第24話

 苛立ちや憎しみなど今まで感じて来たありったけを込めて扉を蹴破って中に入る。

 いっそのこと扉ごとぶち壊れてしまえば良かったのだが、そこまではいかなかったようだ。

 広々とした室内に手土産として、異世界人の遺体を放り投げる。

 どよめきが波紋を描いて、うるさく感じる。

 だが、しかしその中に一人、飲み込まれていない奴がいた。

 風格を現す荘厳な衣装が鼻につく奴だ。一目で分かった、アイツが異世界の王。

 俺たちを召喚した元凶だ。


 ……さて、殺るか。


 どうせ、言葉が通じない奴らだ。王だけ残して、あとは殺してしまえばいいだろう。


「待て……!」


 不意にどこからか、片言の言葉が発せられる。

 俺は瑠璃が喋ったのかと思って、顔を向けると目が合った。どうやら、瑠璃も俺が言ったものだと思っているらしい。

 それもそうか、どちらかというと野太い男性の声のような気がしたからな。瑠璃がそんな声を出せるわけがないか。


「待て。これは、お前たちの言葉だろう」


 続けて、片言の言葉がもう一度響く。しばらく俺たちは困惑し、状況を飲み込むまでに時間がかかってしまう。


「もしかして……あなたが喋っているの?」

「Oh……どうやら通じたようだね」


 気色悪い話し方をしていたのは、どうやら異世界の王だったらしい。

 言葉が通じていることに安堵の様子を見せている王。何を企んでいるのか、見極める必要があるな。


「まさか、私たちの言葉を話せるなんて……思ってもみなかったわ」

「異世界人を召喚しているのだから、お前たちの言葉話せるようにする必要があたからな」


 ああ、そうか。こいつらにとって、俺たちの認識は異世界人になるのか。こいつらと同類のようで無性に腹が立つな。


「どーだろ? ちょと我輩と話しをさせてくれないか」

「お前らと対話するつもりなんかこっちにはない。さっさと俺たちを元の世界に戻せ! さもないと、お前ら全員殺すぞ」


 足元の転がっている異世界人の死体。王に付き従っている軍人どもは、そいつを視界に納めてはびくついている。


「異世界に返すわけにはならぬ」

「じゃあ、死ね」

「――ま、待ってあげてよ。兄さん。話ぐらいは聞いてあげましょうよ」

「……」


 性根が優しいからな、瑠璃は。瑠璃の懇願とあれば、聞いてやらないわけにはいかないか。


「手短に話せ」

「Oh……助かるよ」


 片言の日本語に英語を混ぜて来やがって。馬鹿にされている気分にもなってくる。

 一応、言葉は通じていても、完全に話せるようになっているわけではないみたいだ。下手くそな話し方が気に喰わないが、我慢してやろう。


「この世界はいま、隣の国との戦争状態にあるのだ。そのために君たちの力を貸してほしい」


 手短に話せとは言ったが、色々と省略しすぎていないか。こいつ。


「あなたたちの戦争に関わらせるために私たちを呼んだってことなのね」

「下らん。そんなもん自分たちで解決しろ」

「Oh……そんなことは言わないでくれよ」


 ……腹が立つ。


「敵国はいま、我輩の国を結界で閉じ込め、延々と雨を降らして弱体化させてきているのだ」

「降りやまない雨の正体は、魔法だったってことなのね」

「我輩たちが反撃の手に出られるのは、魔法が切れた瞬間しかない。その時を待つ間、我輩たちの国に伝わる召喚魔法を使て、異世界人に助力を頼んでいるのだ」

「それが私たちを呼んだ理由……」

「君たち、異世界の人たちは、我輩たちが持ちえない素晴らしい武器と力を持ているだろ。その力をどうか貸してほしいのだ。戦争が終われば、君たちは返すから」

「だから、俺たちはそんなもんに関わる気はないと言っている。さっさと元の世界に戻せ」

「Oh……君たちはこの世界を見捨てると言うのかね。なんて外道な」


 こいつ……本当に腹が立ってくるな。


「知るか。お前らこそ、この瑠璃の弱った姿が目に入っていないのか! お前らの仕打ちのせいで、瑠璃がどれだけ苦しめられたと思っている!」

「それは失礼なことをした」

「そう思うなら、俺たちを帰らせろ。瑠璃の病気を和らげるには、一刻も早く変える必要があるんだよ」

「治たら、戻てきてくれるか?」

「調子いいことばかり抜かしているんじゃねえぞ」


 俺はもう限界まできている。……いや、落ち着け。王の話術に乗ってどうする!?

