えばこういうことだ。人間は人間同士で潰しあってる間抜けだと」


 冷たく言い放たれた言葉から、彼女が秘める憤りをひしひしと感じた。


「人間が間抜けなのはわからんでもない」


「ほう、なかなか話が分かるじゃないか。潰しあいには当然潰される側がでてくる。潰されるのはどんな人間だと思う?」


「……社会的弱者とか?」


「間違いではない。まあ言ってしまえば君みたいな人間のことだ」


「え?」


 史観的で壮大な話から、突然ちっぽけな僕が出てきたため、思わず聞き返してしまった。


「私はある目的で君を観察していた。人間ほど同種同士で潰しあう奇妙な生物は珍しくてね、そのメカニズムを解明することが我々の研究テーマの一つだったんだ。地球には鬱病という流行り病があるらしいが、不思議なことに鬱の患者は弱者、つまり潰された人間に多い。そこで、鬱病を患っている人間の中から、偶然君が特別監視対象として選ばれた。観察しているのは当然私だ」


 話半分に聞いていた僕も、観察していたなどという異常な内容に背筋が凍り、そのあまりにもリアルな感覚が夢の可能性を否定する。


「何を言ってる…」


「君の生い立ちは調査済みだし、つい最近君が自殺しようとしたのだって知っている」


「嘘だろ……? 僕の自殺未遂は医者と家族しか知らないはずなのに……」


 僕の声は震えた。呑気な面は完全に崩れ、地面の砂と同化できるほど無機質な表情のまま硬直した。


「観察者を甘く見るなよ」


 彼女の言葉はすでに耳に入らなかった。


「これは想像以上に恐ろしい夢だ……本当に、恐ろしい、夢だ……」


 必死になって自分で自分に言い聞かせる。


「まだ夢だと思っているのか。まあいい、少し頭を整理しろ。あまり時間はないが、待ってやる。これじゃ話にならないからな」


「……夢じゃ、ないのか?」


「おーい! 聞こえてるか?」


 強く肩を揺さぶられて、ようやく彼女の声が届くと、僕はゆっくりと横にいるそいつと目を合わせた。確かにそこにいるのは、自称宇宙人だ。でももし、自称ではなかったとしたら……。


「大丈夫か? 顔でも洗ってこい」


「……ああ」


 僕は立ち上がろうと前かがみになった瞬間、一つの考えが浮かび、また彼女のほうを向いて言った。


「……なあ、思いっきりビンタしてくれないか?」


 彼女はすぐにその意図を察して笑う。


「ははは、いいだろう。それで目が覚めるなら。思いっきりでいいんだな?」


「思いっきり頼む」


「わかった。いくぞ」


 ためらいのない彼女の手のひらは僕の首をひねり、脳みそを揺さぶる。星のない夜空に浮かぶ星は美しかった。

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