水晶と影 加速する時間

異世界に転移してからこちらの日付で一週間経ち、大半のプレイヤーもこの地での生活に慣れてきたようだ。この一週間で多くの発見が報告されゲームでプレイしていたELOとは異なる点も多く存在することが発見された。

ステータスページやアイテムポーチといったものは、似た魔法によって解決された。しかし、ステータス確認は基本的に冒険者案内所で申請をした後、検査を受けると知る事が出来る他に、スキル:スキャニングサーチを使用出来る場合は確認が可能ということだ。

このように以前のサービスに肩代わりするアイテムや道具、魔法や設備がこの一週間で普及し始めている。

他には、調査機関からの報告によって判明した事で、始まりの町以外の施設は確認出来なかったということ、謎の大きな柱が上空までのびている場所が見つかっただけでも5箇所ある事など、順調に進んでいる。

このような状況の中で冒険者達は、これから起こるかもしれない事態への対処や、全体的な統率、管理のための機関「冒険者統治機構」(略:統機構)を作ることを決定した。

そんな中、俺は異世界を満喫していた。

現実世界では味わえない感覚を体験するために、ゲームを始め、それと同じ世界で生活出来ていることを喜ばないわけがない。

この一週間、寝る暇を惜しんでモンスターを狩り続け、レベルは38まで上がり、由奈とはレベルの差が開いてしまい、ここ二日ほどは個別で行動している。

今日は、先日酒場で仲の良くなった5人の冒険者とパーティーを組み、町の南の少し離れた場所にあるダンジョンへ向かう。

最近、各所で経験値を大量にドロップする昆虫種の報告とそれにともない昆虫種の発見前に見られる巨大な影の報告が相継ぎ、このモンスターが多くスポーンしている場所の近くにダンジョンがあるという報告を受けた冒険者統治機構より、このダンジョンの調査を依頼されたメンバーが今回のパーティーだ。

ダンジョンに着きキャンプを張った後、ダンジョンに入り数分で下層への入り口に着いた。ここまでは魔法職のリリカに不可視の魔法を掛けてもらい戦闘を回避してきたが、見たところそれほど強いモンスターは見られず平均レベルは11程度といったところ。

この不馴れで狭い空間でなければ、用意に同レベル以下の冒険者でも倒せるだろう。

俺たちは下層への長い階段を下り終えると暗闇の中に出た。

索敵を済ませると、魔法職の放ったフラッシュボールが照らし出した空間には、無数のクリスタルと所々に液体金属らしき物体が貯まっており、壁には複数の穴があり、風が行き来している。

俺たちがその異様な景色に圧倒されていると、クリスタルから何かが生まれてくるのが見える。

七色に輝く甲羅に透き通るクリスタルの胴体、大きさにして30㎝ほどの昆虫種がクリスタルから這い出てきた。

敵対範囲外なのか襲ってきたりはしないようだと言い、パーティーリーダーのネモが攻撃を仕掛けるも、その槍はかすり傷ひとつ付けることも出来ずに跳ね返されたのと同時にリリカのアイススピアが腹部に当たるとひっくり返り動きが止まった。

しばらく見ていても再度動くことはなく消滅した。

その後、リリカのスキャニングサーチで獲得経験値量を測定したところ、このモンスターが調査対象であることが確認出来たので、この空間を出ようとした時、前方に先ほどと同じモンスターが落下してきたが、敵対はしていないから、こちらに気付いての襲撃ではない。

その直後、後ろでカツカツカツという聞きなれない音が複数鳴り響いた方向には、床一面を飾るクリスタルが。


「おいおい、これって何の冗談だよ」


ネモのその言葉に、俺も含め全員共感せざるを得なかった。

そのクリスタルは絶え間なく動き回り、壁の穴へと吸い込まれ、空間には静寂が戻った。

俺たちは急いでキャンプへ戻り町に帰る準備を始めた。

準備中に一人がふと、空を見上げきょとんととしている。


「どうした? 虫の大群見てイカれちまったか?」


「いえ、日が陰ったような。 快晴なのに変ですね」


・・・


町につき、案内所で依頼の報告を終えて酒場でパーティー仲間と食事をしていると、統機構の職員が封筒を手渡しに来た。

内容は、明日の午前に開かれる今回の調査に当たったパーティーの合同報告会の知らせだった。

宿に行き、宿泊の手続きをしていると酒場スペースが何やら騒がしいく、覗いてみると、どうやら女が騒ぎ散らしてるようだ。

しかし、よく見ると見覚えがあるような…。

次の瞬間、騒ぎ散らすその女と目があった。


「あぁ…。 由奈さん?」


俺の言葉になのか、存在になのか、その場が凍りついた。

どうやら、由奈が酔った勢いであらぬことを言いふらし、俺を相当な悪役に仕立てあげてくれていたようだ。言い分を聞いたところ、俺が由奈を置いて冒険に出ていくことが寂しかったらしく、見返してやろうと、今日は一人で狩りに出たが泣く泣く退散してきたらしい。

