第34話 聖女と貴族


 それは、男に女な変態さんの新たな出会い。本物との対面。


 わ、変態さんだ!

 大変態さんじゃないですか!

 ワイルドですねえ……。


 果たして貴族とは。だが異常なだけでも、ないようだ。詳しく、補足していこう。




 生まれながらの高い位置。自分の能力によって高みに居る者は、パールもよく見ていた。だが、親の身分を誇示して胸を張っているような相手は、あまり見てこなかった。

 ライス地区は、辺境。故に、ナイトやビショップより上の立場の者などがわざわざ足を運んでくるような機会はあまりなく。偶の出会いすら逃してしまえば、後は中々高位の人々に触れることなどなかった。もっとも、お忍びの相手とは深く関わっていたりもするが。

 まあ、そんな風にして準貴族と毎日会っていても、上の貴族様のことは想像してばかりだったパール。偏っている素直の知識から高飛車な人が多いのだろうな、と勝手に思っていた。

 しかし、実情は違う。

 白化個体の大モア二体に牽かれた鳥車から降り、きょろきょろしたかと思えば、モノの大柄な姿を認めて、ぱっと顔を明るくして。そうして、少女は走り寄り。大声でトンチキなことを叫んだ。


「モノ様! 私を罵ってくださいまし!」

「わ、変態さんだ!」

「おう、貴女も中々言いますわね! 辺境の辺境へ足を運んだ甲斐がありますわ!」


 呆気に取られるパールの目の前で、おっほほ、と豪奢なドレスで地味な容姿を飾り立て騒々しくしている彼女は、バブ・タアル。辺境伯、マーケット・タアルの娘である。慌てて追いかけるように鳥車から出てくる御付きの者たちを他所に、バブは私に注目してくださいとでも言わんばかりに大声を立てた。


「それにしても美しいですわね。貴女。ともすれば、私よりもずっと美人ではありませんか。私は、バブ・タアル。貴女の名前は?」

「わ、変態さんは貴族様だったのですね。失礼しました。私は、パールです」

「パール! モノ様が愛しているという、あの! 何ということでしょう。モノ様を求めて足を踏み入れた直ぐ先が敵前だったとは。幾ら私でも、思いもよりませんでしたわ!」

「わあ、この人、何だか楽しい」


 百面相に、一人芝居。品をキラキラとさせながら、バブは踊るように手を広げる。周囲に展開しているメイドらしき二人の女性と正に執事というような老人はそんな面白い少女を止めずに、むしろ微笑ましそうに見つめていた。


「……レディ・バブ。相変わらずだな」

「レディは、要りませんわ。相変わらずのいけずですのね。モノも」

「さして好きでもない相手に絡まれたら、意地悪くなりもする」

「んー、スパイシー! やっぱり、モノは最高ですわ!」

「だ、大丈夫ですか?」


 白い雲が青に通う、そんな平凡な天気のもとにキラキラと。しかし、そんな麗しのレディも、モノの言葉を受けて急に、びくんびくんとし始める。驚く、パール。しかし頭の病気かな力を使った方が良いかな、と寄らんとした彼女にさっと現れた執事、ホープがそれは無用と言葉をかける。


「はじめまして、私はホープと言います。早速ですが、パール様。察するに、貴女はその持ち前の力でバブ様を助けようとしているのでしょう。ですが、それは無用です」

「あ、はい。そうなのですか。でも、どうしてバブ様は……悪口で……」

「罵詈雑言をご自分の良いように転換して興奮に繋げていらっしゃるだけです。気にしないでください」

「ええ! 気にしますよ、それ! 大変態さんじゃないですか!」

「うーん。パールの口撃も、中々響きますわねえ。おっほほ!」


 これで欲求不満も解消ですわ、と教会の前で暴れるバブ。何事かと寄って来た観衆の周りで今度は一回転。ラメを輝かせ、鬱陶しそうにしているモノの前で彼女は踊った。こんな無様を保護者の方々が止めずに、嬉しそうにしている当たり不可思議である。

