第4話

 現実世界で言うところの道路といったらいいのか。荒れた歩道の両脇には森林が多く茂っている。殺し屋家業をやっている俺からしてみれば、この立地ではいついかなる時に襲われるか分かったものじゃなく、十分な警戒をする必要性があった。


「あまり、はしゃいでいると転ぶぞ」


 鼻歌交じりに弾むような足取りで歩いている瑠璃。病弱だということも考えると、あまり危険なことはしないで欲しい。


「平気よ。だって私。いま、調子がいいのよ」

「だったら、いいが。無茶はしないでくれよ」


 あれから、瑠璃は体調を取り戻した。元気な姿が見れるのは俺にとっても嬉しい。だが、それ以上に瑠璃自身が嬉しいのだろう。ここはしつこく言うのではなく、瑠璃のやりたいようにさせてやるべきだろうか。


「ねえ、兄さん。そのお面はお仕事のときしか付けないんじゃなかったの?」

「そうだが、ここは異世界だ。そんな話をしている場合ではないだろう」

「えー……でも。出来たら、私と二人っきりのときは外しておいてほしいな。殺し屋としての兄さんじゃなく。家で過ごしているときみたいに、私のことだけを想っていてくれている優しい兄さんでいて欲しいの」


 この面と黒の外套は仕事着だ。いまは違うとは言っても、ここは異世界。俺たちに味方をしてくれる奴なんていない状況なだけに、素顔を晒すことはあまり得策ではないとは思うのだが。


「ここにいるのは私だけよ。だからね、仕事のことや朽月のことは気にせずに、私だけの兄さんでいて。お面をかぶっている姿も嫌いじゃないけど、素顔でいてくれる兄さんが私、一番好きだわ」


 俺の方に振り返って、満面の笑顔を見せてくれる瑠璃。なるほど、素顔でいられるとこんな顔になってくれるのか。瑠璃も俺のそんな表情を望んでくれているようだ。

 仮面は任務中に表情を隠すために身に付けている。同業者に目を付けられてはプライベートにも支障が出てきかねないという理由もあるのだが、それはここでは関係ないだろう。考えれば、そこまで必要な時でもないじゃないか。

 たとえ、異世界人に襲われるかもしれない状況であったとしても、少なくともいまは瑠璃との時間なのだ。


「瑠璃のお願いなら、仕方ないな」


 仮面を外した瞬間――前方から何者かが迫っている気配を感じた。

 数は二……いや違うな。別の気配も感じる。


「――瑠璃」

「なぁに? 兄さん」

「こっちに来るんだ」


 手招きで呼び寄せると、近寄ってきた瑠璃の手を握る。どうしたのかと疑問を問いかけるように見上げた瑠璃だったが、俺の気配が変わったことに気づき、黙って手を強く握り返してくる。

 森林の中に身を隠すべきかとも考えたが、相手がすぐ目の前まで差し迫ってきているのであれば、返って怪しいだろう。


「兄さん見て――。何かしら、あの生き物は」

「馬……みたいなものか?」


 二人組は奇妙な動物に跨っている。羽が付いており、四足歩行をしている。

 鳥……か? 俺たちの住んでいる世界で例えるとするならばラクダのような、ダチョウのような姿だ。

 俺たちは手を繋いで、何でもないただの兄妹の振りをしてやり過ごそうとしたのだが、呼び止めて来やがった。一体何なんだ。瑠璃をひどい目に遭わせておいて、いちいち俺らに関わりやがって。お前らさえ、接触してこなければこっちだって余計な手を出す気もないってのに。