これからは、由奈の扱いも念頭に置かないと大変なことになりそうだと思いながら宿の部屋につくと、小悪魔のような笑みを向ける由奈がいた。


「…ここに、泊まるのか?」


「うんっ! もぅ、宿が満員だから部屋が貸せないんだって でも、こんな美少女を野宿させるなんて鬼畜じゃないよね 霞川くんは!」


「勝手にしろ お前がベッドで文句ないだろ!」


今回も、由奈のペースに乗せられてしまった。

そんな後悔でもない後悔をぼやきながら眠りについた。


・・・


翌日、俺は人生で初めて親以外の女性に起こされ朝を迎えた。

支度を終えて、酒場に行くと由奈が不満げな表情でこっちを見ている。素知らぬふりをして、朝食をとっていると由奈が向かいに座り、覗み、今日の予定を聞いてきた。

大まかな予定を話すと、そっけない返事をして宿をあとのしていった。


・・・


9時から始まった報告会もお昼過ぎにやっと終わった。

報告にあったのは、北西の山岳地帯に生息するトカゲのような爬虫種の「シャードル」のアルビノ個体(特異種)が発見されたこと。

また、そのアルビノ個体と通常個体とでは、異なる習性が見られること。

南に広がる大森林で超大型の骨が見つかったこと。

後は、俺たちのパーティーのダンジョン、昆虫種についてで、昆虫種は「キメイア」と名付けられた。


この情報は今日の夕方には既に公表され、冒険者達にしれわたっていた。それと同時に統機構が、これから場所や施設に名称をつけ、マップの作成を始めるという話もあった。

まず、初めにこの町を「マリーナ」に決定したそうだ。


・・・


その数日後、予想だにしない事が起こるのだ。


・・・


それは、正午過ぎに統機構が発表した情報だった。

以前より、行方不明との報告を受けていた冒険者が発見された後、統機構に保護れさたが、その見た目は到底36歳に見えるものではなく、計測の結果89代後半という数値が出た。

このELOプレイヤーが転移時36歳で、その後は他の冒険者同様にマリーナ周辺でモンスターとの戦闘を繰り返していた最中に不覚にも高所から転落し移動ペナルティが課せられ夜中になってしまったところ、目の前に星の光を反射し煌めく何かがそこにたたずんでいたという。

それの一撃で即死したが、再び目を覚ますと、そこは町(マリーナ)の中で、そのときから見た目が老人のようになってしまったのだと言っている。

統機構はこの不可思議を解明するため、戦闘で負けた冒険者に調査をして回り、その結果出された仮説が、死亡によるペナルティは当人の時間の加速であると結論付けた。また、このペナルティは敵対したモンスターの強さによって加速する時間が変わるため、加速する分の時間をそのままモンスターの強さとし、等級で表すこととした。

しかしこれは、第一被害者が敵対した存在が約50等級に相当することをさしており、冒険者達はこの二つの重大発表に戸惑いを隠せなかった。


あの発表から数日、冒険者を辞め町中で働く人も出てきた。

しかし、俺はまだ冒険者をしている。割合的には辞めた人は案外少なく、続けているものが多い。

簡単な理由なのだろう、俺だってそうだ。

時間がどうだとか、そんな事じゃ止められないくらい今の生活に、ELOに満足していて手放すなんて死んでもしないくらい楽しんでるからだと思う。


そんな訳で、今日も冒険に出るんだが…残念ながら連れていくと約束してしまった人がいることを今朝思い出した。

案内所の前で待っていると、遠くから手を振りながら近づいてくる冒険者がいる。


「霞川~!! お待たせっ!!」


そうです、知っての通り由奈です。

なかば強制的に約束を取り付けられた訳だが、由奈のレベルを上げる良い機会なので、ついて行くことにした。

最近また、経験値を大量にドロップするモンスター「キメイア」がマリーナの近くの草原で見つかったという情報を耳にしたからだ。

草原に着くと既に数十人の冒険者が戦闘をしているところで、俺たちも獲物を盗られまいと戦いを始めたが、戦う内に以前に見た個体より、輝きがなく見劣りする事に気が付いた。

まぁ、それでも由奈には十分な程の経験値だったのでそのまま狩り続けていると、もう空は赤く染まり日暮れが近い。

そろそろ帰るろうと由奈に伝えると、その前に近くに有名な池があるから見て帰りたいと言うので、寄っていく事にした。

木々に囲まれた小さめの池で、波紋一つなく鏡のような水面に夕日に赤らむ由奈の顔が写り、目が合う。


「…霞 川 私ね…」


池に波紋が広まり、二人の顔が歪む。


「帰ろっか!」


「そうだな」


「あっ! ちょっと待って!! 今、池の中に何か光ったような気がしてね」


そう言って、池に入った由奈が何やら小さな結晶のようなアイテムを見せている。


「転移 アリーナ」


俺は、由奈に声を掛けずに転移コールを囁いた。

俺にそうさせたのは、由奈の背後にいた白く巨大な何かに恐怖心を刺激されたからだ。


正門前に転移が済むと、由奈が不満そうに勝手に転移した理由を問い詰めてくるが、今日の夕御飯を奢ると言い気を反らせた。


その後、案内所で由奈が拾ったアイテムの鑑定をしてもらったが、未確認のアイテムらしいく呪物の類いのため、由奈を説得し統機構に預けることにした。


・・・


夜中、由奈はベッドで気持ち良さそうに寝ているが、この後俺は、夢に出てくる白いあれで何度か起きてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る