ザッカ・ハイプノース~森の謝月祭

木子あきら

風のようなお客さま

 深いふかい森の真んなかに、丸いまるい町がありました。色とりどりの屋根が、なかよく並んでいる町でした。

 ある秋の朝はやく。んだ風のなかをいく鳥たちがこんなことを言っています。

 「ねえ見てごらん。三角四角、朝日に屋根やねが光るのを」

 「まるでお皿の焼き菓子がしじゃないか」

 「かごの果物くだもののまちがいだろう」

 「よしなよ。そういう話は今夜まで」

 「お楽しみの今夜まで」

 「やあそうだった」

 「はやく木の実をあつめて帰ろう、かえろう」

 「お腹がすいてたまらないよ」……


 丸いまるい町のなか、石だたみがかれた十字路のひと角に、ちいさな店がありました。出入りとびらの半円のかんばんには、こんなふうにりこまれています。


  <ザッカ・ハイプノース>


 木造りの古めかしい店ではありますが、並んでいるものは幅ひろく、日がわりの新聞、世界のお酒に、しゃれた喫煙具きつえんぐ、年代物のおもちゃ、ふところにいれておけそうなお菓子まで。また一時いっときにはないものでも、たのめばおおよそは取りよせられる気のききようです。


 さて、ここ<ハイプノース>の主人である<あなた>は、いまちょうど昼食を終えたところです。出入り扉から真っすぐ奥にある片袖机かたそでづくえで食事をすませるのはいつものこと。

 ケシの実がたっぷりかかったベーグルの香ばしさったら。マグカップを口にあてて、あなたはうっとりと、ちょっとこっくりとしています。

 外はさわやかな秋晴れで、どうしたことか今日は扉のベルもしんとして……けれども決してお休みではありません。

 なので、ほら……


  ゴツゴトン、ゴツガトン、


 くもった音が出入り扉をふるわせました。こっくりとしていたあなたはびっくりして、あわててカップを置きました。見ると、すりガラスの向こうで細長いかげがゆれています。


  ゴツゴトン、ガツゴトン、


 ――はい、はい。開けますから、お待ちになって。

 それはどうやら不器用なノックのようでした。あなたはすぐに、とびらのそばへといきます。


  ガラゴロン、


 「ああ、助かった!」

 ベルが一度鳴るかどうかのあいだに、風のようなお客さまが店のなかへと飛びこみました。そして、そのいきおいのまま宙返りをしたものですから、天井のランプからほこりがちらちらいました。たなの新聞もバサバサいいました。

 ――どうも、いらっしゃいませ。

 「どうも店主さん、大いそぎなんだ!」

 あなたの目の前にぴたりととまったお客さま――空飛ぶほうきが、めいっぱいに息をして言います。

 「どこへいったって今日は売ってやしないんだ。だからお願い、このかごいっぱいにください」

 差しだされた尾には、からっぽのみかごがさがっています。

 ――かごいっぱいに、なにがご入用ですか?

 「林檎りんごです。お菓子をつくるのにどうしても必要なんです」

 うわずった声で頼まれたものに、あなたは困ってしまいました。

 ――あいにくですが、林檎は売りきれているんです。

 「やっぱり、ここにもないなんて!」

 きっと町じゅうを飛びまわってきたのでしょう。ほうきはがっくりして、くるくるとちいさな輪をいて、力なく床に落ちました。


 あなたがそっと拾いおこすと、ふじのつるだの、あじさいの枝だので編まれた立派りっぱがふるえます。

 「ここが最後だったんです。おばあさんが、きっとここにならあるだろうって」

 ――おばあさん?

 「店主さんもご存じの、エチカおばあさんですよ。西の、また西の森に住んでいる」

 それはときどき買いものにくる魔法使いのおばあさんでした。言われてみれば、おばあさんはいつもこんな格好かっこうのほうきを持っていたような気がします。

 ――じゃあ、あなたはエチカおばあさんのところの。

 「ぼく、ブルームって言います」

 気を取りなおしたのでしょう、そのほうき……ブルームは手から宙へとかんで続けます。

 「これは大事なおつかいなんです。なんと言ったって、明日は収穫祭しゅうかくさいでしょう」

 その通り。季節はじゅくして真っただなかの秋。町じゅうがにぎやかになる収穫祭が明日になればやってきます。

 その準備じゅんびのために、今日くらいにはどのお店でも果物や穀物こくもつが売りきれるのです。なにしろお祭りでは、ちいさなこの町が埋めつくされるほどの食べものや飲みものが、どの家からもあふれるのですから。


