第23話

 城壁まで迫ったところで、俺たちは侵入口を探すことにした。

 さすがに正面から堂々と突っ込むほど俺も馬鹿じゃない。

 瑠璃を背負っている以上は、出来れば隠密に潜入したいところだった。

 煉瓦造りのように建てられた城を見上げてみれば、ため息が出るほどに中々高い建物だ。ここを攻略する手口はどうしたらいいものかと、屋根伝いに周囲を散策してみることにした。


「……兄さん。あそこなんてどうかしら?」

「奇遇だな。俺も丁度同じことを思ったところだ」


 城壁にはいくつかの窓が設置されており、格好の侵入口となっている。

 現在の位置からでは、多少高いところにあるが、まあ問題ないだろう。


「瑠璃。捕まってろよ」


 一息に跳び上がり、窓の近くの城壁にしがみ付く。

 雨のせいでかじかんでいた指が、城壁を掴んだ瞬間に激痛を味わった。痛いなんて泣き言は言ってられず、瑠璃に悟られない様に声を押し殺す。

 一度、息を整え、侵入口を覗いてみたが、カーテンが掛けられて中の様子を確認することは出来なかった。

 誰かいるのかいないのか。その先が部屋なのか、廊下なのか。

 それぐらいの情報は得たかったのだが、この天候下では仕方がないか。

 俺は落とさないよう、瑠璃を器用に背負いながら、片手にボウイナイフを構える。


 一か八か。あとのことは、侵入して考えればいい。


 今は時間を急ぐ身なのだから、多少手荒にいかせてもらおう。

 振りかぶったボウイナイフで窓ガラスを砕き、滑りこむように身体をくぐらせる。

 揺れるカーテンに視界を遮られながら、そのまま引き千切って硬い床の上に着地した。


「……邪魔だ」


 頭に被ったカーテンを鬱陶し気に脱ぎ捨て、現状把握。


 場所は廊下。

 敵は五人。

 やるべきことは、一瞬で決まる。


 悲鳴……だろうか。異世界の言葉で発せられた声を聞き届けると同時に、五人の死体が積み上がった。

 血の付いたボウイナイフを振り払い、斬った五人の亡骸に目を通す。

 メイド服のような仕事着を纏った女性だ。

 どうやら、異世界の兵士ではなかったらしい。まぁ、だからどうしたという話しだ。相手が一般人に相当したとしても、俺たちは引き返せないのだ。

 ここで大声を叫ばれて、増援が来られても面倒なことになっていただけだろうし。

 そう思えば、条件反射のように動いたことは、間違いではなかったと実感させられる。


「召喚の儀式とやらは、どこでやっているんだ」

「それよりも……まず、王様を見つけた方が早いんじゃないかしら」

「闇雲に探し回しまわるよりも、そっちの方がいいか。どうせ儀式には王が関わっているんだろうしな」


 となると、探し方が変わってくるな。王の居場所に見当をつける方がいくらか簡単な作業だ。


「やっぱり、王様だから最上階にいるのかしら?」

「偉そうな地位についている奴は、下の者を見下したがるからな」

「もう……そんな言い方はダメよ。王様の威厳を見せるためよ」


 どっちにしろ、偉ぶっていることに変わりない。


「なら、とりあえずは最上階に行くか。もしいなければ、上から下へと順に探していけばいいだろう」

「うん。その方が手っ取り早いと思うわ」


 瑠璃の了承も得たところで、おもむろに走り出す。

 上へ行けばいいと簡単には言うが、この城の構造が全く分からない。

 どこかしらにエレベーターなり階段なりあると思うが、それがどこにあるのかが分からない。

 結果、闇雲に走り回らざるを得ない。

 途中でメイド服を着た連中が見えてくるが、声を上げられる前に斬り殺す。

 この城に就職している奴らは、働き者で何人も何人もすれ違う。

 その度に斬る。殺す。斬る。殺す。斬る。殺す。

 ボウイナイフで一刺しするだけで、糸が切れた人形のようにくたばっていく。

 まるで何かの職人のように、すれ違いざまにいのちを切る。それは、単調な作業の繰り返しだった。


「兄さん、あまり無茶苦茶に走り回ると人が来ちゃうわよ」

「だからといって、立ち止まる訳にもいかないだろう。悠長にしていられる時間はないのだから」

「それは……そうだけど」


 本来なら、もっと慎重に動いて、最小限の被害で事を済ませてしまいたいのだが、残念ながら時間がない。

 こうしている間も瑠璃の体調は悪化していっているのだ。

 体温は依然、火照ったままで背中が焼けるように熱い。

 そんな瑠璃を背負った状態でのんびりする、なんて考えが巡るわけがない。

 次第に焦りと不安が募り、斬り方も雑になっている。

 それがマズかったか。目撃者でもいたのか。城内がにわかに慌ただしくなってきた。


「見つかったわ」

「……っクソ。邪魔ばかりしやがって」


 前から後ろから、ぞろぞろと狭い廊下にアリがたかるように群がって来る異世界人。

 苛ついてくるが、気持ちは抑え込んでおく。表面に出したところで冷静さを失うだけだ。


「囲まれちゃったよ。兄さん」


 鎧を纏っている様子を見れば、こいつらは異世界の軍隊だ。

 さすがに全員を相手になんてしてられない。後方にいる連中は無視して、正面突破が有効か。


「正面から行くぞ、瑠璃」

「うん」


 軍勢の中に押し入り、目に付いた奴から次々と斬っていく。

 狙い場所は首から上。それと胴体以外。あとは鎧に覆われているから、斬っても致命傷にすらならないだろう。

 血飛沫が舞い、桜のように散っていき。

 身体の一部を切断された奴らは断末魔を上げ、やがて静かになる。

 もう何度繰り返しているのだろうか。

 飢えた獣のように上から、あるいは下から続々と現れては、特に何かを成し遂げるわけでもなく、散っていく。

 アホらしくもなってくる単調な快進撃。

 ただ一つ問題がある。疲れてくるということだ。

 やはり、これだけの数が一斉に攻めてくるとなると、息も上がり、体力が蝕まれていく。


 尽きるか――。保つか――。

 勝つか――。負けるか――。

 生きるか――。死ぬか――。

 やり遂げられるか――。やり遂げられないか――。


 侵入口から計算しても、そう遠くはないはずだと思っている。

 上階から湧いてくる軍勢に突っ込み、いくらかは階段を登り切っていた。


「兄さん――たぶん、あそこだわ」


 立派な装飾がいけ好かない大扉を瑠璃は指さして、場所を指示してくれる。


「やっとか……」


 目の前にちらついた終着点に気持ちが昂る。

 瑠璃の苦しみももうすぐ終わらせてやれる。

 胸糞悪い体験をさせた、異世界とも別れを告げられる。

 行く手を阻む最上階の異世界人を一人残らず血祭りに上げ切り、量産されてきた死体の数々とまき散らされたおびただしい量の血が、俺たちの憎悪を物語っている。

 ようやく扉の前まで到着し、そこで立ち尽くして息を整えた。


「――何もかも終わらせてやる」

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