金剛石と山岳の竜
シンティア・モンドラゴン子爵夫人は、前モンドラゴン子爵の一粒種の娘で、現在の夫、ウリセス・モンドラゴンは準男爵家の出身で、婿養子である。
シンティア自身は、子爵家の一人娘としておっとりと両親に溺愛されて育ち、良く言えばぬるま湯の中にいるような、悪く言えば何の起伏も面白みもない、富と愛情に恵まれた、安楽な貴族の娘としての人生を歩んで来ていた。
そのことは彼女の外見にも現れており、美人というよりは「かわいらしい方」と皆に評されるように、彼女の栗色の髪に囲まれた顔は年齢よりもいくつも幼く見え、体の方も小作りで華奢だった。
結婚する前に初めて、その「ぬるま湯のような環境」にひび割れが生じたが、それも結果を見れば彼女の思う通りに決着したので、彼女の性格に影を落とすようなことはなかったのだ。
ふとした偶然から、ウリセスを彼女が見初め、両親に「あの方と結婚したい。あの方でなくては結婚しない」とわがままを言った時、当時のモンドラゴン子爵夫妻はもちろん、最初は「貧乏准男爵家の息子などとんでもない」と一人娘のわがままを退けた。
確かに、ウリセスの見た目は悪くない。それどころか、高くて細い鼻梁が冷たい印象を与えはするが、整った顔立ちだ。白っぽい金髪や青緑色の目が、そうした厳しい顔つきの印象を柔らかくしている。だが、当時のウリセスの持っていたものと言ったら、そのちょっと目立つ容貌と親衛隊員だということだけだった。
だが、こうした出来事によくあるように、それまで大人しく両親の言うがままにおっとりと育って来たお嬢様は、この時ばかりは諦めなかった。
彼女はふさぎ込み、それまでは活発に参加していた社交界のパーティなどにも出なくなり、食欲も失せ、部屋に閉じこもりがちになった。最初のうちは、
「なに、いっ時のぼせ上がっただけだ。すぐに気が変わる。つりあいのとれた子爵家、財産豊かな男爵家などから好青年を選んで茶会でも開いて見合いをさせよう」
と言っていた父親。
「そうですわ。まだ早いまだ早いとあなたがおっしゃるから、他の奥様からのお見合い話も先延ばしにしておりましたけど、もうそろそろ婿取りを急いでもいい年頃ですわ」
そう言った母親によって、シンティアは何度か見合いをさせられたが、彼女の目は虚ろで、話しかけてくる相手の言葉にろくに答えることさえ出来なかった。
そのうちにシンティアは貧血で何度も倒れるほどに体力が落ち、縁談の話を聞いただけで泣き出し、失神しそうになるほど、神経を尖らせるようになった。
それでも前子爵夫妻はしばらく娘のわがままには屈しなかった。
でも、遂に娘には甘い前子爵の方が、手を回して准男爵家やウリセス本人についての調査を始め、父親の代から困窮を極めてはいるが、ウリセス自身は家族のために親衛隊に志願し、遊びに金をつぎ込むこともなく、必死に傾き切った家を支えている、という事実を突き止めた。女性関係ももちろん調査されたが、当時のウリセスにそんな余裕はなかったから、そんなもの、出てくるはずもない。
そして遂に、前モンドラゴン子爵はシンティアの願いの強さに負け、ウリセスの実家である准男爵家への援助はしない。その代わり、親衛隊員として得た俸給は実家のために使って構わない、という条件で、ウリセスをシンティアの婿として、しぶしぶながらも迎え入れたのである。
ウリセス・モンドラゴンとなった後、しばらくは彼は子爵家の婿、という立場だったが、それでも次の子爵になると決定したも同然だったから、彼は親衛隊で順調に出世を遂げた。
そして、シンティアの父が病魔に冒され、療養を余儀なくされると、彼は正式にモンドラゴン子爵を継ぐこととなった。そうなると、周囲も現金なもので、彼は婿入りして数年ののちにはもう、先帝サウルの親衛隊長となっていた。
これは、親衛隊の幹部になった頃、サウルが幹部の中から彼を抜擢したのである。
ウリセスは元々、傾いた実家のために身を粉にして働くだけあって、真面目な男だった。
だから、シンティアの婿となって数年。子供が出来ないことを除けば、彼はシンティアにとって「自慢の夫」であった。
なのに。
去年の春ごろから、ウリセス・モンドラゴンは皇宮へ泊まり込み、屋敷へ帰らない日が多くなった。
親衛隊の隊長という地位であるから、今までにもそういうことはまま、あった。だから、最初のうちはシンティアも特に気にしてはいなかった。彼女は典型的な貴族の娘であったから、まず、人を疑うことをしなかった。いや、そういうことをしたことがなかった。彼女の母親もそうした、おっとりと気苦労なく育った貴族の娘だったし、父親の先代モンドラゴン子爵は妻に変な心配だの、嫉妬心だのを掻き立てさせるような行動はしなかったのだ。
