第4話 アレット・アンフェールの手記
「ラフィエル?」
部屋の入り口に立っているのはアレットだ。ずいぶんとやつれている。何より痛ましいのは、
「ア……レ……」
身がすくみ、どう反応していいのか分からずにいる僕に、アレットはいきなり飛び掛かってきた。
視界の隅で、血に汚れた蒼白いものが
混乱し、喉の奥で悲鳴を上げた僕の頬を、アレットの喉元から
「アレット!!」
「放せ! はなれろ!!」
引き
「……ラフィ……エぇル?」
ハンカチで押さえてみても、血が止まらない。必死に僕に何か伝えようとするアレットをなだめ、レスキューに助けを求める。
「大丈夫。すぐに来てくれるから。大丈夫」
「……あの、……あのねぇ……」
アレットが残った右手で差し出したのは、地下室で見た彼女の日記帳。
「ごめん……ごめんねぇ……」
「いいよ。何も怒ってないから」
いまさらだ。アレットがどんな存在であるにせよ、気が狂うほどの
ゆるゆると首を振り、アレットは血に汚れた手でページをめくる。
『2がつ10にち
いっぱいかべをのぼる。たべたあとのがいこつのかべをのぼる。はじめていきたにんげんにあう。
うおーらんわにくをよういしてかってやるという。だけど、わたしわちがう。わたしはおかあさんのようにわならない』
『3がつ24にち
ちゃんとほかのものも食べられた。でもやっぱりおなかがすく。でもがまんできる』
『5月6日
ウォーランの用意した肉を食べておちつく。羊の肉だとばかり思ってたのに、彼は笑いながら人の肉だという。ちがう。もうあんな人の言うこと信じない。』
アレットの、ページをめくる手が止まった。
『6月6日
図書館の日。じろじろ見てる子がいて、恥ずかしくて本が取れない。ゴシックホラーが好きなんて、背伸びして言わなきゃよかった。』
「……私、ほんとはぁ……『トワイライト』のほうが好ぅき……」
苦しい息の下で、アレットは悪戯っぽく笑顔を作って見せる。
「ごめん、僕も嘘ついてた。『呪われた町』に手をのばしたのは、君に話し掛けたかったからで、本当は『ハリー・ポッター』のほうが好みだ」
笑おうとしたのか。アレットは大きく咳き込み、血を吐いた。
「……アレット? ……アレット……」
ごとごと動き続けていた、
サイレンの音が近づき、救急隊員が踏み込んでくるまで、僕は彼女を抱え動けずにいた。
§
クリストファー・ウォーランの死は、一時ニュースとして
だけど、アレット・アンフェールには墓がない。不法移民だったとか、性的虐待を受けていたとか。不名誉なレッテルの数々は、彼女が人間でなかったかもしれないという事実を隠すためには、むしろ好都合だったのかもしれない。埋葬されなかった遺体は、ミスカトニック大学あたりで標本保存されているのかもしれないが、それがアレットの存在した証明だというのなら、僕はそんなの絶対に認めない。
僕の恋した本好きの少女の生きた
The Diary of Alette Enfer. END
アレット・アンフェールの手記 藤村灯 @fujimura
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