小川のそばで

 三角や四角の並びはすぐにまばらになり、木立がやがてふかふかとした森林になりました。どの木もめいっぱいに秋を着こんで、赤や黄をした毛糸の帽子ぼうしになっています。

 あなたもブルームも、きょろきょろと辺りを見まわして林檎りんごの木を探します。

 そのうち、こんもりとした葉のなかにをあびて光るものが見えました。

 「なにかの実だ、きっとそうですよ」

 よろこんで、もっとよく見ようとこずえに近づいたときです。枝のあいだから、ちょろりとちいさなかげが飛びだしました。

 「ひゃあ、おどろいた!」

 ブルームが思わず身を引きます。けれども大丈夫。あなたを落とすようなことは決してありません。それよりも枝のうえで、みじかく高く鳴いているものがいます。

 「おどろいたのはこちらですよ。羽の音もしないのに、どなたか空からいらっしゃるんですもの」

 それはくりいろの、やわらかな毛をしたでした。背おっているふたつきのかごには、いくつものどんぐりが入っています。

 ――光っていたのはこれですね。

 あなたは手をのばして梢のどんぐりにさわりました。つるりとした表面と、つんとした先のひげがちかちかします。ブルームはひとつせきばらいをして、りすに向きなおると丁寧ていねいに言いました。

 「どうも失礼。ぼくたち、林檎の木を探してここまできたんです」

 「林檎! いいですね」

 りすが可愛かわいらしい目をかがやかせると、背中のどんぐりがじゃらじゃら鳴りました。

 「林檎はわたしも大好き。それなら、この先の小川をこえたところで見ましたよ」

 ――少しもらってもいいでしょうか?

 「いいでしょうね。だれだって少しはとりますよ。特に今日みたいな日は」

 あなたが聞くと、りすはまたうれしそうにねて、どんぐりがいっそうよく鳴りました。そして思いだしたように、

 「ああ、いけない。わたしはもう少しこれを集めなくちゃあ。……向こうまでいくのならお気をつけて。今日は日暮れが早いですからね」

 あなたたちがお礼を言ううちに、りすはさっと尻尾しっぽをふって枝を渡っていきました。どんぐりの音が、あとに少しだけ残りました。


 梢の先をいくと、りすの言った通りに小川が見えてきました。さらさらとした流れが紅葉のなかを銀のすじになって走っています。

 そのうちの、丸太の橋がかかっているところへ、あなたたちはおりていきました。橋のそばのやぶの手前に白くてふわふわしたものがいたからです。

 「あのう、おたずねしますが」

 ブルームが言いかけて、けれども言葉を引っこめました。

 「ああ困ったぞ、困ったぞ」

 白くてふわふわしたものは、なにごとかつぶやきながら、頭を抱えていったりきたりしています。

 「ああ、ああ困ったぞ、困ったぞお」

 それがあまりにせわしなくて必死なようすでしたので、あなたはたずねました。

 ――どうしたんですか、うさぎさん。

 「やあやあやあ人間さんにほうきさん」

 白いうさぎは今気がついたように、あなたたちのそばへ寄ると、息つぎもせずに言いました。

 「ちょうどいいところへきてくれた」「うさぎを見なかったかしらね」「わたしの連れなんだが」「丸々としていてけれどもそれほど大きくなくて」「黒と茶と灰の毛で」「きまじめでにぎやかでねぼすけなやつなんだ」

 「待って、まってください」

 ブルームがあわててとめます。

 「よくわからないよ、ねえ店主さん」

 ――すみません、もう少しゆっくりお願いできますか。

 あなたもまゆをハの字にしてたのみます。

 「なんだってちっとも通じないんだ、いいかいよく聞いて」

 それから、うさぎはいちいち深呼吸しんこきゅうをして、

 「まず黒いのがいる……これがきまじめ。次に茶がいる……これがにぎやか。最後の灰が……ねぼすけなんだ」

 とても辛ぼう強く、注意ぶかく話しているらしいのですが、そのあいだにも足ぶみをして落ちつきません。

 「このうさぎさんは白くてせっかちってところだね」

 ブルームがあなたにだけ聞こえるように言いました。あなたはちょっと笑って、またたずねます。

 ――みなさんばらばらに、どこかへいってしまったんですか?

 「そうだよそう……。祭りの準備じゅんびがあるというのに……困ったものだ」

 「祭り? この森でも収穫祭をやるんですか?」

 「……しゅう、かく、さい?」

 うさぎは耳をぴんとして聞きました。

 「町では明日、収穫祭があるんです」

 ――秋のお祭りですよ。

 ブルームが言って、あなたがつけ足すと、うさぎの耳がぴくりとします。一言おきに息を深くして、

 「へえ人間もなかなか……しゃれたことをするもんだ。だがこれは違う……、お月さまのお祭りだよ」

 「お月さま?」

 「そうそう、ここでは今夜やるのさ……謝月祭しゃげつさいっていうんだ。月とくれば……うさぎが張りきるのは当然だろう。年に、一度、なんだから……」

 それで、とうとうたまらなくなったように、

 「それなのにみんなちっとも帰ってきやしない!」

 一言さけぶと、うさぎは目を回して転がってしまいました。

 ――ああ、大変。

 あなたは両手から手袋を外して、ちいさな頭のしたにいてやりました。

 「う、うーん」

 うさぎはうっすらとまぶたを開けたり閉じたりしています。ブルームができるだけ、やさしい声で言いました。

 「ぼくたち、これからずっと森を進んでいくんです。うさぎさんたちを見かけたら、きっと伝えておきますね」

 「そうかいたすかるよ……。わたしはまだ目が回ってる……」

 せっかちうさぎはやっと安心したとみえて、またまぶたを閉じました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る