エンドレス ライフ オンライン -ELO-
悠
強敵現る!
「2050年7月25日 (金曜日)正午よりサマーイベント開催」
視界に表示されたそのテロップを消した時、時計は授業終了の時刻を指していた。
今週は面談期間になるため下校が早い、今日の授業も十数分前に終わったばかりだ、この時間なら昼頃には帰宅出来るだろう。もちろん、早々に帰りたい気持ちはある、だが実際には皆が帰り始めてから一時間ほど経ってから帰るようにしている。
これは対人恐怖症が原因であり克服しなくてはならないのは分かっているが、どうにも克服出来る気がしない。そのせいなのか前はゲームに熱中していたがフレンドとのいざこざ以来は、あんなに遊んだゲームにログインすらしていない。
そんな自分への言い訳を並べ、負の思い出に浸っている間に一時間ほど経っていた。
帰り道、授業中に届いたゲームのイベント情報に目を通しているとアスファルトの乾いた匂いをぬるい風が運んできた。顔をあげると水滴の幕が騒音と共に迫って来ていた。
バス停のボロ小屋はいつもになく賑やかく、夕立の被害者が集まっていた。この思いがけない不幸の連鎖には流石に怒ることも出来ずただ黙ってバスが来るのを待っていた。
ようやく家に着く頃には夕立もあがり夕日が積乱雲を染めていた。
濡れた制服を壁に掛け、他の衣類を洗濯機に入れ終えるとソファーに横になりぶつぶつと愚痴をこぼしていた。
そー言えば最近、笑ったのはいつだろうなあ。
暇ではあったがこれと言ってやりたいことも無いので途方に暮れていると棚に目が行った、そこにはヘッドギアのような物が置いてある。久しぶりに手に取るそれは懐かしい思い出を蘇らせポットへと足を運ばせた。
「…アクセス・コンセント」
その単語に反応した大型の装置の表面を何度か青い光の筋浮かび上がり起動を知らせるアナウンスが流れた。アナウンスはそのままゲームへのログインを開始するカウントを始めた。
「ELOへのログイン及びBポットとの接続を開始します」
「カウント 30 29 28…」
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2031年に勃発した第三次世界大戦は東南アジアの二国間でのいざこざが原因で始まったが、二年後の2033年には敵国の壊滅という形で終わりを迎えた。
この大戦は各国の関係をよりはっきりしたものにし、戦時中に協力関係にあった国々はその後も経済パートナーになるなど関係を深めていった。これが技術革新に大きな拍車を掛けることになり新技術が多く発明され、生活、娯楽、軍事などの各分野で大きな変化をもたらした。
娯楽では主にゲーム機器に変化があり、以前に起こった脳への直接的なアプローチによるゲーム世界情報の入力が原因の記憶損傷事故の解決策としても有力な機器が出てきた。これには、医療の分野で万能細胞(ヒッグスセル)が見つかったことや、それに作用する発達促進ホルモンの発見、量産化が可能となったことも大きいと言える。
これが可能にした一例は脳の加速増殖であり、ゲームのデータの移送先として複製された脳が使用される事になった。これにより直接的な人間に付属する脳へのダメージを避け、増殖脳を経由する間接式アクセスが主要になりつつある。
この技術にいち早く目をつけたゲーム企業が「ウルゲーム」である。
従来のゲーム機器に比べると非常に大きくなってしまった点はデメリットではあるが、社会の需要が変わっている今、これがスタンダードなものへと変わってきている。
大まかな構造はAポットとBポットであり、アクセスと脳(ブレイン)に由来する。AポットではBポットへのアクセス、人体の保護を役目としBポットには増殖脳の保管、それへの情報の入力を行い、この二つを合わせてポットと言う。
形状は卵を横にしたようなスタイリッシュな流線型が主流である。
この、ポットを利用したゲームの中でも特に人気を集めたのが「ELO エンドレス ライフ オンライン」である。
ジョブやクラスといった制度を廃止、全プレイヤーを一つのワールドで管理、NPCの廃止、地位制度の適用などが従来のゲームや、他のゲームと比べたときにELOに目立つ特徴だとされている。
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久しぶりのログインボーナスは低位ポーション4つであった。
しかし、そんな事を気に止める暇はなく変わり果てたワールド風景に唖然としてしまった。話には聞いていたが大型アップデートがここまでワールド変化させているとは思いもしていなかったからだ。状況も理解出来てきた頃、もう一つ驚くべき事が起きていた。
「武器が無い…」
装備していたはずの武器が無くなっている、慌てて倉庫を見るも全て無くなっているようだが、その代わりなのだろうか見たことのないアイテムが倉庫にある。「祖器(刃)le-1」このアイテムをとりあえず装備してみると、何とも頼りなくオカリナの中にクリスタルをはめ込んだようなアイテムで、決して武器とは呼べない見た目、性能だ。説明を見てみると何やら色々と書かれている。
「~魔石の力を最大限に活かし、その力を具現化させる。~
()内は具現化時に現れる特徴。
le表記は具現化率の割合の指標。 」
正直何を言われているのか全く分からないが、とにかく魔石がないと始まらないというのは感じとることは出来た。
これもまた新アイテムなのだろうが、今日見ていたイベント情報に類似した情報が載っていたためモンスターのレアドロップであることは予測出来た。
