頼國仁の書跡

 人間誰しも、いつ迄あるのかわからないものを賭けて生きている

 だが、おまえは掛け金がまだあるうちに

 考えても仕方のないことを考えるのはやめて

 新しい自分を造りに行かないか


 きっと世間はそんなおまえに冷たいだろう

 おまえの言うことはなかなか受け入れられないだろう


 おまえの前の壁は高く、何枚もの壁がおまえを待ち構えているだろう

 さあ、どうする

 おまえは壁を見つめるだけで諦めて、後ろへ戻っていくのか


 戻ったら世間はおまえを優しく迎えてくれるのか

 石もておまえを打ち殺そうと狙ってくるんじゃないのか

 降り注ぐ石の雨におまえはその場でうずくまるしかないだろう


 それでも立て

 新しい自分を造るために


 神様に造られた自分じゃない

 自分を自分で創りにいくんだ




      アル・アアシャー 「青い鳥の虐殺」より「煩悶する者たち」






 カイエンはずっと後まで、その時の、夕暮れに差し掛かったオレンジ色の日の光に照らされた、マテオ・ソーサの研究室の風景を忘れることはなかった。

 夕日の入る窓を背にして、真っ黒に古びた机の向こうに座った教授の、影になった顔の中で灰色一色の目だけが薄く光を放っているように見えた。彼の顔は真面目で、表情は緩やかだった。

 その表情は、市井に幾人でもいる一人のひとの母が、愛する子を見るような暖かさに溢れていた。

 だがそれは大公カイエンにとっては、今までの人生で、遂に父からも母からも得られなかった種類の眼差しであったのだ。

 マテオ・ソーサは、目鼻立ちは整ってはいるが、決して美しい男ではない。

 しかし、学者として教師として長年生きてきた彼の眼差しや態度は恐ろしいほどの清廉さに溢れていた。

 やや鋭角的な、髭のない顎から黒い修道僧のような服の襟元をたどれば、まっすぐに降りていく黒いボタン。それが途切れる場所は、古びた机の木目。

 その机の上で組み合わせた青白い手に落ちる夕陽の影の色。

 暖かい薄闇の中で光を背負った教授のシルエットが、カイエンの視界の中で、はっきりと切り抜かれた。

 今、カイエンの目の前にある姿が、彼女の中ではずっと「マテオ・ソーサの肖像」として残った。

 それは、彼女がこの大地を離れるまで。

 マテオ・ソーサ自身ももう、この地には存在しなくなった、後の後の時代まで。



 ヴァイロンはそんな教授の姿に既視感を覚えていた。

 そういえば、教授はものの言い方が激しくて、学校の中で他の先生たちには敬遠されることが多かったが、学生には不思議に人気があった。言い方は乱暴できっぱりしていたが、その中から学生を思いやる気持ちが感じられたからだろう。教授はずけずけものを言う人だが、理不尽なことは一度も命じなかった。

 学生のノートを試験前に集めて見ていたのも、そこから学生一人ひとりを理解しようとしていたのかもしれない。まあ、理解の前にしっかりと分析もしていたではあろうが。

 教授は、しばらく黙っていた。

 カイエンたちが見つめる前で、彼はふと顔を横向けた。

 彼が見ている方を見やれば、そこには一枚の肖像画がある。

 そこを見た、カイエンは驚いた。

 驚きのあまり、彼女は座っていた椅子から立ち上がっていた。

「あれは、あれは……」 

 壁に掛けられていたのは小さな、本の表紙ほどの大きさの肖像画だ。

 だが、そこに描かれた人物の顔に間違いはない。

ライ 國仁コクジン先生!」

 肖像画には一人の東洋人の姿があった。

 年齢は今の教授よりも若く、カイエンの知っている姿よりもかなり若い。

 それでも、見間違いではない。

 四角い顎のはった顔だが、顔立ちはきっぱりとしており、眉も目も黒々と伸びやかだ。まっすぐな美髯が印象的だ。

「やはり、殿下の螺旋文字の先生はあの方でしたか」

 カイエンの様子を見上げて、教授はうなずいた。

「殿下は朝、大公宮から今日の午後、確かに伺います、という螺旋文字のメモを送ってこられたでしょう。あの書跡を見て、確信いたしました。あれは、頼國仁先生の書跡です」

 カイエンは教授の方に向き直った。

「では、では……」

 椅子に座りなおすカイエンを見ながら、教授は言った。

「ええ、私は螺旋文字を頼國仁先生から習いました。もっとも、殿下とは違って先生の私塾でその他大勢に混ざっての事です。書写までは習っておりませんから、私の書跡はひどいものです」

 カイエンは朝、ヴァイロンが持ってきた教授の手紙の文字を思い出そうとした。

 アンティグア文字のところも、螺旋文字のところも、まるで活字のようにかっきりとした文字だった。読みやすいが、味わいも何もない文字だ。

 カイエンは短いメモの返信を、全て螺旋文字で書いた。

 嫌味のつもりで、それもやや崩した字体で書いた。字体を崩せば読みにくくなる。

「殿下は何歳から先生につかれてお習いに?」

 カイエンは五歳から頼國仁先生について、螺旋文字とかの国の歴史を習ったこと、それは十四になるまでで、その年に頼國仁は「生きているうちに故郷へ帰り、そこで死にたい」と言って国へ帰ったことを話した。

 その時、先生は五十代の半ばといったところだった。

「なるほど。先生は国へ帰るとおっしゃったのですな」

 教授は、灰色の目を瞬かせた。

「実は、先ほどの質問ですが、あれは、頼國仁先生がお話になっていたことなのですよ。印象的なお話でした」

「先生が?」

 カイエンの問いに、教授はやや斜めの答えを返してきた。

「殿下には私ごときが頼國仁先生の肖像画を持っていることは、ご不審なことでしょうな。あれは、実は私が描いたのです」

 と。

 カイエンは今度こそ、後ろにそのままぶっ倒れるかと思うほどに驚いた。

 カイエンは子供の頃から絵が得意で、あの桔梗館の夢の様子もそれでスケッチすることができた。そういう彼女から見ても、頼國仁先生の肖像画の出来は素人技を大きく超えている。

「実は私は若い頃は絵描きになろうと思っていたのです。でも、自分で自分の才能に見切りをつけましてね。あれはまだ十代の頃でしたか。それから一大発起して、学問の世界へ入りました。それで、故郷から出てきて入ったのが、頼國仁先生の塾でした。先生は螺旋帝国の歴史、それも王朝の興亡を決めた戦争についてお詳しかった。あの絵は、その頃に私が先生にお願いして描かせていただいたものです」

 カイエンもヴァイロンも声もない。聞いているだけだ。

「先生は講義で言われたのです。かの螺旋帝国の歴史の中で、唯一の女帝の時代は彼女の死まで一切の戦争行為がなく、平和で、文化が復興した時代であったと」

 それは、カイエンも知っていた。

 螺旋帝国、唯一の女帝。

 名を「ゲン 光雲コウウン」先日滅んだ「冬」王朝の三代目である。おくりなは「閃蘇帝センソテイ」。

「その時代には官吏への門を女性にも開き、また軍人として名をなした者も出たそうです」

 教授は、言いながら身を乗り出した。

「殿下」

「殿下が先ほどの質問に、『帝国軍も大公軍団も、募集するのは男だけで、女の募集はしていないからだ』とお答えにならなかったことには驚きました」

 カイエンがそういう答えをしなかったのは、無意識のうちに教授がそういう答えを求めているのではない、ということに気がついたからにすぎない。

 カイエンはそっと教授から目をそらした。

「いいえ、違いますよ。殿下は心の底では気がついておられたのです。男と同じように働きたいと思っている女性が、数は少なくとも確実に存在するということを」

 教授は、カイエンの心を読んだ。

「私は思うんです。帝国軍はすぐには無理としても、殿下の大公軍団の仕事には、女性の方が向いている部門があるのではないかとね」

 呆然と見守る、カイエンとヴァイロンの前で、教授は両手を擦り合わせた。

「女性は何より真面目ですよ。仕事に手抜きしません。家事を手抜きすると世間様の当たりが厳しいですからな。いいも悪いも幼い頃から骨惜しみしないように訓練されているんです。安易に暴力的な解決に走ることもない。男より体力的に劣るぶん、話し合いで解決しようとする気持ちが出て来やすい」