だから、シンティアは今となっても、自分の夫がこの国の女皇帝の寝室の客人となっていることに気が付いていなかった。
実のところ、この頃になっても、オドザヤとウリセス・モンドラゴンとの関係は、噂にもなってはいなかった。
元から、親衛隊とは皇帝の身辺の警備と皇宮の警備が仕事。親衛隊長ともなれば、皇帝のすぐそばに控えていることが多いのは、先帝サウルの時代から同じだったからだ。
オドザヤの周囲も、女官長のコンスタンサを始め、すぐそばで仕える侍女のイベットや、大公宮から派遣されていたブランカとルビーによってしっかりと外部から守られていた。オドザヤの寝室事情などが簡単に外へ漏れるようなことはなかったのだ。
それには、去年、オドザヤの秘密の妊娠と出産があったことも大きかった。オドザヤの周囲は鉄壁の守りで固められていたのだ。
だが、ウリセス・モンドラゴンが警備する対象は、何と言ってもこの国随一の美女と名高いオドザヤなのである。
誰の目にも、昨年の春から夏にかけて、オドザヤの美貌にはさらに磨きがかかったように見えた。そんな美女のすぐ近くに侍る、皇宮の侍従を除けば、唯一の男である親衛隊長が、ほとんど自邸に帰らぬほどに執務に励んでいる。
目ざとい貴婦人達は、そろそろ気が付き始めていた。
去年の五月にザイオン王子トリスタンとの婚約を発表したオドザヤ。アベルを秘密裡に出産したのちのオドザヤの美しさは、もはや天井知らずに磨きがかかっていくようだったから、この国で最高の権力者でもある彼女のそのあまりの美しさ、
一昨年までのオドザヤの潔癖で清廉な、別の言葉で言えばお固い印象を思い出せば、この一年余りの間に起きた彼女の変化はただ、「年齢を重ねたから」ではないことは、見る目のある者にとっては明らかだったのだ。
噂にまではならなかったのは、オドザヤとトリスタンの成婚が迫っていたことも、もちろんあった。
その他にも、これはカイエン自身がそうなるように立ち回り続けたこともあったが、去年からの大公カイエンの奔放な後宮事情が、いまだに社交界での美味しい話題として一番目立っていたからでもあった。
他にも、フランコ公爵がスキュラを自領に加えることを許されたこと、モリーナ侯爵やカスティージョ伯爵が領地に追いやられたことなど政治的な話題にも事欠かなかった。その他にも、いかがわしい噂や、新しい貴族間の婚姻婚約、貴族間の悶着のあれこれなど、話題に事欠かくことはなかったからだ。
それに、何しろオドザヤはこの国の至高の地位にあった。そしてこの方にはなんの証拠も出てきてはいなかったからに過ぎない。
娘時代からの他の貴族の友人達は、遠回しにシンティアに伝えようとしたこともあった。だが、人妻となっても無邪気な気分の抜けないシンティアには、彼女達の意図は伝わらなかった。
シンティアがはっきりと夫の不貞の可能性に気が付いたのは、モンドラゴン子爵邸で彼女が開いたお茶会に、一人の友人が「面白い出し物」として、一人の女占い師を連れて来た時だった。
それは、オドザヤとトリスタンの婚礼を数日後に控えていた日のことだった。
その、真っ白な髪に緑がかった色の目をした、真っ白な顔をそれらしいストールとベールで半分隠した女占い師は、お茶会に集まった夫人達のことを占い、よく当てて見せたので、この頃、密かに貴族の夫人たちの間で有名になっていた。
幾人かの夫人達は、「どこかで見たような顔」と思わないでもなかった。
だが、彼女達の中に、もう三、四年も前に、皇帝への反逆罪で取り潰された、とある侯爵家の若い夫人のまだ幼さの残る顔と、この女占い師のベールの下の真っ白な髪や、不健康そうなやや乾いた青白い顔を、無理に重ね合わせてみようとする者などはいなかったのだ。
シンティアはそれまで、占いなどにさしたる興味は持っていなかったが、この時は周りの友人たちももう、占ってもらっていた後だけに、特に断る気持ちにもならなかった。
占い師は、モンドラゴン子爵邸の薔薇園の薔薇のアーチの下、テーブルを囲んだ貴婦人達の中心に座っていたシンティアの前へ来ると、顔を隠すようにかがんだまま、その蒼白な口元に複雑な微笑みを浮かべて、こう言ったのだ。
「……奥様。唐突に思われると思いますが、お顔を拝見いたしますに、奥様はご夫君に対してなにやらご心配がお有りではございませんか。なにやら、額のあたりにそのような影が垣間見えます」
占い師の声は小さかったが、そこにいた貴婦人達には聞こえたので、皆が息をのんだ。みんな、シンティアの夫が親衛隊長であること、そして、オドザヤのすぐそばに侍り、この頃は皇宮に泊り込むことも多いそうな、という、まだ噂以前の貴婦人達のひそひそ話は聞いていたからだ。