 「おばあさんは林檎のパイを焼くつもりなんです」

 それなら食べたことがある、とあなたは思いだしました。

 いつのことだったか、寒い冬の日におとずれたエチカおばあさんがパイの包みを渡してくれたのです。

 子どもか孫にするような、やさしい手つきでした。パイはなつかしい味でした……。昼食を終えたばかりのお腹がグウと鳴ります。

 ――でもそれなら、もう少し早くにきたほうがよかったですね。

 あなたがお腹の音の照れかくしに言うと、ブルームは柄をふりました。

 「だめだめ。おばあさんったらここのところ、お月さまに夢中で収穫祭の日をかん違いしていたんだから」

 それから、はっとしてかしこまって、

 「それで、気がついたのが今朝なんです。おばあさんは大あわてで、かまどにつまづいてしりもちをついて……」

 ――まあ、大丈夫なんですか?

 「ちょっとこしがぬけただけだって。今日のうちにはよくなるそうです」

 それでも、肝心かんじんの林檎がなければどうしようもありません。おばあさんのやさしいパイ。うまく焼ければきっとみんなもよろこぶでしょう。


 あなたは頭をひねって、ブルームは尾を丸めて考えました。

 外はさわやかな秋晴れで、扉のベルは鳴りません……

 「そうだ!」

 あなたがひらめいたとき、目の前でも声があがりました。

 「ねえ店主さん、ぼく今から森へいってきますよ」

 それはそのまま、あなたのひらめきの通りでした。

 ――林檎の木を探すんですね。

 「そうです、きっとあるはずです」

 思いたったらもう落ちつかないというふうに、細長いすがたがます。それを見て、あなたは胸がどきどきしてくるのをおさえました。

 ――わたしも一緒にいきましょう。

 ブルームはおどろいて、尾を先までのばして、

 「それはたすかりますが、お店はどうするんです?」

 ――なに、今日はもうどなたもきませんよ。

 あなたはさっそく出入り扉を開けて、表のふだを休業に変えました。石だたみの通りの家々からは温かな湯気ゆげけむりがあがっています。

 「ずいぶん思いきりがいいんだなあ」

 感心しきりの言葉を聞きながらかぎをかければ、今日はもう店じまい。

 だってこんなことは、めったにあるものではありません。もしかしたら、空飛ぶほうきに乗れるかもしれないなんて。

 あなたはブルームに裏口で待つように言うと、店の奥へとはいりました。コートを羽織はおり、手袋をはめ、おやつのふくろとミルクのびんをほうりこんだかばんを肩からさげて……ええ、決して遠足にいくわけではありませんが……やがて出ていきました。


 店のうらは少しの庭になっていて、リュウノヒゲの青い実がのぞいています。空の水はどこまでも澄んでいます。

 ――森まではどうやっていこうかしら。

 あなたがそわそわと考える仕草をすると、気のいいほうきはすぐに身を低くしました。

 「ぼくに乗ってください、きっとすぐですから」

 ほこらしげで、たのもしいその声を聞けば、むしろだれもが、このほうきをかかげて歩きたいような気もちになるでしょう。

 「えんりょしないで。じゅうたんや、ほうきのうちで飛ぶものは、だれかを乗せていくことが一番の仕事なんですから」

 ――よしきた。

 あなたはさっきよりもずっと真剣しんけんな気もちと面もちで、立派な柄をまたぐと腰をかけました。

 つま先が地面から浮くと、

 「ああ、柄はあんまり強くにぎらなくっても大丈夫。背は真っすぐ、力をぬいて、そうそう、うまい、うまい」

 こんなふうにブルームがふたつ、みっつ教えて、いよいよすうっと舞いあがります。透明とうめいな風が吹いて、尾にかけたからの編みかごがおだやかにゆれました。


 少しの庭はだんだんとちいさくなり、リュウノヒゲの青はとっくに緑のなかにかくれて、店の屋根が見え、石だたみの十字路は午後のに白くまぶしく、町並みを光らせています。

 「今日はいい天気だから爽快そうかいですよ。それでは出発」

 あなたたちは、まさしく大きなほうき星となって、広い森へと飛んでいきました。

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