真のELOへ!
よい寝起きとは真逆に今日も登校日。
だが、今日さえ乗り切れば明日は終業式、明々後日から夏休みということになる。それにしても、夏の朝方の空気は実に心地いいもので、寝起きが弱い自分への救済要素だとも言える。
ELOは明日からサマーイベントが開催されるようだが、昨日ログインしてみて分かったように、ほぼ駆け出しの冒険者といっても過言ではなく、その中でイベントを攻略することが出来るのかは疑問だ。
だが、利点をあげるなら、まるで新しいゲームをプレイしてるような感覚を楽しめているところだ。
学校は憂鬱だが、楽しみがあればそれも和らぐというもので、実際学校への道のりはいつもより幾分楽に感じられた。
しかし、楽しいこと嫌なことはなぜか交互に来るようで、学校に着くとアホそうな髪型の連中に集られてしまった。気にすることはない、ただのかつあげだと思っていたが今日は少し状況が違った。
連中の中に暗い表情の女子が一人居て、何やら問い詰められているように見える。多分いつもの俺なら気にすることすら無いだろう、まして容姿はさほど可愛くもなく、いつものメンバー内でのもめ事なら、なおさら助けるにはあまりにハイリスクノーリターンなのだ。
しかし、結果から言うと今、俺は埃っぽい床に転がっている。数分前の女子がいじめられている光景が気にくわなかっただけで、助けたいなんていう偽善では無かったと思う。もしかしたら、ELOでの自分と区別がつかなくなり、自分を過信していただけかもしれない。
今日の一日を振り替えると、これ以外には特に何もなく家まで帰ってこれた。せかせかと制服を壁に掛け、ギアを持ちポットへと入ると程よく心拍数が上がってきた。
「アクセス・コンセント」
・・・
ログイン後は、昨日の予定通りまず、特異能力を習得するため案内所へ向かった。案内所はクエストの受注だけではなく、その他の施設も中には設けられているらしく武具屋もあり、最初のうちならそこで買った装備でもやっていけると昨日の冒険者に言われたことを思い出し、ついでに買っていくことにした。
習得は、抽出器で魔結晶から抽出した魔素を体内に注入する事で完了するらしく、実際に体験してみると実験用モルモットになったような気がした。習得してみても特に実感は無く本当に習得出来ているのか後で試してみないとならなそうだ。
その後は装備を揃えて案内所の酒場で軽食をとっていた。食事をしながらふと、昨日のスライム・ルーン戦中に視界上位に出てきた情報が気になりログを見返していると「拳撃者」という文字が目にはいった。これがどうやら、拳装備又は素手でHP40%以下時に同じ敵に400ヒットを達成すると獲得出来るアドバンスドアビリティで、効果は拳攻撃、拳業の威力を増加させるものらしいが今さっき武具屋で剣を買ったところで、拳系を使う予定など無かったため完全にお役目御免のアビリティになってしまった訳で、後は、昨日の冒険者の渡してくれたメンバーズカードで名前の確認くらいだ。
名前は「茜」(あかね)で女性プレイヤーらしいが、昨日はローブのせいであまり分からなかった。
気になることも解決し、食事も終えたのでウォーミングアップにモンスターの討伐と草系アイテムの収集のクエストを受注することにした。今日は装備も整ったからそれなりに戦いやすくはなっていると思うが、ハードルは上げずにグラススパイダーでも狩りにいこう。
昨日スライム達と戦った草原の東に草の丈が高い草原があり、そこに着くと草を掻き分け動き回る虫がいた。何度見ても見慣れないその動きと、見た目を除けば何ともないモンスターなのだが。
しかし、戦ってみると装備を揃えたかいもあり楽々と倒せて経験値もそれなりに入ってくる。今日はレベル10まで上げた辺りで終わりにしようと思い、あと数匹分のモンスターを倒し終えるとレベルも11に上がった。これで帰り道に草系アイテムを拾っていけばクエストも無事達成になるだろうと思い、草原を後にしようとした時、何かに足を取られ、草を掻き分けてみると、うつ伏せに倒れている人が足元にいた。すぐさまポーションを飲ませたが目覚めない、状態異常を確認してみると昏睡のバフが付いている。
