第3話
眼を覚ますと俺は両手両足を縛られ、身体は柱にロープでくくられた状態でいた。農作業物でも収納しているようで、俺たちは倉庫のような場所にいる。
異世界に飛ばされ、獣の耳と尻尾を生やした異世界人によって昏倒させられたあと、どうやら、奴らの村まで連行されたらしい。おまけに懐の感覚が軽く、武器全般は取り上げられている。
俺の置かれた状況を理解すると、隣でうめき声が上がる。俺と同じ状態でいる瑠璃も目を覚ましたようだ。
「瑠璃。無事か?」
「……兄さん? ――ああ、兄さんっ!」
俺の姿を見て、駆け寄ろうとしてきたところで身動きが取れないことに瑠璃は気づいた。
「え?! なんなのこれ? 兄さん、どうなっているの?」
「落ち着け。瑠璃。ここは俺たちを襲撃してきた連中の村だ」
慌てふためく瑠璃を落ち着ける為、俺は冷静にいまの状態を教えてやった。
「――――」
介護をしてもらいながら、一人の老人が俺たちを興味深そうな顔で話している。
「――――」
こいつが村で一番偉いやつだろう。こいつが現れてから、周りに人だかりが出来上がり、俺たちは恰好の見せ場にされる。
「俺たちを生かしておくとは、貴様は何を考えている」
「――――」
聞くだけ無駄だったな。この驚きは、連中と同じく言語の違いについてだろう。
「――――」
見覚えのある男が指を差して、騒ぎ立てる。それを聞き届けた村人たちは一斉にどよめきをみせ始めると、怒りのこもった声で男と同様に騒ぎ立てた。
「――――」
老人とは思えない張った声でやかましい村人たちを黙らせた。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
何度かのやり取りをした後、男は反論する言葉を失くす。何かしらの話しに決着がついたとみていいのか。
「――――」
異世界人の一人が瑠璃の手を掴み、無理やりに引っ張りだす。
「――いや、止めて! 痛い。……兄さん! 助けて……!」
「瑠璃――! 貴様、その汚らわしい手を放せ」
俺はすぐさま、縛られている手首の関節を外す作業に入る。黙って、瑠璃を連れていかせるわけにはいかない。
関節を外して、元に戻してから。胴体を縛っているロープも解くと上半身の自由が帰って来る。まさか、ロープを解くとは思っていなかったのか、異世界人は驚嘆の声を上げて騒がしくなる。
「――――」
「――――」
「――――」
女子供関係なしに怒声と共に物を投げつけてくる。しかし、だ。俺に当てるのならいい。許してやることはないが、まだいい。だが、瑠璃に当てるとは何様のつもりなのだこいつらは――!
病弱な体をした瑠璃には耐え難い暴力に、ついにはその場で頭を抱えてうずくまった。
一体なんだと言うのだこいつらは――。
俺たちが何をした? 先に仕掛けて、俺たちをこんな目にしてきたのはお前たちの方だろ――!
それに、瑠璃は――瑠璃だけは関係ないだろう――!
果たして悪いのは俺なのか? お前たちなのか?
間違っているのは俺なのか? お前たちなのか?
何が何だか分からず、ただ、俺たちは巻き込まれただけに過ぎないというのに。
「――痛いよぅ……もうやめてよ……。どうして……っ? 私たちがこんな目に遭わないといけないの――? 兄さん……助けてぇ……」
瑠璃の悲痛な叫びが我慢の限界を超え、最後の一線を難なく越えさせた。
「貴様ら――瑠璃を傷物にしたことを、後悔させてやる」
縛られた両足に力を入れて地を蹴飛ばし、拘束された瑠璃に触れていた奴に思い切りぶつかって壁に叩き付けてやる。地面に転がりながら、足のロープも解く。
「武器を取り上げたようだが、そんなものが無くとも、朽月はあらゆる物を武器として扱う業だ。これでも十分にやれる」
朽月は基本的に得物を選ばない。殺せるのなら、なんだって武器に変える。ゆえに、この世は武器で溢れている。この手に持ったロープとて、それは例外ではない。
不運にも近くにいた異世界人には犠牲になってもらう。俺は解いたロープを首に巻き付けてやり、そのまま一気に締め上げて窒息死させてやった。
それを見た異世界人は、誰もが我先にと倉庫から飛び出していく。
うずくまる瑠璃は涙を浮かべて、俺に抱き付いてきた。
「――怖かったよ! 兄さん」
「もう大丈夫だ。瑠璃のことは俺が守ってやるからな」
倉庫内には取り上げられた武器が一式置いてあった。それを外套の中に隠していき、瑠璃を片手に抱き上げてやった。