「えっ?」
シンティアは驚いたが、そう言われてみれば急に思い出されるのは、ここ一年で変わった夫の仕事や、生活の様子。それにシンティアに見せる表情のわずかな違和感だった。
「ご夫君は、皇帝陛下の親衛隊隊長であられるとお聞きしております。皇帝陛下はザイオンの王子殿下とのご成婚を控えておられますから、親衛隊長のご夫君もまた、ご多忙でございましょう」
シンティアの周囲の貴婦人達は、この占い師がどこまでシンティアに語る気なのか、と固唾を呑んで見守っていた。
「え、ええ、そうね。陛下のご婚約のご発表以来、大変にお忙しくて、皇宮にお泊まりになっての夜通しのお仕事もあるので、私も心配しているのです」
シンティアはやっとのことでそう答えることが出来た。
すると、女占い師は懐から大きな水晶の玉の付いたネックレスを取り出すと、その水晶越しにシンティアの方を透かし見るようにした。この様子は、それまで他の貴婦人達を占っていた時と同じだ。
「私のような下賎な者は、皇帝陛下のご即位の日に、遠くからお姿を拝見したことがあるのみでございますが、皇帝陛下の肖像画はあの折に読売りで拝見しております。あのようなお美しく、毅然としたお方のお側近くに大切なご夫君がお仕えとなれば、奥様には何かと気がもめることもございましょう」
ああ、なんということか。
白髪の女占い師は、周りの貴婦人達がシンティアに直には言えなかったことを、はっきりと言い切って見せたのだ。
「え? あなた、なにが言いたいの?」
シンティアは背筋を冷たい汗が伝い落ち、脂汗が髪の生え際に出てくるのを感じていた。そして、真っ黒な黒い霧が、自分の中に広がっていくのを。
「……ああ、ああ、そのことなら何の問題もございません。今、こうしてこの水晶に見えておりますのは、ただただ、献身的に皇帝陛下に尽くされ、任務を全うされているご立派なご夫君のご様子のみでございます。ただ、ご夫君はこの一年ほどでかなりおやつれになられたご様子。もとより剛健なお体でございますれば、お気付きにはなられておられぬやもしれませんが……」
シンティアははっとした。
確かに、去年の今頃から夫、ウリセス・モンドラゴンのそれまでは自信に満ちていた顔に、影のようなものを感じるようにはなっていたのだ。だが、無邪気なシンティアはそれを、仕事の大変さゆえと信じて疑わなかった。
「それもこれも、皇帝陛下のご成婚が成れば、お仕事のご負担も軽くなられ、元のご夫君に戻られましょう。ご安心ください。皇帝陛下もご結婚なさり、頼もしき皇配殿下をお迎えになれば、親衛隊隊長であられるご夫君を、いつもお側近くに置いておおきになりたいとのお気持ちも和らぐでございましょう」
シンティアは今度こそ息を呑んだ。
周りを取り囲んで座った貴婦人達も同じだった。いや、彼女達はちょっと混乱していた。
この女占い師は、シンティアの夫について、皇帝との間にはなにもない、問題はないと断言しながら、意味ありげな言葉を後に続けて言ったからだ。
占い師は、うつむいたまま、シンティアへ向けた水晶球越しになおもシンティアを占っているらしい。
「ご夫君が奥様の元へお戻りになれば、ご待望のお子様にも恵まれるやもとの卦が出ております。そうなれば、奥様のお心は安寧に導かれ、こちらのお家にも栄光の日々がもたらされるでございましょう」
シンティアの耳にはもう、占い師の言葉の続きは届いていなかった。
彼女は、その日の茶会がどのようにお開きになったのかさえも覚えてはいなかった。
「まさか……嫌よ。ウリセスに限って……いや、イヤよ。そんなの嫌。いくら皇帝陛下の親衛隊長でも、そんなこと……そんなこと、あり得ないわ! ウリセスは私の夫よ! いくら陛下が太陽の女神のようにお美しくても、ウリセスが私をないがしろにするなんてこと、あるはずが……」
自室に戻り、侍女も女中も遠ざけて一人になってから、シンティアは声は抑えたものの、独り言にしては大きすぎる声で、そう涙を振り飛ばすようにしながら激しく言った。だが、その声は最後の方では気弱くかすれてしまった。
相手はこのハウヤ帝国の至高の存在である皇帝のオドザヤだ。子爵夫人にすぎない自分など、ないがしろにされて当然なのではないか。
シンティアが最後に皇帝のオドザヤの姿を見たのは、今年の新年の宴の時だ。
もう、婚約を発表していたから、オドザヤはトリスタンに手を取られて出御した。その二人の黄金色に輝く、圧倒的な美しさの前に、上流貴族たちはともかく、下級の貴族達はただ口を開けて見ていたものだ。
