第21話

 これは昔、親父から聞かされた話だ。

 姿も見たことがない、俺たちの祖母。朽月珊瑚について――。


 親父は自分の母親である、朽月珊瑚の偉業を自慢げに話していたのを覚えている。

 正直な感想を言うと、くだらない話で話半分程度にしか聞いていなかった。

 同業者から一目置かれるほどの美貌だとか。類まれなる才能の持ち主だとか。こなす仕事一つ一つが完璧だとか。

 そんなことを親父は、恥も外聞もなく語っていた。

 だが、聞かされたところで俺は会ったこともなければ、顔すら見たこともない。まるで赤の他人の偉業を聞いているような感じだ。第一、よくもまあ自分の母親のことをそこまで自慢げに語れるもんだと思った。

 親父には悪いが、大抵の話しは嘘くさく感じ、どうせ過剰な脚色でもしているんだろうということは、ガキの俺でも何となく疑っていた。瑠璃はそうでもなかったが。

 それでも、親父が何度も何度も繰り返していたせいで、一部のエピソードは鮮烈に記憶に残っていた。



 朽月珊瑚は、圧倒的な身体能力でもってあらゆる仕事をこなしていたらしい。商売敵である溝杭ですら、手を焼かされたとのことだ。

 おそらく、この話しは真実だろう。

 俺が殺した溝杭舜華の父親は、朽月珊瑚の手によって殺されたって言っていたから間違いない。その後、溝杭舜華は若くして朽月珊瑚と仕事先で半殺しにされ続けてきたらしい。だからこそ、溝杭舜華はあれだけの強さを誇れるようになったんだろうし、親父を殺す時も躊躇なくやれたんだろう。

 ある意味、朽月珊瑚に鍛えられたようなもんだ。それが、やがては自分の息子であり、俺の親父でもある朽月宗玖を殺すことになるんだが。運命という奴は残酷だ。

 溝杭が倒されたことによって、一時期は裏社会を完全に支配し、朽月に刃向ってくるものなど誰もいない有様が続くことになった。そのことは俺も後から知り、裏社会に属している者は誰もが知っている話だ。

 そうして、依頼人たちは朽月珊瑚と契約を結ぶため、周りの奴らよりも巨額の大金をはたく依頼者が続出した。

 一番金を多く出すか、それに値するほどの報酬を払える奴が契約を結ぶ。大人の汚く、醜い部分がさらけ出される瞬間だ。

 その状況のおかげで朽月の家は巨万の富を得るかと思われたのだが、朽月珊瑚は報酬に惑わされずに身の丈にあった仕事を選んだ。

 それは、たった一人の息子と一緒にいられる時間を作るためだったからだと親父から聞かされた。

 金は欲しいが、身内と一緒にいられる時間の方を優先したいが故に楽な仕事を選ぶ。報酬なんて最低限、生きていく分だけあれば良かった。その気持ちは何となく理解できる。

 俺も瑠璃とは出来れば側に付いてやりたい。瑠璃も俺が怪我をして帰って来たときなんかは、ひどく心配して、ある時は泣き出すこともあった。

 朽月珊瑚は息子を溺愛し、俺は瑠璃を大切に想っている。殺し屋業を引き継いでから、祖母とは似た者同士なのかもしれないなと感じた。

 だが、そんな栄光の時代は唐突に終わりを告げてしまった。

 息子を残して、朽月珊瑚が謎の失踪を遂げたからだ。

 親父は必至に探し回り、依頼主を訪ね回ったのだという。

 そのおかげで、朽月珊瑚失踪の噂は瞬く間に裏社会中を駆け巡り、誰もが知る悲劇として語り継がれた。

 この件に関して、ある者は歓喜の声を零し、ある者は悲哀の涙を零したのだという。しかし、驚愕を表さなかった者は誰一人としていなかった。

 間もなくして、裏社会最大の残虐な時代が迎えた。

 裏社会の支配者がいなくなり、いままで鳴りを潜めていた殺し屋連中は我こそはと暴れ出すこととなったからだ。

 こうして、裏社会に再び血と暴力の時代がやってきた。

 しかしながら、その中でも一際目立った存在があった、それが没落した溝杭の殺し屋だ。それに対抗するかのように親父も朽月を引き継いだのだが、まるで相手にならなかったらしい。

 あまりにも若い最後だったため、不十分な力で引き継ぐことになってしまったからだ。

 それが歴代朽月最弱の当主、三代目朽月宗玖の誕生でもあり、歴代朽月最強の当主、朽月珊瑚の最後でもあった。


 今でも――朽月珊瑚の名前は伝説として語り継がれている。

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