この世界のせいか、瑠璃の身体からは体重をほとんど感じさせない。人を持っている感覚は微塵もなかった。
「……兄さん。私、重くないかしら」
これでも華も恥じらう女子高生という身分相応の者になる。年頃の女の子ということもあってか、遠慮しがちに訊ねてくる。
「羽のように軽いよ。瑠璃。――さ、しっかり捕まって」
華奢な身体をした瑠璃を背中に抱き、俺は片手にボウイナイフを構えながら、倉庫から遅れて出ると、ざわめきが上がり、異世界人は一斉に魔法を俺たちに向けてきた。
「俺の前で瑠璃を泣かした罰だ。朽月の神髄をその身に刻んでやろう」
異世界人の先頭に立っているのは、おそらく戦士タイプだろう。そいつらが声を張り上げて一斉に魔法を放つ。同時に瑠璃を抱く力を強めて、駆け出す。
まず、目の前にいた奴の首にボウイナイフを突き刺して、横に捌く。返り血を浴びる前に俺は、その奥へと進んで連中に紛れ込む。
朽月の神髄――それは、一対多数の戦闘で発揮される。
この黒い外套という衣装は、暗闇に溶け込むためのもの。そして、音もなくターゲットだけを殺すために身に付けた細やかな動作と速度。
ボウイナイフなんて物を主要武器として扱うのも、先祖代々受け継がれてきた朽月の象徴ともいえる武器なのだ。小回りが利き、殺傷力もあるこいつは首を掻っ切るには丁度いい。
内部から、外側へと――。次々と異世界人を血祭りに上げていく。
集団でいたことが仇となったな。こいつらは俺がどこにいるのかも分からずに、殺されていってるだけだ。
やがて、数が減ってくると朽月の本領も発揮できなくなってくる。要は、紛れての殺害が出来ないからだ。
姿をようやく目視できるぐらいになってから、異世界人は魔法で応戦してくるようになってきた。だが、所詮は素人だ。目の前に敵がいれば、なりふり構わず撃って来る。だから、俺はわざとこいつらの間に挟まれるような位置に移動して、寸前で避けては同士討ちを誘発させてやった。それだけでこいつらは面白いように引っかかって勝手に自滅していく。その単調な作業を繰り返して、気づいた時にはこの村に異世界人は一人も残らず、死んでいった。
「これで終わりか。思ったよりも早く片付いたな」
周りの安全が確保出来たところで、瑠璃を下ろしてやる。
「兄さんのお仕事をしているところ、私初めてみたわ。こんなにも強いんだね。兄さんは」
「瑠璃を守る為なら、俺は更に強くもなれるさ」
唯一の家族であり、心の拠り所でもある瑠璃を守る為なら、俺は修羅にでもなれるだろう。
そんな俺を心強く思ってくれている瑠璃は、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「行こう。瑠璃」
「でも、どこに行くの? この世界に私たちに行く場所なんてあるのかしら?」
「この世界には無いさ。俺たちが行くべき場所は元の世界だ」
「帰れるの?」
「当たり前だろう。こっちに来れたのなら、その逆も可能なはずだ。まずはその手段を探そう」
「分かったわ。私、兄さんとならどこへでもついていくわ」
そう言った瑠璃の手を引いて、共に歩き出そうとしたときだった。
「――っ! ……っけほ。――ゴホゴホっ……」
最初、一瞬むせた後に、ひどく咳が強まって苦しそうに胸を抑える瑠璃。俺の手を放そうともせずに、座り込む瑠璃の咳は止まることがない。
「おい! どうした瑠璃! しっかりしろ――」
まさか、こんなところで瑠璃の病気が悪化したというのか。なんて、最悪なタイミングなのだ。
「平気よ、兄さん。お薬、ちゃんと飲んできたから」
「でも、この世界には無いだろう。クソっ……異世界に飛ばされなんかしなかったら、瑠
璃がこんな目に遭うこともないのに。俺は……どうしたらいいんだ」
「落ち着いて、兄さん。兄さんが元の世界に帰る手段を探してくれるのでしょう。向こうに帰れば、お薬もあるからきっと元通りになるわよ。だから、落ち着いて。――ね」
うろたえるしかなかった俺の頬に瑠璃の細い手が撫でる。瑠璃が恐怖と戦っている様子は、この震える手で十分に伝わってきた。
「ああ、そうだ。その通りだ。俺が必ず、元の世界に返してやる。だから、それまで耐えてくれ」
瑠璃は病気と闘わなければいけない。
なら、俺はこの異世界と戦おう。たとえ、異世界人たちが攻めてこようとも、瑠璃には指一本触れさせてたまるか。
俺たちはこの世界から立ち去るべく、再び瑠璃を抱いて歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます