由奈の決意
いつもと変わらない昼下がり、俺は由奈と昼食を食べている。
何かと一緒に行動するようになり、昨日は以前から欲しがっていたアクセサリーの生産素材を集めに山岳地帯へ行き、何度かモンスターとの戦闘になったが、キメイア狩りで由奈のレベルも37に上がり、以前リリカがダンジョンで使用したフラッシュボールを俺も習得した事で大分余裕が出来た。
アクセサリーは今日の午後には完成するらしく、いつもにまして落ち着きのない様子だが、何だか微笑ましい。
最近は、キメイアの出現情報もあまり聞かなくなり、大きな影などへの緊張も解れたせいか、町の中はほのぼのとした空気になっている。
統機構は、この機会に冒険者なども動員し町や農地の規模拡大を進め、より安定した生活基軸を気付くことに専念しているようだ。
理由というのも、転移された時の人口は約6000人ほどだったが、この環境に多くの分野が適応し始め、その一例として、出産のリスクが低減されたことで人口は少しづつだが増えている事が大きいらしい。
この期間中にも調査は行われているらしく15人ほどで構成された調査パーティーが長期遠征に出ており、1ヶ月ほどで帰還するという話だったのでそろそろ帰ってくるだろう。
・・・
数日後、帰還したパーティーの報告の中でも特に注目を集めたのは、遠く離れた場所に大型の建造物があり、その規模はマリーナの約10倍近くあり、構造様式にも似たものがあるという話だった。
また、遠視スキルで確認したところ、二足歩行の生物がコミュニティを形成しているようにも見えたという。
もう一つの報告は、高さ30mもの獣種が山岳地帯の周辺遺跡周辺を徘徊していたということ。
これらの報告に対して統機構は、保留にすることとした。
・・・
「この子、霞川くんの彼女? 俺が遠征に出てる間に出てる間に抜け駆けするなんて酷いねえ」
「やめてくださいよ、ネモさん ただの友人ですよ」
ネモさんのそんな弄りも、1ヶ月ぶりに聞くと新鮮な感じがする。
今は、ネモやリリカ、由奈達と自分を含め6人のパーティーで目的地を目指し森の中を進んでおり、以前、調査パーティーが発見した超大型の建造物のある場所だ。
なぜこんなにも少数のパーティーで向かっているかというと、統機構は保留との答えを出したが、これは冒険者個々による勝手な行動の抑制などあらゆる事態を想定しての事で、調査においては少数のパーティーが秘密裏に動く事を最良と判断したからだという。
確かに、大人数で押し掛け、敵意を刺激するのは得策ではない。
そんなこんなで、町を出てから3日ほど経ち目的の場所に着くと、そこには、まるで天を支えるかのような巨大な建造物が姿を表した。土台部分は高さ20mはあろう結晶で成り立ち、その上には中心にそびえる城のような建造物を中心にいくつもの建造物がところ狭しところ並び、その見た目はバベルの塔に近い。
そして、パーティー全員がその巨大な建造物に圧倒されているなか、頭上を影が通ったかと思った瞬間、目の前に轟音と共に砂ぼこりがたちこめた。後方から避難を促す声が聞こえた直後、砂ぼこりを切り裂く何かが由奈の腕を直撃し、そのまま木々に叩きつけた。
ネモがすかさず攻撃を加えると、奇声をあげ姿を現したのは、ゲームのELOにもいたカメレオンのような爬虫種「パンメ・レーオン」だった。
図体は大きいが、ゲームでは何度か戦わなければならない相手だったので行動は予測できるとネモが言い、リリカと由奈を除いた4人で応戦しているが、長く素早い舌に阻まれなかなか攻撃が届かない中、パーティーの大盾が挑発スキルを使用しヘイトを集めた隙にフラッシュボールを目の前に放った。
その閃光がモンスターの視界を奪うのと同時にネモの放ったスキル(八連流し切り)は下顎を八つ裂きにし、そこから垂れ落ちる舌を俺のスキル(パワースライド)で叩き切る。苦痛に暴れまわる隙に追い討ちを加えようとした時、モンスターの頭部が無数の肉片と化し空中に飛散した。
そこには白銀の装備を全身に纏う、赤髪の少女がいた。
その理解不能な現象にしばしの沈黙はあったが、この建造物(国?)の警備隊と思われる部隊が続々と現れ負傷者の救護などを始めたが、俺たちへの待遇は異なり、負傷した由奈を除き他は連行という扱いを受けた。
連行という形ではあったが、建造物の中に入るとそこにはアリーナに近い生活風景があり、異なる点は町の中に木々が生い茂っており、さっきまでいた森とあまり変わらないところや、生活している生物はエルフや獣人が多く、これらの種族による国だということ。
しかし、こんな事は連行されている奴が考えることではないと、監視する警備隊の呆れた目に反省させられた。
・・・
連行された先で牢屋に入れられ放置されること約30分、再び連行され木製の大きな広間に出ると、ここで待つように指示された。
彫刻が施された木質の室内には所々に結晶があしらわれ、気品に溢れる空間の中心には天井のステンドグラスから漏れる光に照され艶やかな黒い結晶で作られた座具が、良いアクセントを効かせている。
しかし、そこに現れたのは俺より年下に見える少女であり、ミスマッチなその座具に腰を下ろし、口を開いた。
「私は、イリーナ・アーガレット このフォールナク王国の国王ベルティナ・アーガレットの娘になりましゅ…ます」