とは言っても、武器がない状況でモンスターのレアドロップを狙えと言うのはなかなかに鬼畜な設定だと思う。確かに拳で戦えない事もない、また経験者なら過去に習得した魔法系スキルがあるから初期の町周辺なら戦えるだろう。
しかし、俺は残念ながら前者、拳で戦わなければならない方になる。
もともと魔法系スキルの習得には興味が無く筋力などへポイントを割いていたからだ。
という訳でスライム狩りに出掛けなくてはならなくなったのだが、スライム相手にここまで手こずると冒険者としてのプライドを失いそうになる。そんな苦戦を続けるもいっこうに魔石は出る気配も無く倒したスライムの数も三桁に届きそうになったとき、遠くの岩影にひとまわり大きいスライムがリスポーンした。名前を「スライム・ルーン」あからさまに分かる違い、こいつが何かしら落とす事は言うまでもない。
低位ポーションを二本飲み、軽く拳を握った。初撃は確実に当てて行きたい所だがカウンターなどには注意したいので一撃離脱を心がけ、タイミングを見計い一気に駆け出し拳を放つ。
「キィーーーィン」
攻撃を加えた直後、脳に響くような金属音と同時にとスライムの体表の一部が硬化するのが見えた。HPバーが減っていないことから見ても、あの硬化が攻撃を無効化していると考えられ、その後も、数回ほど攻撃を仕掛けてみるも初撃同様に無効化されてしまった。
何度か攻撃をするうちに、この硬化は衝撃に対して瞬間的に発揮され、そのダメージの一部を反射するアビリティらしく、硬化してから約0.5秒で硬化が解除されるという考察に至った。
その後も何攻撃を加えるうちに、硬化した部位に一瞬、弱点が存在することを見つけた。確か、ダイヤモンドもある部位に衝撃を与えると壊すことが可能だと聞いたことがある。もしかすると同じ理屈で、弱点を攻撃した時にダメージが通るのかも知れない。
憶測ではあるがこれ以外に有効と思われる手段も無く、やってみるしかない。ポーションの残りもあと一本、攻撃出来る回数も多くはない、確実に弱点を叩かなくてはならない。
べつにここでログアウトしてもいいし、町に帰っても良いだろうが、なぜここまでするのかというと、今日の夕立やバス停で他人と長時間一緒に居なければならないという下らないストレスに、ゲームですら負けたというストレスを追加することが嫌だという何ともどうでもいい理由なのだ。
だが、それも性分で、どうしようもないのだろう。
こんな自分を笑ってしまうが、そうしなくては心が折れてしまう気がした。
気合いを入れ直し、さっと息を整える、拳を構え力強く打ち込む。
すぐさま硬化した部位にある弱点に、二発目を打ち込もうとするが、届く前に硬化が解けてしまいう。
これでは自分にダメージを与え続けているだけだ。
様子を見ながら攻撃を続けていると、流石に連打する拳は感覚が鈍りヒットした感覚すら微かに感じる程度、歯茎からは歯を食いしばるあまり出血もしているようだ。
反射ダメージで自分のHPが20%をきった頃、ぼやける視界の上部に何か出た。
その直後。
左手に程よい打撃感がはしり、重く響き渡る効果音が周辺を包んだ。
スライムの全身が硬化し、ポロポロと崩れていった。
「…届いた」
そう呟くと全身の力が抜け倒れてしまった。
それから数分、口の中に何かが流れ込んでくる感覚で目が覚め、周りを見回すとローブに身を包んだ冒険者らしき人物がポーションを飲ませてくれていた。慌てて体を起こそうとしたが、痛みに再び倒れてしまう俺を見て冒険者は軽く微笑んだ。
体力が回復するまでのしばらくの間、冒険者の話を聞いていた。
どうやら、この近くの町に自宅があるらしく、遠征の帰りだったのだと言っていた。そして、なぜ俺がこんな草原で倒れているのかという話にもなった。説明をしたが、納得のいかない表情で聞いていた理由というのもここ周辺では、それほど強いモンスターが湧いた報告は聞いたことがないからだと言う。
そんな冒険者にドロップした魔石を見せると。
「えっ! それって…魔結晶」
そう言い、驚きの表情で数秒固まっていた。
正直こっちも何がなんだか分からず固まっていると、取り乱したことを恥じているのか、悪くもない姿勢を正し魔結晶についての説明をし始めた。
冒険者の言うことには、魔石の上位素材で相当な高等級アイテム。用途は異なり、プレイヤーに特異能力を一度のみ付与することが出来るアイテムをらしく、その能力には固体差があり、保有していたモンスターの特異能力を引き継ぐらしい。なので、今回ドロップした魔結晶の能力は「衝撃硬化」と言った所だろう。
町に着くと冒険者は、大まかな施設の場所を案内してくれた後で、メンバーズカードを渡して自宅へ帰っていった。
案内してくれた中に武器屋もあり、そこで武器を調達出来る事には酷く驚いたが、これで冒険に当たっての不安も少し減ったと思う。
それにしても、今日は何から何まで世話になってしまったわりにお返しは何一つ出来ていなし、いつかはお返しをしないといけないな。そんなことを思いながら姿が見えなくなるまで見送った。
その後は、冒険者案内所で登録を済ませ早々に宿に泊まった。
「…よっし、アイテムも整理出来たし明日は特異能力の習得と、武具の調達と主人に聞きたいこともあるし、そんなとこか」
そう言ってログアウトした。
ベランダへ出ると夏の夜風が吹いてる、首もとをくすぐるようなその風に微笑んでしまった。
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