「――――」


 二人組は、鳥のような存在から降りて俺たちに話しかけてきた。だが、当然言葉は通じない。またこのやり取りだ。もはや、相手にする必要もない。

 ふと、気づくと。瑠璃が手を握りしめていた。

 無理もないか。異世界人にはあんな仕打ちを受けたのだ。更には、言語が理解できないという恐怖も付き纏っているのだろう。


「――――」


 手を俺たちが来た方向に向ける異世界人。どういう意味か知らんが、考えられることは二つ。

 向こうに行くつもりなのか。

 俺たちが向こうから来たのか。

 どっちかを聞いているのだろう。とりあえずは、この場をやり過ごすことを優先したい俺は適当に頷いておいた。


「――――」

「――――」


 片方の異世界人が俺たちの顔や背後を気にしている。不愉快だが、ここで反抗の意志を見せるわけにもいかず、怯える瑠璃をあまり異世界人の眼に入らないように抱き寄せた。


「――――」

「――――」


 怯えて後じさりする異世界人と警戒心をさらけ出す異世界人。

 この反応は……もしかして、俺たちのことがばれたのか? いや、ちょっと待て……そういうことか。こいつらはまるで、生きているような自然体で動く獣の耳と尻尾を持っている。こいつらと俺たちの違いを判別するには簡単な方法じゃないか。

 俺は外套を羽織っているせいで尻尾まで見ることは出来ないが、瑠璃は白のワンピースのような服を着ている。病院で患者がきているような服に近い物だ。これでは、耳と尻尾があるのかなんてことは簡単に見分けられる。主に瑠璃を観察していたのは、そういうことだったのだろう。


「――――」


 警戒心を出した方の異世界人が瑠璃へと手を伸ばす。俺は、瑠璃に触れる前にこいつの腕を掴んでやった。


「――――」

「汚らわしい手で瑠璃に触れるな――殺すぞ」


 握力を強めていくと、さっきまでの強気に出ていた態度はどこにいったのか、苦痛に歪んだ顔と声を聞かせてくれた。

 こいつがひどい目に遭っている中、もう一人は怯みながらも土の魔法を展開していた。だが、あの村人のような土塊ではなく、刺突状のまるでドリルのような形をしている。形状からして殺傷性があるだろう。


「――――」


 叫びながら、魔法を俺に向ける。脅し……だろうか。この世界でもそういうのはあるらしい。


「――――」

「――――」

「――――」


 二人が言い争いをしたあと、魔法を構えた異世界人は俺に向けて刺突状の土魔法を撃ちやがった。

 すこし試したいことがあった俺は、素早くボウイナイフを一本抜いて魔法を斬ると、固められた土は破砕音を鳴らしながら砕け散った。

 思った通りの成果だ。元の世界と照らし合わせてみて、土ならば力任せにすれば砕くことも可能かと思ってやってみたが、魔法といっても性質自体は俺の常識で通じるみたいだ。

 魔法を撃った異世界人は、恐怖で身を引きつらせていた。


「――――」

「――――」


 一人は尻尾を振ってその場から逃げだす。もちろん、それを見逃すほど俺は優しくない。

 外套の下に隠した鎖分銅で足を狙い撃ち、痛みで足をもつれさせた異世界人は転倒する。安否の確認のためか俺の手元にいる異世界人が叫び、返事が返ってきた瞬間にこいつは炎の魔法を出すと、先ほどみたいにナイフで斬り捨てられるとでも思ったのか、炎を擦りつけるように直接当ててくる。それを難なく避けると、胸にボウイナイフを突き立てた。ボウイナイフに付着した血は、軽く降って地面を汚す。

 残りは一人。

 俺の方に振り向いた異世界人は、恐怖で上手く立てないようで、みっともなく這うように逃げる。

 それに笑いをくれてやるでもなく、ましてや哀れに思うこともなく。俺は鎖分銅を取り出す。その先端には鎌が付いている。いわゆる鎖鎌の形状だ。それを手にして、命乞いをしている異世界人の脳天に一撃入れてやった。