 つい凄んでしまったせいか、殺気に当てられた王たちは怯みを見せた。


「し、しかし。本当なら、君たちもこの城に召喚されるはずだたのだ。それが、予期せぬトラブルが起きて、こんなことになてしまたのだ」

「お婆ちゃんも言ってたわね。……ねえ、そのこと詳しく教えてちょうだい」


 たしか、祖母の話しでは詳しい経緯は分からないとのことだったが、王ならば知っているのか。


「我輩が呼び出す予定では、一人だけのはずだたのだ。なのに、なぜか二人も召喚されてしまたせいで、呼び出す場所がズレてしまたのだ」


 一人だけ……だと?

 いや、よく思い返せ。俺たちが召喚された瞬間の時を――。

 あの日は仕事を終え、瑠璃と一緒に夕飯を食べ終え、そのあとは自宅の庭で過ごしていた。

 その瞬間だった。

 突如、謎の光が俺を覆い尽くし、体中に得体の知れない違和感が付き纏ってきた。

 訳も分からず、困惑するしかなかった瑠璃は、そんな俺の元にとっさに手を差し伸べてきたのだ。そして、光で包まれている俺と瑠璃の手が重なり合った時、気が付けば異世界に飛ばされていた。


「まさか……私の行動が、すべて狂わせてしまったの……?」


 行きつく結論はそれしかないだろう。

 王は俺を召喚しようとした。だが、そこに予期していなかった第三者が加わった。つまり、それこそが原因なのだろう。


「わたしのせいで、兄さんに迷惑かけてしまったの?」

「いや、そんなことはない。瑠璃がいてくれたおかげで、俺はまともにこの世界で戦い抜くことが出来たのだ」

「でも……」

「それに、瑠璃を一人向こうの世界に残してしまっては、俺は心配で夜も眠れなかっただろう。むしろ、一緒に飛ばされて良かったと思ってるよ」

「そう……そうよね。私も同じ気持ちになるわ。兄さんがいない世界なんて、私生きていける自信がないもの」


 いままでの生涯で二人別れて生きていくことなんて考えたこともなかった。

 俺は瑠璃の病気のために支えてやらなければならないし。瑠璃はそんな俺をあらゆる方面から支えてくれている。

 二人で一人の生き方しかしてきていないのだ。


「あ……一つ気になったのだけど。私たちの力が必要なのに、どうして殺そうとしてきたの? 最初に話していたことと違っていないかしら」


 王は戦争の道具として、俺たちを召喚したとか言っていた。確かに、瑠璃の言う通り、戦力となる俺たちを殺そうとするのはおかしいことではあった。


「不幸な行き違いだたのだ。我輩は、部下共に君たちを捜索させ、生きて連れ帰るように指示を出していたのだ。だがしかし、意志相通が出来なかた故に、無駄な争いが起きたのだ。そこで今度は、君たちと言語が通じる異世界の人間を送たのだが、どうやら上手くいかなかたようで。更に悲劇を生んでしまた。君たちには申し訳ない事したと思てるよ。Oh……許してくれ。こんなはずじゃなかたのだ」