多分グラススパイダーの攻撃の影響だと思うが、今は手持ちに気付け薬が無く町まで連れていくには、流石に距離があり他のモンスターから狙われた時の応戦も難しいと思う。
かと言って、ここに置いていくのは酷い気がするし、戦闘不能時に一定量のダメージを与えられるとペナルティも発生してしまう。
ELOには一日一回、最寄りの町にのみ転移できるサービスがある。
今日はもう、これ以上遊ぶつもりでもないので転移を利用し始まりの町に戻った。
宿を借り、その人をベッドへ寝かせた後で物品市に行き、気付け薬を買ったが意外にも高かく、その理由というのもこの辺りに昏睡の状態異常のバフかけられるモンスターは少ない事から、仕入れる数も少なく値段が高騰しているらしい。
だが、昨日はリオナさんにフルポーションを貰った事もあり、ここで渋るのは良心が痛むため奮発したのが実際なのだ。
宿へ戻ると、気付け薬を飲ませたあと少しの硬貨とメンバーズカードをサイドテーブルに置き案内所に向かった。
クエストの報告とアイテムの一部換金をして、持ち金はログインした時と同じくらいにはなった。
食事処で定食を頼み、昨日よりは少しましなご飯を食べれる事が何気なく嬉しいものだ。
「ログアウト」
・・・
その後、特異能力の確認を忘れていた事に気付いたのは風呂に入っているときだった。
夜中、既に俺が寝ているときに一件のメールが届いていた。
「-未登録のアドレスです。-
:今日はありがとうございました。失礼なこ… 」
・・・
翌日、早朝から暑く嫌な起き方をした。
でも、気分的には重くはない。なぜなら、今日は終業式で明日から夏休みが始まり、サマーイベントも俺を待っているのだから。
案の定、気が付けば、すでに下校途中で、高まる興奮を押さえながら歩いていた。そんな俺は、不意に後ろからかけられた呼び声に身構えしてしまった。
そこには、膝に手をつき、走って追いかけて来たのだと思われる女子が顔をしかめて立っている。
少し眺め、昨日いじめられてた人だと気付き、恐る恐る話しかけようとすると、彼女は身を乗り出し一言だけ言い放った。
「携帯さ! 見たっ?!」
今度は俺が顔もしかめ質問すると、手にしていたスマホを取り上げメールの受信履歴を見せつけられ、俺は「あ」っと情けない声を発した後に弁解を試みた。だが、この女子の圧に敵わず彼女の連絡先を登録する事で解決させられてしまった。
だが、本心は少し嬉しく、今までは顔も知らないようなゲームのフレンドや、もう関わりのない男の友達しかリストには無かったところに、女子が加わったことは純粋に嬉しかった。
家に着くと、今日はいつもより長く遊べると思い、先に飯と風呂を済ませてからポットに入った。ログインする前にメールだけ確認しておこうと思い受信ボックスを開くと、さっき登録したばかりのアカウントからメールが届いている。
内容は、自分もELOをやってるから良ければ一緒にという誘いで、待ち合わせの時間とゲーム内での名前が書いてあった。
流石に、ここまで強引な相手だとは思ってもいなかったため動じてしまったが、すぐにログインしないといけないことに気がついた。
「アクセス・コンセント…」
・・・
なぜかというと。
「…遅過ぎっ!! ありえないんだけど!!」
待ち合わせの時間を既に過ぎていたからだ。
しかし、例えログインを30分早めたとしても間に合うかどうか、そんな時間を設定するこの女は現実にとどまらずゲームの世界でも強引であり、そんなこいつにお似合いの四字熟語「厚顔無恥」をプレゼントした程だ。こんな皮肉を考えている間も、こいつは自分のペースで何か話しかけてきているようだったが無視をした。
結局、改めて話を聞かされることは予想していたから面倒な絡みは基本スルーしていった。