すぐ近くにいたのは、カイエンとエルネストの大公夫妻だったが、彼らの髪の色は黒っぽく、そのよく似た顔は華やかというよりはアストロナータ神殿の神像そのものの端正さだった。
そのオドザヤとトリスタンの華やかさとは正反対の、一見すると地味だが、人間離れした端正さは、カイエンについての、シイナドラド皇子の夫をないがしろにして後宮に男妾や愛人を囲っているとの噂話などまったく嘘のように見せていた。
それでも、読売り数誌にすっぱ抜かれた大公カイエンの浮気話はシンティアの聞いている限りでも、真実らしかった。夫のシイナドラド皇子エルネストが色街で、妻にはばかることなく遊び興じているとの噂も。
ああして、神聖な聖像のように端正に見える大公夫妻でさえ、そうなのだ。
なら、あの華やかなトリスタン王子に手を取られ、皆に向かって太陽の女神のように微笑むオドザヤもまたそうなのではないだろうか。
シンティアの、それまでは人を疑がうことなど知らなかった素直な心に、先ほどの占い師の囁いた言葉は乾いた大地に水が吸い込まれていくように染み通っていった。
「……確かめなくちゃ」
シンティアは涙に濡れた顔を拭おうともせず、自分に言い聞かせるように呟いた。
「でも、どうやって?」
夫の浮気、それもこの国の至高の存在との関係があるのかないのか。それをどうやって確かめたらいいのかなど、これまで人を疑うことなど知らなかったシンティアには思い付きさえしなかった。
その時、彼女の心にふっと浮かんだのは、あろうこことか、あの女占い師の顔だった。
「確か、ネーヴェとか言ってたわ。ザイオンのそのまた向こうの東の国からやって来たって」
シンティアはあの占い師を連れてきた友人へ手紙を書くべく、書き物机に向かってふらふらと歩いていく。
「許さないわ。もし、ウリセスが陛下のものになっていたなんてことになったら。あんなに美しい婚約者がおられるのに、ウリセスを私から奪うなんて、たとえ陛下でも赦せない!」
ペンを握ったシンティアの手は怒りに震えていた。今の今まで、生まれてからこれまで、感じたことのなかった感情に揺り動かされるままに、彼女は上品な便箋の上に一字一字、ゆっくりと言葉を紡いで行った。友人に自分の心が暴露されないよう、必死に言葉を選びながら。
「はーい。大公軍団軍団長の俺様がぁ、最終の打ち合わせに呼ばれて来てあげましたよぉー」
皇宮の、皇帝の親衛隊の控えの間や事務室に当てられている皇宮表の区画へ入り、親衛隊隊長ウリセス・モンドラゴン子爵の執務室の扉を叩いたのは、大公軍団軍団長のイリヤボルト・ディアマンテスだった。
もう六月に入り、皇帝オドザヤと、ザイオン第三王子トリスタンの婚礼が間近に近付いた日のことだった。
「入れ」
という声が届くと一緒にウリセスの執務室の扉を自分で開けて入って来たのは、真っ黒な大公軍団の制服姿。
それも、大公のカイエン以下、帝都防衛部隊隊長のヴァイロンと、治安維持部隊隊長のマリオとヘススの双子までの大幹部にだけ許された、各自の選んだ宝石で出来たボタンの付いた制服を、一番見事に着こなしているのは間違いなくこの男だろう。
「モンドラゴン子爵様には、ごきげんようでございますぅ」
日の光の中では、彼の目の色と同じ鉄色……深い緑色に輝く
自身は臙脂色の親衛隊の制服に身を包んだウリセスは、その垢抜けた制服も気に食わなかったが、その制服が包んでいる中身はもっと気に食わなかった。
大公軍団軍団長のイリヤは、元は准男爵家の息子だったウリセスよりも下の平民だ。それも、元から帝都ハーマポスタールの市民だったのではなく、ハウヤ帝国の田舎から出て来た新市民にすぎない。
だが、大公カイエンの下、彼の支配下にある大公軍団は今や、元からあった治安維持部隊に加え、先帝サウルが命じて造らせた、帝都防衛部隊も入れれば、皇宮と皇帝の警備隊である親衛隊の規模などとは桁外れの人数を抱える組織なのだ。
だから、ウリセスにはイリヤの押し付けがましい、そして彼を馬鹿にしたような話し方をとがめるのは難しかった。
それに、押し付けがましくとも不遜であろうとも、イリヤの言っている内容はこの部屋に入る手順として間違ってはいなかった。
「あの、
イリヤの言う、「あーんな事件」とは、酔っ払った親衛隊員が細工職人ギルドの職人たちの砂絵に難癖をつけ、暴力的に排除しようとし、結果的に細工職人一人が死亡した事件のことだ。あの時、現場には大公軍団治安維持部隊の
暴力を受けた細工職人が死ぬと、直接に暴力の先頭に立っていたホアキン・カスティージョの父親で、当時のコンドルアルマ将軍だったカスティージョ伯爵の屋敷に細工職人ギルドが殴り込みをかけ、大事件に発展してしまった。