 色々と食い違いがあって、今回の騒動まで発展したのだろう。おかしな話しだ。

 救いの救世主を呼んだつもりが、まさかこんな悲劇的な大損害を生むとは思いもしなかったのだろう。

 ただ、一つ。気になることはあるにはあるのだが。


「溝杭という男は知っているだろう」

「……誰だ?」

「……は? 誰って俺の後に呼び出したはずの男だ。銃と体術を使いこなし、厳つい顔面をした、俺と同じ殺し屋をやっている男だ」


 いちいち説明しないと分からんのか。呼び出した連中の名前すら把握していなかったみたいだな。


「Oh……あの男のことか。確かに彼にも捕獲命令を出したよ」

「ちょっと待て。あいつは俺のことを本気で殺す気でいたぞ」


 瑠璃を狙いこそはしなかったものの、俺には間違いなく殺す気でいた。


「そんな馬鹿な……」

「あいつは殺しの仕事しか引き受けない筈だ。本当に捕獲命令を出したのか?」

「誓って、本当だとも」


 だとするとあいつは嘘を吐いていたことになる。

 なぜ? いや、それは俺が分かっていることか。

 あいつは元の世界に戻ることを放棄し、この世界に留まることにしていた。戦争をするというのなら、あいつには適した仕事環境とも言えただろう。

 だが、現実には最初に与えられた内容は捕獲命令だ。本来なら、断っているはずの内容だ。なのに、引き受けた。理由は決まっている。

 相手が顔なじみである俺だったからで間違いないだろう。

 俺たちが元の世界に戻ると決め、あいつは異世界に残ると決めた。もう二度と顔を合わすこともないのだから、あいつは全力での決着を望んだのだ。

 もしあいつの口から、殺し以外の仕事を引き受けたなんてことを聞けば、俺はどんな反応を起こしてただろうか。

 いままで貫いてきたプライドをへし折ったことについて、俺は失望を隠せなかったかもしれない。

 お前はそんな奴じゃない、と。

 仕方のなかったことだというのは、今にしてみれば分かってしまう。

 異世界に残ると決めたからには、プライドを折らなければ生きてはいけないのだから。

 王の軍門に下ったことについても、やはりショックは隠せないが、あいつなりに新生活を掴もうとしていたのだろう。

 そんなときに俺と出会った。だから、あいつは最後に殺し屋としてのけじめをつけようと、嘘を吐いた。

 再三に渡って、異世界に残れなんて言っていたが、あれは俺たちの意思を確認したかったのだろうな。


「……兄さん」

「……」


 瑠璃が気づかわし気に話しかけてきてくれるが、俺の頭には溝杭のことで一杯だった。

 色々と因縁の多い奴だったが、そこそこ楽しい商売相手だった。

 今更こんなことを考えてもどうしようもないが、亡くしてしまったのは悔やまれた。

 だが、俺たちは元々そういう関係だ。相応しい最期を迎えられたのだろうと思う。


「瑠璃。俺の後ろから一歩も動くなよ」

「え……?」

「そこが一番の安全圏だ」


 親父を殺してからでも、溝杭は俺たちのことを気にかけてくれていた。

 そんなあいつに俺は、瑠璃と一緒に必ず元の世界に戻ってやると言い放ってやった。

 だからこそ決着を付けた。溝杭と朽月が揃うことは、未来永劫もう叶わないのだから。


「な、なにをするつもりだ?!」

「最初に言っただろう。俺たちは元の世界に戻りたいんだ。邪魔をするなら、お前以外を殺すぞ」


 気付けば、ボウイナイフと鎖鎌を握っていた。


「ま、待て! 我輩たちは争う気はないのだ! ただ、ほんのちょとだけ手を貸してほしい――」


 手が滑った。とでも表現しておけばいいのか。

 王が言い終わる前に俺は、鎖鎌を投擲し、手元に引き戻していた。

 短い悲鳴と共に静かに倒れ込む異世界人の軍隊。


「これ以上は言わせるなよ」


 見せしめのつもりだった。

 語る気はない。

 溝杭に大見得を切って、あいつはそれを成し遂げると思い込んで死んだ。

 瑠璃のため、俺のため。と言い聞かせて戦ってきたが、ここにきてもう一つ。あいつのためにも絶対に成し遂げてやる。


「あn66t626w6h5tt6らえy6!!」

(あの男をひっ捕らえよ!!)


 王のでかい号令が響き渡る。

 軍人どもも倣って、威勢よく叫びながら真っ向から挑んできやがった。


 俺たちと異世界――最後の戦いの幕が切って落とさた。

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