「兄さん! もう平気?」

「ああ、こいつらは全員殺した。もう大丈夫だよ」


 くっ付いた瑠璃の頭には俺が斬ったときに被ったと思われる土があった。


「ほら、頭。土がついているぞ」


 瑠璃の頭を払ってやると、気持ちよさそうに俺に身を任せてくる。


「兄さんに梳いてもらうと何だか落ち着くわ」

「まったく。瑠璃も年頃の女の子なのだから、これぐらいは自分でやった方がいいんじゃないか」

「だって、兄さんの方が上手いし。私からだと髪に付いた土なんて見えないわ。兄さんにやってもらった方が綺麗に落ちるでしょ」


 すべての土を振り落としてやると、今度は殺した異世界人の持ち物を漁ってみる。ちょっとでもこの世界のことについて分かっておかないと、元に戻る手段なんて掴めない。

 服の至る所を探ってみると、国章のようなワッペンが張られていた。


「こいつらが身に纏っている鎧といい、もしかするとこの異世界での軍隊のような奴らか?」

「そうかもしれないわ。ほら、こっちの男にもついているのよ」


 道理でこいつらが使う魔法は殺傷力があるわけだ。あの村人たちとは違い、魔法の扱い方が攻撃的だ。加えてこの鎧。推測通りで間違いないだろう。


「軍がこの先に向かったってことは、私たちを捕まえたあの村に用があったのね」

「壊滅した村の調査に来ていたところか」

「それか私たちだと思うわ。あの村人たちからしたら、私たちは不審者だもの。軍に引き渡そうとしていたのかも」


 なるほどな。昨日の今日のことだから、その可能性もあるわけだ。


「しかし、そういうことなら。ここで殺したのはまずかったかもな。こいつらと連絡が途絶えてしまえば、自然と何かあったことは気づくはずだ」

「村が壊滅したあとだから、襲われたって考えそうね。これから軍隊が私たちを探しに来るんじゃないから? ――ねぇ、兄さん。どうしよう。私たち、いよいよ異世界を敵に回しちゃったのかもしれないわ」

「グズグズしていたら、ここに集まって来るかもしれないな。瑠璃には少し厳しいかも知れないが、ペースを速めるぞ」

「私なら平気よ。ちゃんと兄さんについていくわ」


 心配だが、いざとなったら俺が抱えていけば問題はないだろう。


「そういえば、兄さん。あの男がこんな袋を持っていたわ。なにか入ってそうだけど」


 瑠璃が布製の袋を振ると、中から金属質な音がした。何か使えないものがないかと、瑠璃から袋を受け取ると地面にばら撒いた。出てきたのは、コインが数枚と紙の束だった。


「なんだ、これは?」


 手に取って、注意深く見てみる。文字が書かれているが、異世界独特の言語のせいで解読は出来そうになかった。


「これって……異世界のお金じゃないかしら。――ほら見て! 兄さん! ここに国章と同じマークがあるわ。それに、紙とコインに書かれていることもほとんど同じ。色や大きさが違うだけだわ」

 瑠璃が見せてくれた紙束の中心には、確かについている。ついでにコインの方にも刻印がされていた。これだけ見ると、元の世界の通貨と似たような造りになっている。これが本当に通貨なのだとしたら、いくらぐらいになるのだろうか。

 俺がそんなことを考えていると、不意に瑠璃のお腹の音が鳴った。


「ごめんな。この世界に来てから、まだまともな食事をさせてやれなかったな」

「い、今のは気の所為よ。私、お腹なんて全然空いてないわ」


 もういちど鳴る。

 瑠璃は恥ずかしそうにお腹を隠しているが、その行為に意味はないだろう。


「違うのよ。私は別にお腹なんて空いてないのよ。このお腹がわがままなだけなんだから」


 必死で言い訳をする瑠璃は見てられないな。

 俺は異世界の金が入った袋の重みを感じる。いくらになるのかは知らないが、これだけあればしばらくは持ちそうだ。


「瑠璃。せっかくだ。どこかで店を見つけたら、これを使って何か食べよう」

「で、でも兄さん……」

「俺はお腹が空いたんだ。いますぐ何か食べないと、この先やっていけそうにないぐらいにな」


 最後に口にしたのは家で食べた瑠璃の手料理だ。それ以降は飲み食いをしていない。瑠璃だけじゃなくとも、普通は腹が減る。


「兄さんが困っているのなら、仕方ないわね。お店探しなら任せて頂戴。兄さんのためなら、私頑張っちゃうわ」

「……ああ、期待しているよ」

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