その反省から、皇帝のオドザヤも、大公のカイエンも、今度の婚礼の日の警備体制には神経を遣っていた。
「そうだ」
ウリセス・モンドラゴンはイリヤの馴れ馴れしくも奇天烈な喋り方にはもう慣れていた。こうして二人が今度のオドザヤの成婚の件で打ち合わせをするのは初めてではなかったから。
それでも、イリヤの言葉の中の「大公殿下ちゃん」には引っ掛かりを覚えた。
彼も、この平民軍団長のイリヤが、大公のカイエンの愛人である、という事実などはとっくに知っている。それも、大公カイエンはシイナドラド皇子の夫がいながら、そのことを隠そうともしていないらしいことも。
イリヤがカイエンを呼ぶ時のその呼び方は、自分とオドザヤとの関係を考えれば、羨ましいほどにあっけらかんとした態度だった。それは、ウリセスには決して出来ないことで、それがウリセスの気に障ったのだ。
カイエンやイリヤがこうした態度を取れるのは、カイエンの最初の男が先帝サウルに命じられて公式に男妾にしたヴァイロンで、夫のエルネストはその後に政略結婚した間柄であることが大きい。
公式な愛人を持っているような女が、形だけの結婚をし、その後、自分で愛人を増やした。そう考えれば、夫との不仲の納得もいく。問題は愛人が二人ということだが、これもハーマポスタール大公という地位が「世襲」ではないこと、次の大公はカイエンが養女にしている先帝サウルの末の娘で、現皇帝オドザヤの妹であるリリエンスールとなることを考えれば、「まあ、好きなら勝手にすれば。今の大公殿下にお子さんが出来ても、次の大公にはなれないんだし。政略結婚なんだからしょうがないしね」ということになるのだ。
もちろん、カイエンが決して自分の子を産めないことを知っているのは、彼女の周囲の、それも一部の人間だけだ。
それでも、カイエンの子が次の大公になれないということは、カイエンの子の父親は誰でも特に問題はない、ということなのだ。子供が生まれても、彼らは娘なら公爵家か侯爵家にでも嫁ぐか、息子なら侯爵以下の爵位でももらって臣下になる道しか開けてはいない。今までの大公の子供達の運命もそうだったのだから。
だが、皇帝であるオドザヤの場合にはそういうわけにはいかない。彼女が産む子供は皇位継承権を持つからだ。弟のフロレンティーノ皇子を「推定相続人」にしているオドザヤだが、彼女に子供、それも男児が生まれればそれが次代の皇帝となる可能性は十分にある。
だから、トリスタン王子との婚礼前から、ウリセスとの関係があった、などということが暴露されるのはひどく具合の悪いことだった。皇配のトリスタン王子の子でないとなれば、その父親が外戚として政治に関与する隙を与えかねない。そういうこともあって、このハウヤ帝国の至高の存在であるオドザヤには、特に結婚前には完璧でいてもらわねばならなかった。結婚後なら、オドザヤの産む子はすべてトリスタン王子の子と強弁できるのだ。
それは、女王国ザイオンのチューラ女王の場合と同じだった。トリスタンの父親は本当はシリルだが、公には彼は姉一人と兄二人と同じく、王配ユリウス殿下の子とされていたのだから。
実際に、オドザヤの結婚前の最初の子であるアベルは秘密に出産され、秘密のうちにハーマポスタールの下町のアパルタメントで育てられている。結婚前に愛人があったことが露見すれば、このアベルのことも芋ずる式に表沙汰になりかねない。そうなれば、オドザヤが結婚前に愛人を持っていたことが暴露る。
そうした理由をなしにしても、カイエンの愛人二人は既婚者などではないが、ウリセスにはシンティアという歴とした妻がいるのだ。オドザヤとウリセスのことが暴露るのはこうした事実からも何を以てしても避けなければならないことだった。
「……今度のご成婚では、親衛隊は陛下と王子殿下のバルコニーからの市民へのお披露目と、その後の金座周辺のパレードの周辺警備を担当し、何か騒動が起きた場合には、親衛隊は陛下のご安全を確保することに徹し、騒動や事件の方は大公軍団に全て任せる、これでいいな?」
この大前提は、最初に決まっていたことだったが、細かい配置などは未だ調整中だった。
だから、ウリセスはイリヤが自分の執務机の前まで来ると、大判のハーマポスタール市内地図を机上に広げた。
「はーい。そう承っておりますぅ〜。近衛の人たちは帝都の周辺の警備を、こっちはフィエロアルマからも人員を割いてもらって万全にしてくれるそうですー」
間延びした、緊張感のかけらもないイリヤの言葉に、ウリセスはちょっときっとした顔付きになったが、彼はそんな自分を抑えた。