 何事かと騒ぎに治療の手を止め現れたバジルと、裏で遊んでいたグミも出てきて、バブのその派手さに瞠目して、言う。


「何だこの……宝石着ているメス猫みたいな女は……」

「偉そうだけど、何だかおマヌケな感じがするねー」

「新手の魔法使いさん達も辛辣!」


 大喜びで、バブはその放言を歓迎した。満面に悪口で笑顔になる彼女。身分を気にする、とか、そういう云々以前の人としてアウトな存在を見たバジルとグミは、怯えた。


「ええ……何だコイツ……」

「ボク、初めてみたよ、こんな人……」

「この人が、モノの言っていた、バブ・タアルさんなんだって」

「ということは、この人がレディ・バブ? 何だかがっかり……」

「その冷たい視線が嬉しい!」

「ひえ。怖いよー」


 またびくんとする、バブ。変態の謎行動にグミは怖がる。そんな少女の前で、レディは態度を一転。急に育ちの良い少女となって、注意を始めた。


「……ですが、貴女。私や鷹揚なお父様にはそれでも構いませんが他の貴族様相手にはもう少し表現を選んで口のきき方を考えた方が良いですわよ」

「そ、そうなんですか……はい、分かりました」

「おほほ。そのような風で、良いのです」

「色んな意味で、凄いな……」


 急に大人しくなり、淑女然としたバブの言いなりとなったグミを見て、バジルはそう零した。もう、彼女は先程の変態ではなく、どうみても良いところのお嬢様。貴族らしさを洗練さで魅せつける少女に、何だか狐につままれたような気持ちになった。

 だが、そんな変な女の前で、モノは平常運転。気にせず、声をかける。


「ん。落ち着いたか。それで、どうしたんだ、バブ。レディのお前がわざわざ来るなんて、ただ事ではない」

「んんっ。察しの悪いお人ですわね。目的は明白。そして、私が始めに来たのは、貴方様を追いかけるがあまり先行してしまっただけのこと。娘の私が居るということは……」


「ま、俺も居るわな。ようモノ。そして、他のパイラーの子等は、久しぶりだな。魔女の嬢ちゃんははじめまして、か」


 その美しい発声は、上から下に、響き渡る。モノとパールの間くらいの上背をした、あまりに高貴な様相の男性の到来に野次馬は割れた。そして彼は一つ付いた土色を見せつけるように手を振る。猛禽のように野性味した顔が緩む。


「閣下……」


 バジルのその言葉に、周囲に緊張が広がった。空白を埋めるかのように次々にお世話の者や警護の者が集まる。唐突な貴人の到来に誰一人驚きに湧くことすら出来ずに、沈黙が広がった。


「マーケット・タアル様……」


 ずきりと頭が痛む。だがそれ以上何も感じることなく、ただ出会ったことのあるはずの人を見上げるパールを、マーケットは真っ直ぐに見つめていた。




 マーケット伯の来訪には、パイラーが応答した。噂を聞き人が集って止まなくなってしまった教会から逃げるように神官館に集まったパール達。そこに、何故かバブはしずしずと付いてきた。家族の場所に入ってくる、伯爵令嬢と従者。それを、バジルは少し不愉快に思う。


「それでどうして、付いてきたのですかね、お嬢様は」

「何しろ、愛するお父様は、ブラス様とお話し中。従者達と語るのは、向こうでも出来ます。出来るなら、噂に聞く貴方方とお話をしてみたいと思いまして。……それに見知らぬ土地に来たのに、身内と籠もるばかりでは、つまらないですわ!」

「ん。猫を脱いだか」

「人間裸が一番、ですわ! 本当はこんな重い服、今直ぐにでも、脱ぎ散らかしたいところです!」

「レディ・バブはワイルドですねえ……」


 大人しい令嬢の殻を放り投げて、下品を口にするバブに、ついついパールはそんなことを言ってしまう。どうにも、親しみやすい貴人だな、と思わざるにはいられなかった。


「パール。人前では良いかもしれませんが、こういう余所者の目のないところでは私のことは、バブ、と呼び捨てにして貰えませんか? 勿論、他の方も同様に」

「えっと。バブ、ちゃんじゃ駄目ですか?」

「ちゃん付け! 新しいですわ!」

「バブ、テンション高いなー」


 親しげな呼び名に興奮するバブに、ドン引きするグミ。敬称を直ぐに放り捨てた辺り、流石に少し、彼女に慣れてきたようだ。

 もうすっかり慣れっこであるモノは、何一つ臆すことなく、頬を赤くしているお嬢様に話しかけた。


「バブ。伯爵様がやって来たのは……やはり、サーカスのためか?」

「それはそうですわ! サーカスが故郷にやって来たから騎士の修練を休む、という置き手紙だけで、私達が納得出来ると思いまして? お父様は、一時大規模な派兵も検討したのですよ! おまけに、事後報告も解決したの一報以外何もなしに、モノはそのままライスに居着いてしまいますし……」

「地味にボク並に無茶苦茶やっているね、モノ」

「俺に礼を求められても困る」

「モノは、先輩騎士から最低限も教わらなかったのですか! もうっ」


 また猫を被ってから、至極真っ当に、バブは怒る。その場の皆は、モノに白い目を向けた。ちょっと、それにお嬢様は羨ましそうにする。


「まあ、事の次第と話の詰めは、お父様とブラス様がやって下さいますでしょう。その間、私は遊びたいですわ! 下々の方々は普段、何をなさっているのでしょう? 楽しそうなのは大鳥ごっことか、でしょうかね。さあ、モノ、私に拍車をかけてくださいな!」

「誰がやるか」


 そして、バブはまた変態を顕にした。自分にお尻を向ける令嬢に、モノは頭を押さえる。正直なところ、彼は高貴な女性に憧れというものがあり、そして覚醒前の彼女のことを確かに仰いでもいた。

 だが、今やこのざまである。


「この令嬢、ホント酷いな」

「どうしてこんなにドエムさんなんだろう……」

「よく訊いてくれました! そう、それは私が魔法使い四人組に誘拐されたその時から始まりましてね……」

「あ、長くなるなら良いです」

「残念ですわ!」


 びくんと、雑な扱いに大喜びするバブ。そんな有様を、彼女をよく知る従者達は嬉しそうにしている。ホープ等は、目の端に涙を浮かべてすらいた。よく分からないパール等に、その感動は不気味である。


「ま、これでもバブはかなりマシになったのだろう」

「これで!」


 驚くパール。近くの大声で受けた鼓膜のダメージに、バブは身をくねらした。こんなに酷い彼女。しかし、その告白を聞いたモノには、こんな手のつけられなさですら、可愛いものに思えた。


「悪、か……」


 主に一人によって起こされている喧騒の中、バブがそこから外れて良かったな、とモノは思った。




「……そういう事の次第です」

「ったく、困ったな。アンナ様に、アスク様まで絡んでいて、おまけにパイラーが程々に隠しておきたいパールががっつり話の中心に居る、と」

「筋書きは、一応考えておきましたが……」

「いや、いい。大体は誤魔化せるだろう。ただ、その分モノを矢面に立たせるぞ?」

「それは、どうしようもないでしょう。ありがとうございます」


 人を捌けさせ、聖堂に二人。パイラーとマーケットは秘密の会話をしていた。サーカスの消滅という、大きな話題。その中心地となった、ライス、ひいてはタアル領は今や注目の的だ。流石に、こうしてある程度情報をつめるために直に顔を突き合わせることは、必要だったのかもしれない。


「ま、構わねえよ。俺は何もしていないし、何も出来なかった。……同階だった恩あるお前に、してやれることなんて、むしろこれくらいしかないのが残念なくらいだ」

「それでも、ありがとうございます」


 そして、話を終えた二人は、僅かに空気を緩めて旧交を温め合う。そう、二人は元々魔法学園生で、土色の塔の同階。仲は元々、良好なものだった。


「それで、お前を救った聖女様は、未だにお戻りにならないのか?」

「そう、ですね……」

「俺を知らない目で見ていたのは、少し寂しかったな……」


 だから、こうして少し踏み入った話も出来る。哀れな父親に同情し、マーケットは複雑な表情をした。


「まあ、サーカスを迎えても、未だにお前らは生きている。それなら、これから幾らでも取り戻せるだろう」

「そうだったら、良いのですがね」

「ま、そう思え」


 肩に手を置き、マーケットは優しく言った。以前から普通に変わった友も、全く嫌いではないから。

 そして、一つ、友としてやるべきことを終えた伯爵は、もう一つの大事を口にした。


「それとな、学者が兆候を見つけた。どうも、ライスに『迷宮』があるようだ」


 あまりの真剣に、空気は変わる。それは、新たなる波乱の幕開けか。事態の大きさを飲み込んで、パイラーは目を鋭くさせ、言った。


「終わりが、始まってしまうかもしれませんね……」


 真に思って、神官は目を瞑る。そして、ひたすらに想った。どうかそれでも彼女に幸せを、と。


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