この無意味な会話の要点をあげるなら、私は初心冒険者だから冒険のガイド、手伝いをしろという事、もう一つはサマーイベントの限定コスチュームの水着が欲しいという事だった。
100歩譲ってガイドなどはしてもいい、だがもう一つの話は根本的に不可能な話で、サマーイベントのコスチュームはイベントモンスターからのドロップ品を加工して作るから、そのモンスターを倒す事が前提となる。だが、イベントモンスターのレベル範囲は45~60、どう頑張っても勝てないし、レベリングをしてからでは時間が無くなってしまうだろう。
とりあえず、このうるさい冒険者を黙らせるためにこの話を了解した。
詳しく話を聞くと、数日前の俺と同じ状態で右も左も分からないといったところだった。だから、まず冒険者登録と装備の調達をしたのだが、その資金は残念ながら俺の手持ちから支払うことになっていた。
武器は弓を使いたいと言われたので、素直に与えてみたものの戦力になってくれるかは心配なところ。俺は、出来れば大盾などで囮役をしてもらったほうが助かるが、ゲームだからといって女子にそんな事をさせるほど鬼畜ではないはずだ。
「…ありがと」
唐突に、その言葉を誰が言ったのか分からなかったが、柄にもなく照れているやつを少し見直してしまったのは隠しておこう。
町の正門前で、後ろを振り替えると、キョロキョロと見回しながら遅れてついてくる冒険者がいる。
「遅れないでくれよ 由奈」
しかし、帰って来た返事は到底自分の言葉へ返したとは思えないものだった。予想外の返事に、自分のあまりにも馴れ馴れしい掛け声に面食らっていたが、由奈のその声の意味に気づいたとき、俺は声を出すことすら出来なかった。
ワールドが崩れ落ちていく様は、つい最近倒したスライムが倒れるときのそれに同じだ。
周りからは、イベントの演出だという話が聞こえてくるが、この規模の演出など、どんなゲームのイベントでも見たことがない。
その迫り来る何かに対して、自分のなかには小さな期待があった。
・・・
「………!」
「……川!」
「霞川 !」
「…市原さん?」
俺の名字を呼ぶ声の方を見ると見覚えのある顔だが、俺が知っているのはもっと無愛想で強引なやつのはず。
いや、そんな事よりなぜ市原さんがここに居るのか訳がわからない。
確かに市原さんとゲームをしていたが、正確にはゲーム内で由奈と行動を共にしていたわけで。
そんな混乱が周囲でも同様に起きているなか、手元に小さな魔方陣が現れ、そこから革のロールが出てきた。慎重に開いてみるとメッセージが書き込まれている。
「・・・ELOプレイヤー諸君・・・
ELOとは観測された異世界を模して
作成されたゲームである。
また、エンドレスライフの意味には
人類の存続という意味も含まれる。
基本的には、君たちが異世界の調査
を行い、人類が生存可能な異世界を
発見してもらうことにある。
また、ELOでの設定などは、実際に
観測された情報により構築される。
そのため、ゲーム内同様に行動する
事が可能である。
及び、こちらの世界で君たちの肉体
を保護することは難しく、転送し、
個々での管理という結論に達した。
最後に、異世界からの逆転送は困難
であり、不可能である。また、転送
によりプレイヤーの20%の行方は、
不明となっている。
今より、その異世界をELO:
「エンドレス ライフ オンライン」
とする。」
静寂の後には、思い思いの感情を顕にする姿が見られた。
そんな中、俺の隣で呆然としたままの由奈に話しかける。
「ELOは、嫌いか?」
その問に由奈は、しっかりと首を横に振った。
由奈には、まるで俺には不安が無いように見えるかもしれないがそんな訳は無い。だが、ほんの少しの好奇心が体を乗っ取りELOに踏み込ませるのだ。
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