 教授は言葉を切った。

「今、この帝都の中には町単位で大公軍団の治安部隊の署がありますが、仕事の大半は暴力的な事件の解決じゃあない。迷子の親さがしから、揉め事の調停、馬車なんかの起こした事故の対応だってあります。何より、不埒な男が女性相手に起こした事件ですよ。こういう時、被害者の女性の話を男性署員が聞くなんて! ありえませんよ! ゾッとしませんか!?」

 教授は狂おしげに身をよじった。ちょっと不気味だ。

 だが、カイエンには教授の言わんとすることがなんとなくわかった。

 不埒な男にひどい目にあわされた女性が、同じ男である治安維持部隊の隊員に取り調べを受ける。それはキツい。二回ひどい目にあわされることになるのだから。

「私はこの通り、男としては脆弱に出来ております。こら、ヴァイロン・レオン・フィエロ! 笑うんじゃない!」

 声だけ聞いていると、とても脆弱とは思えない教授の発言に、思わず笑いを誘われたらしいヴァイロンに厳しい指導が飛んだ。

「すみません」

 ヴァイロンはおとなしく、顔を引き締めた。

 確かに、ヴァイロンのような屈強な体を持つ強者からすると、教授はカイエンと同じぐらいに弱々しい。ヴァイロンが教授とどこかへ出かけるとしたら、彼は本能的にカイエンにするのと同じように教授を守ろうとするだろう。

 これは、ヴァイロンが教授やカイエンを軽く見ているわけではない。彼らには肉体的な強さはないが、ヴァイロンには彼らを守る理由がある。

「私のような脆弱な者は不埒な奴らの餌食になる可能性が高いのです。そうして不幸にも被害者になった時に、取り調べでまたひどい扱いを受けるなんて。いいですか、このハウヤ帝国は文明国ですよ。少なくともこの帝都では市民は安全に暮らす権利があるんです。やっと、そういう時代になってきたところなんです」

 やっぱり教授、過去に何かひどい目にあったことがあるのでは? と、カイエンもヴェイロンも思ったほどに、教授の言いようには説得力があった。

 それでも、カイエンは自分の見ている世界の色彩が変わるような気持ちも覚えていた。。

「では、教授は私に大公軍団の新たな募集では女性隊員の募集もかけるべきだとおっしゃるのですね」

 カイエンがそう言うと、教授は深くうなずいた。

「なりたい者がいないならそれでよろしい。いまだ女性の意識は家の中から出てこない、ということですからな。しかし、なりたい者がいるのなら、積極的に採用し、男性隊員よりも上手くできる仕事をさせるべきです」

「ただし」

 教授は用心深く付け足した。

「女性を採用するにあたっては、新しい制度と手当が必要になるでしょう」

「どのようなものですか?」

 カイエンが聞くと、教授は指を折りながら言った。

「先ほど、殿下がおっしゃったことへの対応ですよ。結婚しても子供を産んでも務めあげられるように、手当が必要です。そうでなければ、数年働いてはいさようなら、です。今でも町中で小売業などしている寡婦の子供の世話は長屋の婆さんなんかがしてやっているでしょう? あれを制度にするのです」

 カイエンは目を白黒させた。

「まあ、それはおいおい作っていきましょう。希望者が入って来れば、彼女たち自らが手伝ってくれますよ」

 教授は言った。

「まずは希望者が出てくるかどうかです。心の中で思ってはいても、自ら手を上げられるかどうかは、また別の問題ですからな」 

「でも」

 教授は灰色の目を少しだけほころばせた。

「大公殿下が女性であられることで、事は少しですが彼女らに有利になりました。……世間へ出て、働きたいと思っているかもしれない、彼女たちにはね」

 そうだろうか。

 カイエンは心配だった。

 さっき、彼女は教授の、「大公殿下自身は大公におなりになりたいとお思いでしたか?」という問いにあんな答えをしたのに。

 カイエンは思う。

 自分は大公になりたいと思ったことなんてなかった。

 ただ、決められた道を素直に、疑いもせずに歩いてきただけだ。

 あんな事件があったのに、まだ父の思惑通りに生きさせられてきたことに無自覚だった自分。

 そんな自分が、マリアルナのように「己のしたいこと」を自覚し、立ち上がった女たちの助けになれるのだろうか。

 カイエンは自分が「したかったこと」を考えてみたが、何も思いつかなかった。

 何になりたい、とも思わずに、周りに決められた人生を歩んできた。

 だが、それは彼女だけではない。

 多くの者たちが疑問さえ持たずに生きているのだ。


「そうだ」

 カイエンは、新しい隊員募集についてもっと教授と話を付き合わさなければと思いつつ、他のことにふと頭が動いた。

 それは、頼國仁先生の話から、螺旋文字の話が出たからだろう。

「教授、実はこの頃帝都を騒がせている、あの連続殺人事件ですが、新展開があったのです」

 カイエンがいきなりそう言うと、ヴァイロンが驚いたように彼女の方を見た。

 教授も「いきなり何を言い出すのだ」という顔つきをしたが、それでもカイエンの次の言葉を待ってくれた。

 もちろん、あの連続男娼殺人事件のことは知っていたのだろう。

 何か彼にも予感があったのかもしれない。

「螺旋文字で『賎民は意味もなく責め立てられるべきではない』という文字が現場の壁に血で書かれていたのです。文字は筆順も確かで、螺旋文字をきちんと学んだ者の書跡でした。これをどう思われますか」

 教授の顔にさっと緊張が走った。

「まずは、帝都に在住する螺旋帝国人を捜査するべきでしょうな」

 教授の意見はもっともなことであった。

 帝都ハーマポスタールには、螺旋帝国から来た者がそれなりに在住している。

 南回りの航路が開拓されてから、陸路よりも早く東から西へ移動できるようになったからだ。

 この西の果てのハウヤ帝国へ来ている螺旋帝国人は、カイエンや教授が螺旋帝国の文字や文化を学んだ、頼國仁先生だけではない。

「大公殿下はご存知でしょうが、螺旋帝国人の多く住む地域があります」

 教授が続けて言う。

 それなのだ。

 帝都には外国人も多いが、彼らはそれぞれ、まとまって居住していることが多い。生活の面で便利だし、文化の違いで悩まされることが少ないからだろう。

 螺旋帝国人の多く住む地域は、あの連続殺人事件が続いている男娼窟のある地域に近いのだ。

 貴族や大きい商家の住む地域は古くからひらけた帝都の中心の市街であるから、どうしても新しくやって来た者たちの住む地域は新しく広がった地域になる。

 それゆえに、外国人の住む地域は下町にならざるをえないのだ。


 しばらくの間、カイエンも教授も口をきかなかった。

 やがて、口を開いたのは、若いカイエンの方だった。 

「そうそう、頼國仁先生ですが、本当にご帰国なさったのでしょうか」

 彼女が十四の時に、頼國仁は彼女の前から去っていった。

 だが、本当に帰国したのかどうかはわからない。

 それが、急に気になってきたのだ。

「それですがねえ」

 すると、教授は急に疲れたように座っている椅子の背にぐっともたれかかった。

 すでに教授の後ろの窓の外は紫色に黄昏れている。

「先生は国にはもう縁者はいない、と常々おっしゃっていたんです。だから、このハウヤ帝国に骨を埋めるつもりだ、というようなことも言っておられたと記憶しております。確かにここ数年、先生の消息は聞きませんが、先生が殿下におっしゃったというお話、ちょっと奇妙に思ったのですよ」

 そして、教授はやや言いにくそうに続けた。

「殿下がご存知かどうかは知りませんが、私は頼國仁先生の私塾で一緒だった学者仲間から、先日、螺旋帝国で易姓があったらしいという話を聞きました」

 カイエンとヴァイロンはさっと目配せしあった。

 すでに話は帝都内の螺旋帝国人を通じて、街中へも伝わりつつあるらしい。

 カイエンはちょっと考えた。

 教授にはこの先、大公軍団の顧問として意見を聞いていくことになるであろう。

 今日は肝心の帝都防衛軍の訓練に関する話はできなかったが、そちらへも戦術学の専門家として参加してもらわねばならない。

 今朝、サヴォナローラから知らされたことをここで話してもいいものか。

 だが、もう教授は易姓のことを聞いているのだ。

 カイエンは心を決めた。

 教授は多分、自分たちの「身内」になる。

 ならば。

 カイエンはガラからもたらされたあの外交文書の写しの内容を、教授にかいつまんで話した。

 サヴォナローラが、連続殺人事件について、意味ありげな伝言をしてきたことも。

「よく、お話くださいました」

 教授は、カイエンの話した内容の重要性をすぐさま理解したようだった。

「新王朝と新皇帝が立ったのは最近のこととしても、そうなる前、螺旋帝国内では短くない期間、国中が乱れていたはず。そうとなれば、この大陸の西側まで逃げ出してくる者もいるでしょうな。螺旋帝国からこのハウヤ帝国の間にはいくつもの国々が存在しますが、一番国力が大きく、安定していてしかも螺旋帝国人の多く住んでいるのはこの国なのです。それもこのハーマポスタールです」

 教授はやや下を向き、顎に指をかけて考え込んだ。

「先ほど、殿下は殺人事件現場に残されていた螺旋文字は筆順もしっかりしており、書き慣れた書跡だとおっしゃいました。頼國仁先生から書写までも習われた殿下がおっしゃるのですから、その文字を書いた者は螺旋文字の書写も学んだ人間でしょう。……実は、これは大変、重要なことなのですよ」

「と、言うと?」

 カイエンが促すと、教授はゆっくりと説明を始めた。

「殿下が朝、私に送ってこられたメモの文字は、かなり崩した字体でしたな。あれは私がちゃんと読めるかどうか試されたのでしょうが、問題点はあれと同じなのですよ」

「同じ?」

「ええ。私は螺旋文字の読み書きができますが、書写の心得はないのです。ですから、あの殿下の崩された螺旋文字はなんとか読めましたが、ああいう書き方は私にはできないのです。お分かりですか? 私は活字みたいな四角い字体でしか書けないのですよ。殿下、現場の文字を思い出してください。その文字は活字のような字体でしたか? それとも……」

 カイエンは、戦慄した。

 そうだ。

 そういえば、教授の手紙の螺旋文字も、あのサヴォナローラの書く螺旋文字も、四角四面な活字の字体だ。

 彼らは螺旋文字の基本的な形と書き方、読み方は習っているが、流麗なその書写の技法は習っていない。

 このハウヤ帝国人の中で、螺旋帝国の文化人のようなこなれた字体で書けるのは、幼少時から頼國仁のような螺旋帝国の文化人について学んだ、カイエンのような限られた者だけなのだ。 

 あの、今朝見た殺人現場の日干しレンガの壁に書かれた血文字は、流麗で、やや崩された字体であった!

「教授」

 カイエンは、改めてマテオ・ソーサの顔を見た。

 教授の指摘はきっと正しい。

 そして、サヴォナローラもまた、それに気がついているのだ。その理由はまだわからないが。

 あの事件には螺旋帝国人が関係していると。


「教授、どうか身辺にお気をつけてください。お一人でいることがないように。教授はどこにお住まいですか」

 カイエンは弱いもの特有の感覚で近付く危険を感じ取っていた。

 大公の自分や、皇宮にいるサヴォナローラには幾重もの護衛がある。

 だが、今日、この事件に巻き込んでしまったこの教授にはない。

 カイエンは思い切った方策を教授に提案した。

  その日から、マテオ・ソーサ教授は国立士官学校の外にある官舎へは戻らなかった。

 そして、急遽、大公軍団が始めた「女性隊員募集」には、意外なほどの反応があったのである。

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