第三話 闇の中の男たち
ガス灯も蝋燭の炎すらも灯っていない月明りのみの客車には異様な臭いが立ち込めていた。木材の透き通る匂いに混ざって刺さる鉄の臭いは、生臭さを帯び背筋に鳥肌が立つ。人の気配を感じたが、先ほどの書生姿の男だろうと気にも留めずキョロキョロと見渡す。いまだ男の姿は見つからず、代わりに座席に大量に置かれた四角い箱ばかりが視界を埋め尽くす。きっと木材の匂いはこれだろう。窓から入る月明りで木目調が照らされている。
その木箱の山を眺めながら通路を歩いていると何かに足を取られた。
「いっ!!」
通路に挟まるように倒れた身体を起こす。不意に触れた生暖かい物で手が滑る。はっきりしない視界ではあまりにも不気味な感触に顔を上げると
「う、うわあああああ!!!!」
見開かれた目、断末魔が聞こえてきそうな放たれた唇、そして横たわった書生姿が月明りで浮かび上がり、敢志は叫び声をあげ再び倒れ込む。
「ひっ…はっ…。」
過呼吸になりながら這いつくばってこの恐ろしい状況から逃れようとするが、身体がいう事を聞かない。何とか動く首だけでも回してみれば、奥で何か動くものを捉えた。死人だろうが、息をしている人間だろうがこの状況で味方がいるはずもない。立ち上がろうと手近にある木箱を血濡れた手で必死に掴むが腰は完璧に抜けていた。
「来るな!」
手を振り回す。
走馬灯が駆け巡り、かつ近付いてくる黒い影に気を取られ、背中が疎かになっていた。
敢志に忍び寄るもう一つの影。
「ああ!!」
後頭部に脳を震わすような一撃を食らい、敢志は本当に目の前が真っ暗になってしまった。
「あいつの仲間か?」
死体となった書生姿の男を顎でしゃくりながら気絶した敢志をのぞき込む二つの影。その二人の耳に遠くから呼ぶ声がする。
「おーい。」
二人は死体と気絶した敢志を引き摺り声の方へ向かう。
窓から顔を出すと、本来の最後尾の客車のデッキに仲間が立っていた。
「そろそろ切り離す時間だろ?」
連結部分を指さす仲間に、睨みを効かせる。
「お前、ちゃんと見張ってなかったな?」
「えっ?」
慌てて口元の涎の跡を擦るが、そうではない。
「男が二人侵入してきやがった。一人は警察だ…もう一人は…ただの腰抜けだ。」
「落とすか?」
涎を拭き終え、今度は目にもとまらぬ速さで過ぎ去っていく線路の枕木に視線を落とす。
「乗客が二人も消えたら怪しまれるだろ。それにお前がデッキに出てきちまったのを他の乗客に見られていたら確実にお前が怪しまれるぜ?」
それでもいいのかと言わんばかりに口角が上がり、デッキに立つ仲間の男が生唾を飲む。
「次はヘマするなよ。」
涎が流れる仕草をしながら、書生姿の警察官の男を窓からデッキに移す。そして敢志、最後に血がこびりついた刀が渡され全てが揃った。
「上手くやれよ。じゃ、切り離してくれや。」
デッキに誰もいかないように見張る任務を任されていた男は、殺人現場を作る任務を背負わされ、連結を離す間必死に頭を回転させた。
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