皇后陛下の晩餐会にて

 ミルドラとヘクトルのクリストラ公爵夫妻は、カイエン達とザラ将軍との打ち合わせが済むと、帝都内の屋敷ではなく、皇宮内の公爵家の控え屋敷に入った。

 ザラ将軍は自分へも皇后から招待状が届いたことを告げると、

「……役者が揃いましたな」

 と、言い置いて、彼の実家であるザラ子爵家の控え屋敷へと出て行った。

 クリストラ公爵や将軍が言うには、今度の非公式晩餐会は本当に非公式なもののようで、ちょっと調べてみたところでは、かなり大物の帝国貴族でもお呼びがかかっていないという。

 罠か、とも思ってみたが、皇帝や皇后が大公であるカイエンを呼び出して罠にかける事態となれば、もはやカイエンの大公位は解かれたも同然である。

 堂々と呼び出されてクビになるか、密かに逮捕されてクビになるか、どっちにしろ同じことだ。

 カイエンは腹を括った。

 カイエン達……皇后の晩餐会に招待されたのはカイエンとヴァイロンであるが、護衛のシーヴもアキノとサグラチカも付いてくるので、本来は同じように皇宮内の大公の控え屋敷へ入らねばならないところだが、そこはアルウィンの代からの皇帝一家との疎遠ぶりを示すがごとく、二十年来使われていなかったため、今回はクリストラ公爵家の控え屋敷へ入ることになっている。

 晩餐会は明後日の夜であるから、明日の朝には皇宮へ上がらねばならなかった。

 すでに、ノルマ・コントから当日の衣装も届いており、サグラチカは荷造りに忙しい。

 カイエンは最後に大公宮の表に出て行き、イリヤとその副官の双子、マリオとヘススにこれから晩餐会当日までの細かい指示を出し、翌朝、皇宮へ上がった。





 そして、その日の朝が明けた。

 カイエン達はクリストラ公爵家の控え屋敷に入っていたが、ミルドラの話では、周りの大物貴族の控え屋敷は静かなもので、確かに今晩の晩餐会に招待されたものは少数に限られているらしい、ということだった。

 皇宮内の控え屋敷は、帝都にある各貴族の屋敷とは違い、広大な敷地に建つものではない。

 瀟洒な離宮とでも言ったもので、隣の屋敷は上手に間配られた木々で見えないようになってはいるが、入り口には宮殿の回廊がつながっており、正に皇宮での催し事に出るための「控えの間」の拡大版、といった体のものだ。

 ちょっと召使いを庭先から様子見に出せば、隣近所の様子は手に取るようにわかる。

「そうですか……」

 やや不安げにカイエンが座っている部屋はカイエン達大公一家のために公爵が空けてくれた部屋で、たった三間続きでしかない。

 元々、他の貴族も控え屋敷があることが前提だから、家族以外の主従を泊めるような部屋数はないのである。

 三間続きと聞けば、広いようだが、カイエンとヴァイロンで一部屋、次の間にサグラチカと女中頭のルーサ、それに侍女という触れ込みで連れて来た、女騎士ブランカとナランハ。最後の部屋がアキノとシーヴ、であるからいっぱいいっぱいである。

 本来なら、大公宮の執事であるアキノは宮に残るべきだが、カイエンの進退がかかっている可能性があるとなれば、大公宮に残っても意味がない、ということになった。

 部屋の中も、衣装やらなんやらの箱や鞄が所狭しと並び、積み上がっていて、落ち着けない。

 昼になるかならぬまでに、そそくさと皆が昼食をすませれば、もう晩餐会の準備である。


 晩餐会の会場へはカイエンとヴァイロン、公爵夫妻、それと一人づつ、侍女の立ち入りが認められていたので、カイエンの侍女としてブランカ、公爵夫人ミルドラの侍女としてナランハが侍女の形で付き添うことになっている。

 侍女というのは、女中より格上の召使いで、パーティなどへの同伴も許される。

 騎士のシーヴはもちろん、ついていけないから、アキノとともに連絡係として控え屋敷に残る。本当はサグラチカを侍女として伴いたかったのだが、この火急の際にはいざという時に腕の立つ女騎士の二人が選ばれた。


「あらまあ!」

 夕刻になり、準備のできた公爵夫妻の部屋へ、カイエンとヴァイロンが入っていくと、ミルドラは嬉しそうに少女のような声を上げた。

 クリストラ公爵ヘクトルは四十二歳のミルドラよりやや年上か。

 帝国の東の国境を守る武人でもある彼は、すらりと背が高く、体もがっしりとたくましい。

 短く整えられた淡い金髪の下の顔は若き日のミルドラ皇女が一目惚れしたという精悍さを未だ残している。同じ武人であるヴァイロンのこの春の災難には同情を禁じ得ないようで、今回の事態を心から憂いていた。

 昨夜は、遠慮するヴァイロンを捕まえて、遅くまで呑み交わしていたらしい。

 彼が皇帝の側近であったら話は簡単だったのかもしれないが、辺境の領地で東側国境の城塞の主人である彼は武人であり、皇帝の思惑を計れる立場になかった。

 もっとも、ミルドラが惚れ込んだのはそういう立場である彼であったのかもしれないが。

「あらあらあらあら……。まあ、素敵、いいじゃないカイエン、とってもよく似合ってるわよ!」

 ミルドラは、娘三人の母親だけあって、衣装には目ざといようだ。

「ノルマ・コント……だったわね。今度、私も頼もうかしら。なんて垢抜けているんでしょう。最近の流行は東方趣味ですものね。生地もあちらのものかしら、軽そうで、でも色が落ち着いていて、素晴らしいわ!」

 クリストラ公爵の領地は帝国東国境にあるが、帝国の東側には幾つかの国々の向こうに、東方の大国「螺旋ラセン帝国」が控えている。西の果てにあるこのハウヤ帝国と、螺旋帝国だけが、「帝国」を名乗り、朝貢させる属国や自治領を持っていた。

 螺旋帝国とハウヤ帝国の間の連絡は主に陸路ではあったが、百年ほど前から何人かの海の冒険家の活躍によって、航路が開かれ、南方深く、ネグリア大陸の端を越えれば、海路でも行き来が可能になっていた。

 その日。

 カイエンがまとっていたのは、あの、ノルマ・コントの作品の中でも会心の作だったらしい。

 ノルマは自分自身で、服の納品に現れ、最後の調整を自ら行い、なんども頷きながら帰って行った。

 彼女の説明によると、この日のカイエンの衣装は、こんなものであった。


「殿下、今度のお衣装の生地はすべて螺旋帝国からの渡来品ですのよ。これだけの刺繍があってもこんなに軽いのは、かの国の生地だけですから! 殿下は重たい衣装はご無理ですものね。色も、この美しい中間色! ほんのちょっとだけ色が沈んでおりますでしょう。これですのよ。このしっとりとした青みがかった紫を探すのには苦労いたしました! 偶然、この染めと刺繍入りの生地を見つけました時には、気絶するかと思いましたわ……。このお色は殿下のその紫翡翠の耳飾りや指輪ともぴったりです! ねえ。あちらの国では衣装の袖や裾にこのような染めや刺繍を入れるそうで、殿下がお小さくて助かりました! 普通だったら生地の長さが足りなかったかもしれません……云々」

 というわけで。

 その日のためにノルマが作ったカイエンの衣装は、螺旋帝国から来た服地に合わせた裁断から生まれた、直線的な意匠のものであった。

 ノルマはカイエンの脚のこともしっかり頭に入っているので、普通の貴族の女性の着るような華やかな膨らんだスカートの裾がカイエンには邪魔なこともよくわかっている。

 しかし、晩餐会となれば、長い裾の衣裳が求められる。

 ノルマは優しいラベンダー色の、軽やかな流線紋の絹地で立て襟の体にぴったりした、あまり膨らんだところのないドレスを作り、その襟元に泡のような白いレースのつけ襟だけを付けた。

 これはかなり保守的な意匠で、最近の若い娘は高い襟を嫌い、胸を大胆に見せたドレスを好む傾向がある。

 だが、これは本人のカイエンが一番自覚しているが、あまり胸が豊かではない者にとっては似合いようのないものである。ノルマは皇后の晩餐会という場も考慮に入れたのであろうが。

 そして、その上に貫頭衣のような直線的な青紫の長衣を重ねさせたのである。長衣の袖は長く、長い袖の途中からラベンダー色のドレスの袖を出すように作られている。長衣の長い袖と、裾には、染めと刺繍で薄白いリコリスの花が描かれていた。

 リコリスはハウヤ帝国では白い百合と同一視されることもある。

 首元から床までまっすぐに伸びる長衣は、平均よりもかなり小柄なカイエンの身長を高く見せる効果もあった。

 装身具としては、大公家に伝わる宝飾品の中から、肩先から衣服に縫い付けられ、緩やかに胸元をおおう、金で連ねられた琅玕翡翠の鎖が選ばれた。

 カイエンはなぜこれだけが緑なのかと思い、すぐに気がついた。

 これは一人で出来上がる意匠ではないのだ、と。


「あらあらまあまあ、……あなた、こちらも垢抜けてるわねえ。全然飾り物がないのに、なんて立派なんでしょう」

 ミルドラは今度はカイエンの後ろに、かなり居心地悪そうに立っている、ヴァイロンの衣装を褒め上げた。

 夫のヘクトルを振り返って、同意を求める。

 再び、ノルマ・コントの説明を引用すると、この日、ヴァイロンが着せられた衣装とは以下のようなものであった。

「さあ、次はこちらですわよ。この琅玕ろうかん色の生地も、殿下のと一緒に見つけたんですの! ちょっと黒ずんでいますでしょ。染めも刺繍もないんですけれど、ねえ、殿方の衣装は意匠よりも生地と仕立てですからね。意匠は殿下のに合わせましたの。裾はちょっと短くしましたけど。別に生地が足りなかったんじゃないんですのよ。だって十分に背はお高くていらっしゃいますもの」

 ヴァイロンのまとった衣装も、長衣の意匠はカイエンと同じだが、丈は貴族の男子の礼装の上着と同じく、膝丈よりやや長いあたりで切られている。

 その滑るような光沢の生地は、彼の目の翡翠よりも黒ずんだ緑色だ。

 この、ヴァイロンのまとう翡翠色との兼ね合いで、カイエンの金で連ねられた琅玕ろうかん翡翠の鎖は選ばれたものらしい。

 男のヴァイロンには装飾品はない。彼の場合には髪の色が炎のようだから、それで十分だ。

 地味といってもいい衣装だが、カイエンと一緒になると、映える。


「……ノルマ・コントか」

 クリストラ公爵ヘクトルもうなずいた。

「ミルドラ、帝都にいる間に、娘たちの衣装を頼んでおきなさい」

 そう言う、クリストラ公爵夫妻の装いも立派である。

 ヘクトルは髪の色と薄青の目の色に合わせたのであろう、灰色がかった重厚な青色の衣装。ミルドラもそれに合わせている。カイエンたちと比べると地味だが、彼らの年齢からしても、それは自然なことであった。




 こうして。

 その日の日没後。

 彼らは皇帝の執務する海神宮の中へと脚を踏み入れるのである。

 回廊を通り、海神宮に入ると、すでにザラ将軍が待っていた。彼はなんとその年まで独身なので、夫人は同伴していない。

 にやっと、不敵に笑う将軍も、今夜は武人らしくない宮廷人の装いだ。

「こちらでございます」

 先導する皇后の女官の後を、銀の握りのついた黒檀の杖を右手につき、左手はヴァイロンに託したカイエンが続き、その後にクリストラ公爵夫妻。それからザラ将軍。最後に侍女の二人。

 案内されたのは、海神宮の中にある謁見の宮の内、「睡蓮の間」。

 重々しい観音開きの扉が開かれる。

 部屋の中は幾つものランプで、明るく彩られている。 

 天井にもガラスの中に灯火を灯した、巨大なシャンデリア。

 部屋の中には、長い、巨大で真っ黒な食卓。これまた黒い、背中の高い黒檀の椅子がその周りを囲んでいる。

 そして正面の、睡蓮の壁画の前に座る三人。

 そこには皇后アイーシャだけではなく、皇帝サウルの姿もあった。

 カイエンがアイーシャに会うのは数年ぶりかもしれない。思えば、父アルウィンの死後に会ったのは大公就任の時だけかもしれない。

 アイーシャは輝く金色の髪を高く結い上げ、真紅のドレスを身にまとっている。彼女の紋章が紅薔薇であるように、彼女は赤い薔薇のような色と意匠を好んだ。

 額には皇后の略式冠。ダイヤモンドが光輝く。

 さりげなく置かれた左手には、すべての指に色とりどりの指輪が光っている。いつものとおりの皇后アイーシャ。

 見れば、皇后の横には第一皇女のオドザヤが身を固くして座っている。オドザヤのドレスは濃い薔薇色。皇后の華やかさを侵さない若い娘の色合いだ。

 皇后とよく似ているが、まだ若いオドザヤ皇女は皇后にはおよばない。

 この三人だけが、巨大な黒い食卓の正面に座っている。

 真ん中に座すのは、もちろん、皇帝サウル。皇后と同じく王冠を戴いている。 

 漆黒の髪、カイエンと同じ灰色の瞳。同じように血の気がない顔色はあの日と同じく厳しい。


 あの日。

 カイエンにヴァイロンが男妾として与えられた日と同じ。


 カイエンは巨大な食卓の周りを見た。

 皇帝一家の向かって右側の上座に一人の若い男が座っている。

 初めて見る顔だが、これが隣国ベアトリアの王太子だろう。名前はフェリクス。中肉中背で濃い金髪をやや長く伸ばしている。年齢は二十歳過ぎといったところだろう。皇帝隣席のこの私的な晩餐会に臨席する緊張からか、顔がやや強張って見えた。

 それ以外に座っているものは、なんと、四人だけ。

 一番下座に、神官の装いの男が一人。

 カイエンが見ると、男は顔をはっきりとこちらへ向けて、会釈した。

 彫りの深い、真っ青な目が印象的な男で、年齢は三十前後だろう。

 褐色の地味な神官服は、アストロナータ神殿の神官のものだ。

 外世界からこの大地に降り立ち、天地を創造したという神は、多神教で多くの神々を祀るこのハウヤ帝国でも異色で、その神官は大地を示す褐色の神衣をまとう。

 彼は、アストロナータ神殿の神官の筒型の高い帽子を脇に置き、悠然と座っている。

 この顔は、カイエンの見るところ、クリストラ公爵夫妻、ザラ将軍ともに初めて見るものらしかった。

 神官の向かい側の下座に、落ち着きなく座る後の三人のうち二人は、あのスライゴ侯爵アルトゥールと、その若い妻、ニエベスだ。

 最後にあのウェント伯爵が一人で青い顔をして座っている。彼にも妻がいるはずだが、その姿はない。



「座れ」

 皇帝サウルが、入ってきたカイエン以下に命じ、女官が壁際から出てきて、各人を席につけた。

 ブランカとナランハの二人の侍女は、食卓にはつけないので、部屋の壁側へ女官と共に下がる。

 カイエンはフェリクス王太子の向かいに、その隣にヴァイロン、フェリクス王太子の隣にクリストラ公爵夫妻。

 最後にヴァイロンの隣にザラ将軍が着いた。

 黒い食卓はあまりに巨大なので、末席の四人との間にはかなりの距離がある。

 こうして、皇帝一家以下、総勢十三人が食卓に着いた。

 全員が座ったのを見てから、皇帝がうなずくと、すぐに給仕たちが現れ、食前酒の用意を始めた。

 皇帝は「座れ」と言ったきり、なにも言わない。

 乾杯の時だけ、皇帝の身振りで皆が立ったが、座ってからは無言のままだ。

 開会の弁もなく、前菜が供されると、その場に座るものたちははっきりと二色に色分けられた。

 無言のまま、落ち着き払っている者たちと、無言に怯えて、きょろきょろとあたりを見回し、落ち着かない者とにだ。

 皇帝夫妻、カイエンとヴァイロン、クリストラ公爵夫妻にザラ将軍。それに一番下座の、あのアストロナータ神殿の神官は、落ち着き払って料理を口に運んでいる。

 だが、可哀想な若いオドザヤ皇女は、残念ながら後者だった。彼女はどうして皇女の中で自分だけがここに呼ばれて座っているのかもわからないのであろう。カイエンは見ていて可哀想に思ったが、皇帝が黙っている以上、どうしようもない。

 ベアトリア王太子のフェリクスも自分がこの場にいる理由がわからないのだろう。

 アイーシャの方を時折見ては、様子をうかがうが、皇后はそちらを見ようともしない。落ち着き払って見えるが、皇后とても皇帝の意向の全てを知るというわけではなさそうだ。

 そして。

 スライゴ侯爵夫妻とウェント伯爵にとっては。

 おそらく彼らは皇后主催の非公式晩餐会と聞き、もっと多くの客人が招かれる、華やかなものを予想してここにやってきたのに違いがなかった。

 部屋に案内されて初めて、たった十三人の晩餐だと、それも、現在進行中の事件関係者のみが招かれたものだと知ったのであろうと思われた。

 人妻であり、オドザヤ皇女のお茶会ではカイエンに一人前の口をきいて見せたニエベスは、その十六歳という年齢そのままに、夫のアルトゥールの影に隠れるようにして震えている。

 前菜が終わり、スープが運ばれる頃、いきなり皇帝が一言だけ言葉を発した。

「モラエスは来られなくて残念だった」

 モラエス男爵。

 アルベルト・グスマンに殺されたあの黒衣の男である。

 この発言には皇后も食べるのをやめて皇帝の方を見た。

 カイエンやヴァイロン、ザラ将軍にクリストラ公爵夫妻はモラエス男爵は来たくてももう来られないことを知っているから、彼らも一瞬だけ動作を止めた。

 モラエス男爵もアルトゥールと同じく、皇后の取り巻きの一人だったことは、もう調べがついている。

 モラエス男爵がグスマンに惨殺されたことを知っているはずのスライゴ侯爵アルトゥールは真っ青になって、思わず、ナイフを取り落とした。

 金属音が沈黙の中で響き渡る。

 こうなってはアルトゥールさえも気の毒に見えてきたが、誰も言葉を発しようとする者はなかった。

 その後、皇帝はもう口をきかず、晩餐会は静寂のうちに進行していった。

 フェリクス王太子は隣国からの客人として、何度か口を開こうとしたが、場の重苦しい雰囲気に押され、とうとう何も言えなかった。

 彼は、時折、皇后と皇女の方を見ながらも、途中からは諦めてこの沈黙の苦行に身をまかせることに決めたようだった。

 魚料理が終わり、揚げ物や肉料理が運ばれ、人々の胃の腑を満たし、何本かのワインが開けられ、沈黙の中で飲み干された。

 そして、果物や菓子が運ばれる頃。

 皇帝はおもむろに話し始めた。

「今日は、この国の今後の方向を決めるため、皆に集まってもらった」

  この国、ハウヤ帝国の今後。

 皇帝や皇后、大公のカイエンや皇妹のミルドラとその夫、クリストラ公爵ヘクトル。この辺りまではそういう話し合いにもふさわしいと言えなくもなかったが、それ以外のメンバーは身分、役職共に、明らかにふさわしくない。

「まずは……オドザヤ」

 皇帝は横に座る長女の方を見た。

「そなたに聞こう」

 カイエンは皇帝とオドザヤ皇女がどのような間柄かよく知らないが、このメンバーの前で皇女に聞くこととはなにか、想像できなかった。

 皇帝は、前に置かれた紅茶の茶碗をカップの取っ手をとって揺らしながら、言った。

「そなたは女帝として、余の跡を継ぐ気持ちがあるか?」

  なるほど。

 カイエンは知った。

 これは、皇帝がヴァイロンの件から始まった事件の背景をすでに知ったと言うことだ。

 この場にヴァイロンやらザラ将軍、アルトゥール達や隣国の王太子が呼ばれた理由も判然とした。

 皇帝は皇位継承の典範を変えるかどうか、真剣に考え始めたということだろう。

 カイエンにとってはありがたい方向へ自体は進んでいるのかも知れなかった。

 だが、皇帝の突然の質問に、オドザヤは声も出せない。

 皇后の方が、顔色を変えて皇帝に向き直った。

「陛下! いきなり何をおっしゃいますか!」

 皇帝はゆっくりと皇后アイーシャの方を見た。表情は厳しいまま、カイエン以下の方は見ようともしない。

「アイーシャ、そなたは余に誤った判断をさせたな」

 アイーシャの美貌が引き攣った。ヴァイロンのことで皇帝に囁いた内容を思い出したのだろう。

 何か言おうとするのを、皇帝は手で押しとどめた。

「そのことは、もう、いい。大公以下、迷惑を被った者たちはここに呼んでおいた。今日、余が皆の前で決めたいことは、この者たちにも関係があることだ」

 皇帝は、皇后の顔から正面へと向き直った。

「今日、ここで余は決定したい。皇位継承の典範を変え、このオドザヤが女帝に立てるようにするか、どれとも後宮に新しい妃を迎え、男児の誕生を図るか。それとも、オドザヤに我ら皇族の中から、婿を迎えて次代の皇帝となすか」

 カイエンは思わず目をつぶった。

 皇帝はグスマンたち桔梗館一党の思惑もすでに知っている。

 部屋には咳ひとつ聞こえなかった。

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