それからしばらく、イリヤとウリセスは、地図の上に印をつけながら、お互いの組織の担当場所やら、緊急時の退避場所、騒動が起きた時に、オドザヤとトリスタンを皇宮へ無事に戻すまでの道の選定の確認などを行った。
お互いに納得し、お互いの手下への徹底した指示を約束すると、もう、二人のすることはなくなったようだった。
もういいぞ、とウリセスはイリヤに犬猫でも追い払うように手を振って見せた。今までの何回かの二人の打ち合わせでは、ウリセスがこうした態度を示せば、イリヤは「へえへえ、平民はとっとと帰らせていただきますよぉ」などと言いながらも、大人しく帰って行ったのだ。
だが、この日のイリヤはウリセスの身振りを無視した。
「あのさあ」
もう、イリヤは扉へ向かって歩いているに違いないと信じて、背中をみせていたウリセス・モンドラゴンは、予測しなかったそのイリヤの言葉に、びくりとして振り返った。そのいつも冷徹な顔には胡乱げな表情が浮かんでいる。
「あんたさっき、俺が大公殿下ちゃん、って言った時、変な顔したでしょ。気に障っちゃったあ? 俺が殿下ちゃんなんて馴れ馴れしく呼んでも、それをみんなが赦しちゃってるのが忌々しいのかなぁ?」
このイリヤの言葉は、小さくひそめられたもので、オドザヤとウリセスの関係を知った上での発言だった。イリヤはオドザヤがオルキデア離宮でアベルを出産した時にも、カイエンの命令で警備に当たっていたくらいだから、当たり前なのだが。実際にあの時は、イリヤとウリセスは同じ持ち場で警備していたのだ。
「俺さあ、まー、複雑怪奇な関係ではあるんだけど、ヴァイロンとはまーまー上手くやってるのよぉ。本気で殿下ちゃんの取り合いの喧嘩したら、俺なんか瞬殺だしさ。……皇子殿下の方とは、ついこの間、腕づくでナシつけたしね」
ウリセスは意外な思いで、この「大公軍団の恐怖の伊達男」の麗しさ極まる顔を見た。美貌の男になどウリセスは興味はなかったから、イリヤの顔をまともにまじまじと見たのはこの時が初めてだった。
今のオドザヤが地上に舞い降りた美の化身なら、この男の顔はそれと対をなす資格がある、唯一のものだろう。大公カイエンがこれを愛人にしたのはもっともなことだ、そう思うのは簡単だった。
「何が言いたい?」
ウリセスがそう聞いたのは、まさしくもっともなことだった。
すると、イリヤはとぼけた笑みを浮かべた顔のまま、すごいことを小声で一気に言ってのけた。
「あはは。これ、実は殿下ちゃんが気にしてたことで、俺はどうでもいいことなんだけどぉ。俺は殿下ちゃん大好きだから、気を利かせてあんたに聞いときたい訳よ。……あのさ、あんたはどうなの? あんたは陛下が女として好きなの。それとも、この国の皇帝陛下だから惚れてるふりしてるの? ここんとこが、俺の殿下ちゃんにはすごーく気になっているみたいなんだよぉ。殿下ちゃんは芯から妹思いだからさぁ。殿下ちゃんはもう陛下がトリスタン王子なんかに惚れちゃいないことはちゃんと分かっているんだ。だから、陛下の気持ちは置いといても、あんたの気持ちの方をまず、知っておきたいみたいよ」
このあまりにも直截的なイリヤの言いようには、さしものウリセス・モンドラゴンも青緑色の目を見開いてしばらく身動きも出来なかった。
「俺はさぁ、あの去年の二月のザイオンの外交官官邸でのことも全部、あそこにいたから知ってるの。だから、皇帝陛下のそっち方面のあれこれはぜーんぶ、知ってる。あの踊り子王子にだまくらかされて、まんまとヤられちゃったことも、その直後に大公宮でうちの皇子様に殿下ちゃんとの間の暴露話を聞かされて、一気に目が覚めたことも。そんで、その日のうちにあんたを手に入れたことも」
ウリセスは黙っていた。イリヤの言っていることはまさしく正鵠を射ていたから。
「皇帝陛下は多分、あの踊り子王子へのが初恋で、でも、それはあの夜一夜で壊れちゃったのね。壊れちゃっただけじゃ止まらなくて、ご自分の魅力の使い方にまで気が付いちゃって、お色気の方にちょーっと暴走しちゃって。それで、あのオルキデア離宮での反女帝派取り込みに自分の体を使っちゃったんでしょ? 相手の男が何人いるのかは、殿下ちゃんも陛下本人から聞いてもわからないって言ってたけど、その結果は……あんたも知ってるよね」
「ああ」
ウリセスはやっとの事でそう言うことが出来た。
オドザヤが産んだアベルの父親は誰だかわからない。確率としてはウリセスが一番高いのだろうが、彼には妻との間に子がない。それゆえに彼自身もアベルを自分の息子と信じることは出来なかった。
「……それほどに聞きたければ、教えてやろう。大公殿下にも、きちんとお伝えしていただきたい」
ウリセスはしばらくの沈黙の後に、こう前置きした上で、イリヤにしか聞こえないほどの小声ではあったが、はっきりと答えた。
「妻の……シンティア・モンドラゴンとの縁談は、私にとってはあの時私が背負っていた問題すべてを解決できるものだった。義父上は私の実家の准男爵家への援助はしない、とおっしゃったが、私が親衛隊長として得る俸給をすべて出して実家を助けることは認めてくださった。実際、実家は今、持ち直している。妾に出されていた姉は平民ではあるが裕福な商人の正妻になれたし、妹は子爵家の口利きで、男爵家へ縁付くことができた。このことで私は多くの負債をモンドラゴン子爵家に対して持っている。それを忘れたことはない。妻のシンティアにも不満はなかった。それどころか、おおらかに穢れを知らずに育ったあれを愛おしく思っていると信じていた……」
イリヤはウリセスのこの言葉は意外でもなんでもなかったので、黙って聞いていた。
「オドザヤ陛下とのことが始まってからも、私は妻のシンティアを愛していると信じていた。陛下はあの
「ふーん。ま、そこまでは普通ね。俺も殿下ちゃんは俺の意地悪に憤って、意地でも一人前の大公殿下になってみせる、って気持ちで突っ張らかってるだけだと思ってたもん。ヴァイロンとは仲良しそうだったし、皇子様の件があっても二人の仲は変わらなかったしさ。でもあの時、噛み付かれて初めて、殿下ちゃんは俺の最初の意地悪に対抗しているだけじゃなかったんだ、って分かったのよねぇ。最初の頃から、恋心じゃなかったかもだけど、俺には関心があったんだってね」
噛み付かれて。
それは去年の正月、腹を刺されたイリヤが、カイエンが子供の頃使っていた部屋を病室にしていたときのことだ。色々と夢の中の世界でのイリヤとのやり取りで混乱したカイエンは、文字通りイリヤに噛み付いてきたのだ。
ウリセスにはその言葉が文字通りの意味だとは到底思えなかったので、カイエンがイリヤに言葉で迫り寄って行ったのだと思ったのだろう。
「……だが、違った」
「あら、そうなの」
イリヤはもともと、オドザヤとモンドラゴンの関係にも、ましてはウリセス・モンドラゴンの気持ちなんかにはてんで興味がなかったので、事実だけを聞き出して帰れば、カイエンはそれを聞いて喜ぶなり安心するなり、対策を講じようとするなりするのだろう、自分は気を利かせているに過ぎない、としか思ってなどいなかった。
「意外だろうが、私が私の気持ちに気が付いたのは、あの方がご懐妊された時だった。陛下は一度として闇に葬り去ることは考えられなかった。私を含めた周りの者たちに頭を下げられて、これは自分の至らなさが招いたもの、それでも自分から切り捨てることは出来ない、と仰せになったあの時だ」
「それまではあのお美しさに我を忘れていただけだったのだろう。だが、あの時からは変わってしまった。あんたと一緒にあの日、オルキデア離宮で警備に当たっていた時、願っていたのは陛下のご無事だけだった……」
イリヤはもうそれ以上は、聞かずとも分かったので、すいっとウリセス・モンドラゴンの前から立ち上がり、さっさと執務室の扉へ向かって歩き出していた。
「ありがとさんでしたー。確かにお聞きしましたよぉ。まー、殿下ちゃんはちょっと安心かな。でもそれ、あんた絶対に外に出して見せちゃいけないよ」
イリヤは思いついて、こう付け足したのだが、それがまさしく正しい指摘と危惧だったことが、しばらく後になってから現実になるとまでは予想していなかった。
「特にあんたの奥さん。俺が言うのもなんだけどぉ、女っていつまでも穢れなき無邪気な女の子じゃいないんだよ。まー、おばあちゃんになってもそういう人もいるんだろうけど、あんたの奥さんの場合にも当てはまるかな? あんた、去年からこの皇宮にい続けてお家にちゃんと帰らないことが多いんじゃないの? いくらなんでも、無邪気な奥さんにあれこれ吹き込む奴らが出てておかしくないでしょ。っていうか、今までバレてないほうがおかしいんだよ。これ、今日から気をつけるんじゃなくて、あんた、奥さんにバレた時の対策をしておくべきだよぉ」
ここまで言うと、イリヤはもう親衛隊長の執務室を出ていた。
「なんかやばいわー。殿下ちゃんに早く教えてあげなくちゃねー。まさかと思うけど、結婚式の日にぶち当てて来る可能性も捨てきれないしねぇ。新聞社さんにも釘さしといてもらわないと……」
カイエンや大公宮と付き合いのある、
そこまで考えて、イリヤはもう一つの可能性に気が付いた。
「あっ、そっかー。あいつの奥さんそのものも警戒対象になるんだわー」
と。
「そうか。モンドラゴン子爵夫人も、警戒対象に……」
イリヤから話を聞いたカイエンは、大公宮の表の執務室にいたが、そう言うとちょっと考える顔になった。
「確かに、モンドラゴンがそんなことを言うようじゃ、いくらお嬢さん育ちでも奥さんが気が付いてないってことは考えにくいな。
そのときカイエンが思い描いたのは、まだこのハーマポスタールに潜伏しているだろう、桔梗星団派の連中のことだった。ザイオンはさすがに自国の王子の婚礼に手出しはしないだろうが、他の国々、皇子フロレンティーノの母、マグダレーナの実家のベアトリアだの、螺旋帝国だのだって、嬉々として手伝いそうだ。
オドザヤとトリスタンの結婚式まではもう、数日を残すのみ。
「イリヤ、帝都防衛部隊の連中は私服で市民たちに紛れ込ませよう。ヴァイロンはその手は使えないから、彼には帝都防衛部隊はここの警備をしてます、っていう目印役になってもらうしかないな。影使いのナシオやシモン、それにガラは遊撃隊だ。それ以外にも、モンドラゴン子爵夫人に誰かぴったりくっついて見張りをつけた方がいいだろう」
カイエンがそう言うと、イリヤは面倒くさそうだったがうなずいた。
「へーへー。去年の秋募集で入ったきた中に、そういうの得意そうなのがいますから、アレクサンドロやロシーオと一緒に子爵夫人に張り付かせましょ。影使いも、出来たらザラ大将軍閣下の近衛から応援頼んじゃった方がいいかも」
カイエンはすぐにペンを握ると、彼女専用のやや紫がかった色の最上質の便箋に、さらさらとエミリオ・ザラへの手紙をしたためた。
「帝都の周辺への警備よりも、内部の方が剣呑になってきたな。ナシオたちには今すぐにモンドラゴン子爵の屋敷へ行ってもらおう。もう、何か敵が仕掛けているかもしれん」
カイエンはちょっとじりじりした気持ちだった。
もう、オドザヤとトリスタンの皇宮の
「モンドラゴン子爵は陛下の警備に当たるが、夫人は子爵夫人として、海神宮での結婚式に参列するだろう。そっちも問題だな。変なことでも叫ばれたら、ど偉い騒ぎになってしまうだろう」
カイエンは言いながらも身震いするような心地だった。
普通なら、夫がこの国の至高の存在である皇帝の愛人になっていると知っても、皇帝の結婚式で騒ぎを起こす度胸は出て来ないだろう。ことはまだ噂にもなっていないのだ。そんな行動に出れば、不敬罪に問われるのは確実なのだから。
だが。
まだ噂になっていないとしても、オドザヤと親衛隊長ウリセス・モンドラゴン子爵との関係を疑っている者は確実に存在するだろう。気が違ったような行動ではあるが、一国の皇帝の結婚式で当事者の妻が騒ぎ立て、それを警備のものが取り抑えるような場面は、絶対に避けなければならない。
「……仕方がない」
カイエンはこのことはオドザヤに計っている時間はないと判断した。宰相のサヴォナローラと元帥大将軍のエミリオ・ザラに伝えておけばいいだろう。
「イリヤ、モンドラゴン子爵夫人は、海神宮での結婚式には出席させないようにするしかない」
カイエンの言葉を聞くと、それまで黙ってカイエンの後ろにいつものように影のようになって立っていたシーヴが極めて良識的な反応を示した。
「それはその方がいいと思いますけど、どうするんですか」
カイエンは落ち着いていた。
「今後のこともある。モンドラゴン子爵家の執事か、侍女の頭、または女中頭かをこっちに取り込むしかないだろう。不細工な工作だが、モンドラゴン子爵夫人には、当日は病欠していただく」
カイエンがそこまで言うと、イリヤはひゅーと口笛を吹いて見せた。
「殿下ちゃんがそこまでするのぅ? 本当に妹ちゃんは別格なんだねぇ」
カイエンはイリヤのとぼけた顔を睨みつけた。
「確かにそれはそうだ。だが、これは陛下ただお一人の問題ではない。国を挙げての皇帝陛下のご成婚なのだ。トリスタン王子とザイオンの方はとりあえず、今回は手出しはしてくるまい。まあ、そっちにも人員は割くがな。何としてもご成婚が滞りなく終わるまでは油断は出来ん」
オドザヤとトリスタンの婚礼は、昼の海神宮でのアストロナータ大神官と、海神オセアノの大神官の立ち会いのもとに行われる結婚式、そして、バルコニーからのお披露目。その後の馬車でのパレードだけでは終わらない。その後には、海神宮で披露宴が催され、それは夜まで続くのだ。
その間、カイエンはエルネストを連れて大公として、オドザヤのそばにいる。不慮の事態に対応できないわけではないが、それにも限界がある。
「たかが結婚式と軽くはみられん。私の時とは違う。これは国家の一大事なのだ。間違いや破綻は許されない」
カイエンは自分に言い聞かせるようにそう言ったが、まだ不安のすべてが拭い去れたわけではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます