第10話
異世界人から逃げ切った俺が最初にするべきことは、ぐったりとした瑠璃の手当だった。とはいえ、俺には医療の心得はなく、何をするべきかも分からない。しかし、このまま城へと向かうのは瑠璃に負担がかかり過ぎる。とりあえずは人心地のつける場所を探すか。
街道を通るとまた軍の連中と鉢合わせてしまう危険性もあり、土砂降りの中、湿気った森林をひたすらに歩き続けた。
果たして、雨風の凌げる場所があるのかと希望も薄く探しまくった結果、一軒の小屋を見つけた。おそらくは、林業を生業としている奴が住んでいるのだろう。
それらしい器具は見当たらないが、近くに伐採された木が積み上げられている様子から勝手に判断した。
本来なら朝の陽ざしが差してもおかしくはない時間帯だが、この雨と雲の量ならば小屋に電気が灯っていたとしても違和感はない。むしろ、中に異世界人が住んでいるということが知れたことに感謝の一つでもさせてもらいたいぐらいだ。
ともかく、あそこを使わせてもらうために、在宅している人物を小屋から引きずり出してやる。
窓から確認できるのは二人の異世界人。この程度の連中ならたやすいものだ。
俺の腕の中で脱力感に苛まれた瑠璃の容態をもう一度確認する。目を瞑り、荒い呼吸を繰り返す瑠璃。
「もうちょっとの我慢だ。すぐ、奴らを追い出してやるからな」
ノックをして応対にでた異世界人を一刺し。抜いて引き戻したボウイナイフを口に咥え、邪魔なこいつを外へと投げ飛ばす。
咥えたボウイナイフを手に持ち、血を払って部屋にいるもう一人の異世界人に目を配る。
突然の光景に一瞬、呆気に取られた異世界人はCDのような円盤を手に取った。すると、円盤の縁から鈍い光を放ち、ディスクが二重になってズレているかのような姿に早変わりした。そのズレて現れた方からは光と共に機械の駆動音に近い音を鳴らしている。まるでチェーンソーの刃を想起させるような音だ。
あれは危ない。ボウイナイフごときで到底防げそうにもないと判断して腰に戻す。同時に俺は抱いた瑠璃も床に座らせた。
異世界人は円盤型チェーンソーで俺に斬りかかってきたが、顔面に鎖分銅を当ててやった。しばし痛みにうろたえている異世界人。
その隙に得体の知れない円盤を手にした方を掴み、切れ味を確かめるべく、もう片方の腕に押し当ててやると、異世界人の絶叫とともに切断された。同時に円盤型チェーンソーが異世界人の手から落ちたが、すでに刃は
無くなっていた。拾ってみるも鈍い光が発することはない。
俺には反応しないのか? そう判断したが、すぐに撤回した。異世界人の特有の力である魔法。これもそれの一種だと捉えれば、俺には反応しないという理論が成り立つからだ。
黙考を終え、足元で喘ぐような声を出し続ける異世界人を外へとつまみ出す。息の根を止めてやっても良かったが、それよりも今は瑠璃を休ませてやりたい。
ふらふらと雨の中を彷徨うように逃げ出していく異世界人。あいつは自身の命が拾えたことを瑠璃に感謝してもらいたいものだ。
かくして異世界人の血で汚れた部屋を乗っ取り、瑠璃をベッドに寝かせて毛布を被せる。
「俺が側にいてやるから、ゆっくりと休むんだ」
「……絶対だよ? ……絶対に私が寝ちゃっている間にどこにも行かないでよ?」
「ああ、分かってる。瑠璃を置いてなんてどこにも行きやしないさ」
「……約束だよ」
「分かったから、ほら……少し寝ておくんだ」
気休め程度にしかならなそうだが、俺の纏っている外套も被せてやる。顔に触れ、火照った身体の体温から察するにかなりの熱があることは確かだ。しばらくは動けそうになさそうだ。
瑠璃の看病に出来る限りの時間を割いてやるべきだろう。そのためにも今の俺にやるべきことは何がある?
「とりあえず、食事が必要だな」
できれば栄養のあるものがいい。
部屋の中を見渡すと、冷蔵庫のような物に目が留まる。開けるとパックに詰められた食べ物がいくつも置いてある。
「惣菜品……か?」
多種類の草や木の実が混ぜ合った物はサラダ的なものか。あとは、見るからに肉類と思われる料理。肉類はさすがに今の瑠璃には酷だろうと思い、サラダ的な料理を毒見がてら喰ってみる。生野菜を喰ってるような簡素で自然の味だ。調味料でも足せばいいのだろうが、これはこれで喰えないことはない。
「瑠璃? 腹は減ってないか?」
返事は帰ってこなかった。もう寝てしまったのか?
気になって顔を覗いてみると、寝息を立てて安らかな寝顔をしていた。よほど疲れていたのだろう。このまま黙って寝かしておいてやるべきだな。
俺は冷蔵庫から肉類とサラダ的な料理と水を取り出し、ベッドを背もたれに一息つき、喰いながらここまでのことを振り返っていると、ある疑問が湧いた。
俺たちのいなくなったあと、現実世界の方はどうなっているのだろうか。
日本刀の件も含めて、瑠璃が推測するには異世界に連れられたらしい。そうなると俺たちの存在は消えたということになるのだろうか。裏家業をやっている以上、世間的にはそこまで大きな騒ぎになっていないと思うが。
しかし、ここに連れられてからはもう何日も経っている。早ければ、依頼人や瑠璃の主治医である闇医者あたりが気づいてもおかしくはない。だが、たとえ気づいたとしても、向こうからこちらへと干渉する手段がなければどうすることもできないのだが。
判明している干渉方法はただ一つ。奴らだけが開けるあの空間だけだ。そこに飛び込めば元の世界に戻れる可能性がある。
瑠璃の病気のこともあるが、早めに戻らなければ元の世界での俺たちの存在が危うくなってしまうかもしれない。
行方不明扱い、最悪は死亡扱いか。そうなってしまえば、戻れたとしても社会的に俺たちの居場所がなくなってしまう。
奴らの都合でこれ以上、面倒事を増やされるのはごめんだ。
考えるほど、被害を受けている俺たちの現状に苛立ちを覚えてくる。このまま考え事をしていると余計なことばかり頭をよぎってしまうだろうと思い、そこで思考は締め切った。
いまは食事を取り、瑠璃が目覚めるまで、次なる戦いに備えて俺の身体のコンディションを整えておく。そのことだけを頭に入れて、俺は最後の一口を水で流し込んだ。
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