第33話 聖女と恋愛


 男の子が女の子と共にあって。果たしてそれで、視界は歪まないものだろうか。


 そうだよ!

 スコーン美味しいね!


 私と完全に異なる性なんて、ないしなあ。


 それは、お茶会の最中で出た、独り言。二人の間に遠慮なく入る、聖女の様子を補足してみよう。




 ミルクとユニは、大の仲良しである。多少の年の差など、なんのその。むしろ彼女らは友達どころか姉妹のようにもして、仲を深めていた。

 最初は、パールを伝手にして出会った二人。だが、彼女たちは、縁を繋げてくれた聖女こそ最大の恋敵であるということに次第に気づいていく。互いが敵にならないのであれば強敵相手に手を組むのも、自然の流れだった。暗さに恐さ、己にコンプレックスを持っている者同士ということもミルクとユニを近づけた要因かもしれない。後は、単純に馬が合ったというのもあるだろう。

 だから、こうして大きめなミルクの家で紅茶を飲みながら二人だけの時を過ごすことだってあるのだ。だがそのティータイムも、片一方には気休めにもなっていないようだ。ミルクはうなだれながら、とんでもない言葉を口にする。


「死にたい……」

「そんなこと言ったら駄目だよ、ミルク」

「……ユニは、バジルに……見られたことないでしょ」

「あたし、子供の頃に、お漏らし見られたことあったよ? 大きくなってからは、流石にないけれど」

「なら、この年になって粘液付きで醜態を見られた私の気持ちは、分からないでしょうね……」


 想い人の前で醜態をさらす。その事実は、助けて貰った感動を飲み込んだ後自分の有様を見てからずっとミルクの内に、どすんと横たわった。

 魔の冬虫夏草からミルクをその剣で救った後間もなくモノは走り去って、残ったは言い訳一つさせて貰えなかったびしょびしょの少女とグミばかり。そして魔女も、剣士の姿を追いかけるように去ってしまって、彼女は一人取り残された。

 あんまりだと、ミルクが孤独に泣いてしまったのも、仕方のないことだっただろう。

 その後、人が来て家まで連れて行ってくれたが、ミルクは救助してくれた男性が臭い、と口にしたその時のやってしまったというような表情を忘れられなくなった。それは、軽いトラウマに。

 今もミルクは部屋に香を焚いたり、茶を飲み込んだりして健気にも良い香りを必死に取り込んではいるが、それでも臭っていないか心配に思っていたりもした。


「ミルクは心配しすぎだと思うな。だって、あのモノだよ? 逞しさに全力な、あの男の子だからね。むしろ、濡れて服透けて下着見えてる、ラッキー、くらいにしか思わなかったんじゃない?」

「……それはそれで嫌だ」

「まあ、確かに嫌だけど。でも、絶対に、モノはミルクの汚れた姿を見たくらいで嫌いにはならないと思うよ」

「どうして?」

「いや、だって以前ミルクが寝床に忍び込んで騒動になった時も、あの人許してたじゃない……」


 それは、ミルクが恋を自覚して直ぐのこと。昼間、ベッドに謎の膨らみを見つけたモノが、皆を呼んで中身の確認をしたことがあった。

 偶々居合わせたユニも、恐る恐る付いて行き、一斉のせでシーツを剥ぐ。果たしてその中にいたのは、溢れんばかりに覆う髪の毛量がなければ色々と見えてしまいそうなくらいにスカスカに改造された下着姿のミルクであった。

 注目の中でいやんとしなを作った痴女の姿を、未だにユニは忘れられない。


「懐かしい。あの時決めるつもりだったのに……残念だった」

「残念なのは、ミルクの頭の方よ。半裸で夜這い……昼から待機していたから昼這い? まあそれをしておいて、今更汚物に塗れた姿を見られたことくらいで、悩むなんて」

「それも乙女心」

「断言できるわ。あんたは、穢れすぎてるから、乙女とはいえない」

「……ユニって、時々酷いよね」

「正直なだけよ」


 言ってから、ユニは白磁の器からコンセントから手に入れたという高い茶葉の渋みを頂き、側に置かれたリンゴジャムがかかったスコーンを口に入れた。香りに味。そして友達と居る昼下がりというシチュエーション。話題以外、本当に素晴らしいのにな、と彼女も思わずにはいられない。

 そう考えていたところ、ミルクはその半分隠れた目を真剣にして問いだした。


「……なら、正直に現状を言える? 私達は駄弁って、何をしているのか」

「それはもう。片思いをしている者同士、傷の舐め合いをしているっていうところじゃないの?」

「ぺろぺろ」

「本当に舐めるなっての!」

「……ユニ。目、怖い」

「これは元から!」


 だが、真面目は長く続かず、グダグダに。頬を舐めた年上の女を引っ叩く面倒を被らせられた上に、容姿をなじられてユニはぷんぷんである。しかし、構わずマイペースにミルクは続けた。


「……それで、ユニの方は、何か進展はあった? 私みたいに後退してない?」

「うーん。あたしの方は、足踏み中、かなあ。サーカスのこともあったし、近頃はろくにバジルと話せてないよ」

「そう……モノとバジルの周りに女の子が増えたみたいだし、私達、ピンチかもね」

「女の子、って……グミのこと? それなら、大丈夫じゃないかなあ。あの娘……パール狙いらしいし」

「わあお。流石パール。女からもモテだしたか……あの子に集まる好きの一つ一つを金貨に替えられたら、王国一の大金持ちになれそうだね」

「そうかもね」


 何だかんだ、私も恋愛とまでいかなくても好きだし、と思いながらも、ユニはバジルの一番の好きまでパールに向かってしまっている現実に、嘆きたくなる。彼女が嫌な奴だったら、大いに立ち向かえたのに、と思わなくもない。

 紅茶から立ち昇り、くゆる、湯気。それに手を入れ、しかしユニは握りつぶすようなことはしなかった。どうせ無駄だし、自分に乱すことが出来ないのも知っているから。

 ため息を吐き。ユニと似たようなことを考え、そしてミルクはもう一つの憂慮を話し出す。


「それに、グミだけじゃないんだ……パール達の家から出てきた美少女というのも気になってる」

「あー……彼女、ねえ」

「ユニは何か知っているの?」

「大丈夫。あの子はミルクの敵にはならないよ。モノじゃない、好きな子が居るから……認めたくないけれど」

「ふうん」


 可憐で噂の彼女が、バジルちゃんであると、ユニは知っている。逃げる姿を目にしているし、何時も目で追いかけている想い人が幾ら変装しようと見破れない筈もなく。

 あたしより可愛いじゃないか、と内心怒りを覚えながらも、バジルの名誉のためにも正体を語らないことにはしている。察するのはどうぞご勝手に、と思うが。

 何となく判じたミルクはしかし藪を突かずに、二人の時によく零す、胸の内のもやもやの一番の解決策だけを口にした。


「早く、誰がパールとくっつくのか、ハッキリとして貰いたいところ」

「モノもバジルも、私達みたいに告白すればいいのに」

「……男の子は変なところで臆病」


 そう。バジルもモノも、明らかにパールが好きだ。張り裂けそうな胸中であろうに、どうして、それで今を大事に出来るのか。本人の口から確かにそうだと知っているユニとミルクは、特にそう考えてしまう。

 家族と、恋人。その天秤が何時逆に傾くのか、それを待つのも中々に疲れるものだった。


「……もう一つ、ハッキリさせておきたい大事なことがある」

「何?」

「パールは誰が好きなのか」

「さあ。どうせあの子、皆が好きなんじゃない?」

「そうだよ! あーん」

「あ……本人」

「全く、パールったら挨拶もノックもなし?」


 バタン、ぽよん。そんな風にオノマトペも騒々しく、噂をした影は現れる。人の気も知らずにニコニコと元気に笑いながら、パールは最後のスコーンを遠慮なく自分の口に放り込んだ。


「もぐもぐ……スコーン美味しいね! こんにちは、二人共。ゴメンね、いい匂いがしたからノック忘れて入っちゃった」

「いい匂い……そう。嫌な臭いはしない?」

「うん? くんくん。何か色々混じっているけど……どれもがとっても心地良いよ!」

「だって」

「良かった……もう、臭くないんだ」


 パールは、嘘は言えない純真、或いは馬鹿な子であるとミルクはある種信頼どころか信仰すらしていた。だから、その笑顔の断言は本当で。聖女のおかげで自分の陰りが一つ消えていったことを理解する。ぎゅっと、彼女は自分の手を握る。

 それを見て薄く、他人から見たら酷薄なように笑みながら、ユニはパールがどうしてここに来たのか、その経緯が気になり訊いてみた。


「それにしても、パール。貴女はどうやってこの秘密のお茶会を知ったの?」

「秘密だったの? ミルクちゃんのお母さんが教えてくれたんだ。ユニちゃんといっしょにお話しているみたいだけれどせっかくだから貴女も来たら、とまで言ってくれたよ」

「お母さん……」

「フォームさん、口が軽いなあ」


 娘と違って根から明るいミルクの母、フォーム。その認識の雑さに、ミルクとユニは苦笑い。そして、もとより笑んでいたパールに、次第に彼女らの笑顔は合い始め。


「あは」

「ふふ」

「はは」


 少女等がそれぞれの愛らしい顔を突き合わせて笑うことで、少し時間が費やされた。


「ふふ……そういえば、パール。貴女って好きな人居るの?」

「勿論異性で、ね」

「ええ? 急にそんなこと言われてもなあ……うーん。考えたこともないや」


 そして、間をおいて、核心に迫る疑問がついに呈された。しかし、それに対する答えは、酷いもの。だがどうにも間違いなく、それは嘘ではない。異性愛を、考えたこともないと言う聖女は少し穢れなさ過ぎる。

 何だか、ミルクには首を傾げるパールが眩しくすら見えた。


「……この子、本当に思春期を越してきたのかな?」

「多分、迎えてもいないんじゃないかな……愛は一杯で、恋はない。謎の生き物ね」

「酷いなあ……でも、ホントに、皆大体好きだからなあ……あ、家族の皆は男の人の中でも特に好き!」

「それは当然……」

「本気で皆、って言っているのがまた、困るわ」

「ええ……この答えでも駄目なの?」


 駄目に決まっている、という異口同音に、パールはびっくり。そしてあわわと口にしだす。そんな困った聖女様を見る目は、しかし優しい。

 稚児と敵対する者など、そうはいない。情愛受け取れない子供に、どう嫉妬すればいいのだろう。だから、ミルクもユニも、余計な寄り道はせずに、全力で想い人に対してぶつかれるのかもしれない。


「ま、なるようになれ、ね」

「何だろうと、私のやることに変わりはない」


 そう、ただ花々は唐変木達に、恋愛を示すことばかりを必要としていた。何時か受け取って貰う、その日のために私は変わらずここにいるよと、彼女等は彼らの隣で示し続ける。


「早く貰ってくれないかなあ」

「私はむしろ、奪いたい」


 ただ、少女達のそのいじらしさは少し、重かった。




「うーん。私と完全に異なる性なんて、ないしなあ……」


 困惑の最中。パールが誰にも聞こえない声量で放ったその言葉は、宙に消えた。


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