そう言い、早々に戻って行く横顔は赤く、噛んだことを恥じている事は隠せていないが、それでもあの年でしっかりとした娘だと感心していると、メイドが話を進め始めた。
基本的に王国には、同盟国や許可のある者しか入ることが出来ないらしく、国王不在での話は出来ないとの事で、話がある場合は再度訪れてほしいとの事だった。
最後に、パンメ・レーオンの討伐に協力してもらったことに対しての感謝と無礼の謝罪を、イリーナ女王の変わりにメイドが申し上げた。
由奈の治療にはもう少し時間が掛かるらしく、それまでは応客室で休んでいてくれとの事で、アイテムの整理やリリカさんに頼んでステータスを見てもらっていると、リリカさんがふと面白いことを言い出した。さっきの白銀騎士のレベル表記がカンストのはずの80を越え113という数値を表していたという。ゲームのELOという感覚がまだ残っている俺たちにすれば、そんなのはチートといって良いはずだが、ここはELOでありながらELOではないということを踏まえると、このレベルも存在しうるのかもしれない。
そうなると、俺たちのレベルに対する概念はこれから変わっていくかもしれない。
そこに、メイドに案内され由奈が合流した。
大丈夫かと聞くとなり、いつも通りの笑顔で問題ないよと返してくれたのは、本当に良かったと思う。精神面でも疲れているだろうから、マリーナに帰ろうとネモに相談し転移可能範囲まで移動した後に転移し、帰ることにした。
フォールナクの外壁の外に転送されると、そこには竜車が用意してあり、森を抜けた所まで送ってくれると言うメイドに、少しは見所もあるんじゃないかと小声で呟くと、エルフは耳が良いんですよと笑みを浮かべられたので苦笑いと会釈でやり過ごした。
王国が木々に隠れて見えなくなると、森を出るまで由奈と話をしていった。
・・・
「ありがとうございました」
皆は、竜車が見えなくなるまでお辞儀で見送った後、各自転移をしていった。俺は、少し周りを歩きたいと由奈が言うので、他愛もない話をしながら歩いている内に何だか見覚えのある小さな池が目に入ってきた。
その時俺は忘れていたはずのあれを思い出し、息苦しさにふらつきその場でしゃがみこんでしまった。由奈が心配そうに顔を覗き込んでくるのだが、疲れているだろう由奈に弱味を見せるわけにもいかないので無理に笑みを作って笑って見せた。
その後、少し時間を置き最初に口を開いたのは由奈だった。
「私ね もっと強くならなきゃ大切な人の側に居られない 今日も一撃でやられちゃって…そんな自分が情けなくて …そしたらね、エルフのメイドさんが国王に話を通して面倒見てくれるって…」
冷静になって由奈のことだけを考えれば、これ以上の話はないと思うが、どこか快諾出来ない心が自分にあった。
その後俺たちはいつもの調子でマリーナに帰って宿に泊まった。
いつもと変わらない会話に酒場での食事、これも今日までなのかと思うと寂しいな。
・・・
寝ていた俺を起こしたのは由奈の吐息だった。
湿度をもった甘い香りと、由奈の声、腰のあたりに熱を感じる。
目を開けようとした時、唇に触れたそれは、震えと少しのしょっぱさを残していった。
・・・
翌朝、珍しく二度寝をしたものの、正午の鐘は無慈悲に鳴り響き俺を叩き起こした。
閑散とした部屋のテーブルに手紙が置いてある。
その手紙を机の引き出しにしまうと、久しぶりに俺は案内所に出向いた。
しかし、幸か不幸かその日から俺は長期遠征のメンバーとして調査パーティーに配属された。今回の調査は二週間ほどの日程で組まれており、あまり調査が進んでいない東方面が対象となるため、50人の大人数で挑むらしい。
出発は明後日の早朝なので、明日はアイテムポーチ用の空間魔法をレベルアップさせたり、遠征の準備を済ませるために使う予定だ。
・・・
装備を整備してもらうため、朝早くに鍛冶屋へ行くとネモが装備を新調しているところで、お互いの用事が済んだ後、案内所の酒場で朝食をとりながらネモの特異能力について尋ねてみた。
ネモの能力は「活性強化」といって細胞の活性化を増進、加速させたりする自己強化系らしく、回復や、再生はもちろん、筋力の増強なども出来る万能能力を最大限発揮するため、ネモはステータスもバランス重視で振り分けているらしい。
しかし、そんな話をしているとネモにあんたの特異能力は何なのかと聞かれ、衝撃硬化だというと酷く笑った後に、俺のステータス用紙を見せてきた。
そこには、特異能力の詳細は載っていなかった。
慌てて、案内所職員に質問したところ、特異能力は習得していても一度も発揮されていない場合は、用紙に反映されないらしい。
確かに、今まで何度か攻撃をくらった時にダメージ軽減がされていなかった事にも納得できる。
しかし、そうなると自分の特異能力が一体どんなものなのか気になってしまい、その晩は遅くまで寝付けなかった。
・・・
早朝にマリーナ中央広場に集められたパーティーメンバー達が東部へと旅を開始した頃、由奈はフォールナク王国でエルフの古い伝承を国王ベルティナ・アーガレットから聞かされ、驚くべき真実を知った瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます