第32話 バジルちゃん


 彼を厭わずにずっと容れられている彼女は、意外と凄い。慣れている、というのもあるのだろうが。


 わ、すっごく可愛い!

 すべすべー。


 私は認めるよ。


 翻してみると、自分に女性性を受け容れられるという男性はきっと、少ないだろう。嫌がる彼女っぽい彼。どうも混乱してしまうが、その辺りを補足していこう。




 十四。それは、性差がはっきりしてくる年頃である。男の子と女の子は、意識も見た目も判りやすく違っていく。

 それを思うと、バジルは少し異端である。遅れているというか、既に完成してしまっているといえばいいのだろうか。何が気に食わないのか、常に顔に作られている険を除いてしまえば可愛らしいばかりの男の子。それこそ、髪型変えただけで、女の子にも見えるくらいの中性ぶりである。

 とはいえ、バジルは坊主頭。その短き髪を直ぐに伸ばすことは出来ない。だが、逆に考えれば、乗せるカツラを自由に選べるということ。モノが買ってきたという高価そうな出来の良い幾つかの内から、くるくるな一つが選ばれ、セットされた。


「これでバジルちゃんの出来上がり! わ、すっごく可愛い!」

「笑おうと思ったが、似合うな……何ていうんだ、この髪型」

「なんだろ……カーリースウェル?」

「複雑な名前だ……だが、何かバジルちゃんの顔立ちにこれ以上なく似合っているな」


 化粧一つ付ける必要すらなく、カートルを羽織って金の長髪流しただけで、もはやバジルちゃんは可愛い女子である。苛立ちに鋭くされる青の瞳も、アクセントとなってカールした髪型の中で映える。

 思わず、真っ直ぐ前で見つめていたグミは、その身を崩折れさせた。


「ボク、バジルちゃんに負けたかも……」

「何落ち込んでるんだよ、グミ! クソ、だから嫌だったんだよ。似合わなくなってくれてたら嬉しかったんだが……身長も、ずっと変わんないし、せめてヒゲでも生えてくれりゃあなあ……」


 悪態をつく、バジルちゃん。しかし、勢いでカツラを取ったり服を脱いだりしないのは、生来の生真面目さによるのだろうか。ただぷんぷんしているばかりの少女の形に、パールもほっこりである。


「可愛い……」

「ヒゲ、生えてないのか……」

「お前ら……ああ、そうだよオレはお子様だよ! っ、何すんだよ……パール!」

「すべすべー」

「このっ」

「わあ」


 子供が怒っても、怖くはない。普段からそうであったが、しかし愛らしさばかりが強調された今であっては尚更のこと。つるつるお肌に触れることで、パールはご満悦。その手を振り払って、少し涙目になったバジルちゃんに、モノは頬に少々の熱を覚えてしまう。


「……ひょっとして」

「どうした、グミ。そんなに可哀想なものを見たような顔して」

「いや、だってバジルちゃんってひょっとしたら結構前に、沈着にまでたどり着いていたのかな、って……」

「沈着?」


 首を振る、バジルちゃん。その様は、グミより余程、人形らしい。普段の幾ら外で騒いでも一向に焼けてくれない肌の青白さが、まるきり少女美に繋がっている辺り、どうにも彼は性別を間違えて生まれてしまったのではとすら思えた。


「学園行ってないと知らないよね……それでも、あのさ。クラウン・ワイズが不老だったっていうことは知っているでしょ?」

「まあ、大分無理している感じだったが、アイツは伝説の長さの割に確かに若かったな……もしかして」

「そう、沈着っていうはね。解釈の停止。底への到達。水色なら染めきってしまったっていう感じかな。まあ、そんな風にして肉体まで不変の域まで行ってしまった魔法使いのことを言うの。長い学園の歴史でも数人しか居ないらしいけど……」

「それに、オレがなっていると?」

「多分。……良かったね、バジルちゃん。きっと最年少記録だよ!」


 かくいうグミも、沈着にまで至っている存在を魔人ブレンド以外に知らない。サンプル不足で確かではなかった。だが、成長に性徴、それは老いに至るまでに必ず踏まなくては行かない段階である。その前で足踏みする生き物などそうは居ないだろう。そして、その深い指先の水色を思うに、きっと間違っていないと彼女は考える。


「良いわけ、あるか!」

「わっ」

「予定だとモノに並んでいるはずだってのに、未だパールの胸元程度で、そしてバジルちゃんとまで扱われて、それが、それがずっとだと!」

「あわわ。バジルちゃん、抑えて。辺りがひゃっこくなっちゃってるよお」

「す、すまない。だが……それはないぞ、本当に……老いず、最悪一人になっちまう。そんなん、人間じゃねえ……」


 怒り、悲しむ。まるきり子供のそれだが、しかし今回度が過ぎた。怒りに周囲の温度は消え、そして悲しみに彼女、いや彼は長い髪を広げて項垂れる。次第に、しゃくりあげる声が聞こえ出し、流石に見ていられなくなったパールは、バジルちゃんを抱く。


「大丈夫だよ、バジルちゃん」

「そう、か?」

「うん。成長しなくても、老いずに私を置いていってしまうとしても、私は認めるよ。大好き」

「パール……ぐす」

「ん。オレは、バジルちゃんを置いていく気なんて更々ないぞ。何、長く生きればいいだけだろう。身体の強さなら自信がある」

「……モノ」

「なあに。ボクもバジルちゃんに負けずに、直ぐに沈着なんて行っちゃうよ。腐れ縁は、末永く、だね!」

「グミ……ありがとう!」


 そして、輪は狭まる。精一杯に腕を伸ばして抱こうとするバジルちゃんに、周囲の皆はされるがままになった。

 バジルちゃんが零す涙は、煌めきに変わり。背に回された華奢な腕はしかし筋張らずに、パールらに確かな柔らかみを与えた。胸元が寂しいが、それだけでその美しさを損ねることにはならない。

 黙っていればパールの妹と言ってもなんら遜色ない、そんな愛らしさを見て。


「ぶう……」


 これは確かにバジルちゃんだなあ、とトールも彼なりに口にした。




「落ち着いた?」

「……ああ。はは。少し、恥ずかしいな。ちょっと、オレ、表で頭冷やしてくる!」

「え」


 涙を流しきってからは、はにかんで。少女、ではなく少年は顔を朱くした。家族と友達に甘えたことが、改めて思えば恥ずかしかったのだろう。今日の自分はどうにも女々しいな、と考えながら、バジルちゃんは家から外へと足を踏み出していった。

 とてもとても魅力的な、自分の愛らしさと装いを忘れて。


「あ」

「これは、なんつう……」

「……可憐だ」


 涙に、少し険が抑えられた、その顔。憂いと共に見せられた可憐に、彼らは魅入られる。パールと違い、確かに知性を感じられるのもまた、良く映るのだろう。

 バジルちゃんは、サーカスと魔従が減った謎についてモノ等と突き詰めた話をしようとやって来ていたジャワとノッツにその美麗を見られてしまった。


「あ、こ、これは違……」

「ほらよ」

「ハンカチ?」

「お前さん程の美人に、涙は似合わねえよ」

「ジャ、ジャワ?」

「お、俺のこと知ってくれていたんだな。ちょいとナリは小さいが、こんなに可愛い子にまで知られているとは、嬉しいねえ」


 女装姿を見られ、どうなじられてしまうかを恐れたバジルちゃんであったが、それは杞憂に終わり。むしろそんな様をすら愛されてしまい、至近の愛の篭った目に鳥肌を立たせることにすらなった。


「そんなに詰め寄るな。怯えているぞ、ジャワ」

「騎士サマ?」

「ふむ。ジャワは小さいと言ったが、それは正しくないな。彼女は抱きしめるのに丁度いい大きさ、と表した方が正しいだろう。」

「ふうん。ノッツは幼女趣味かい」

「違う。だが、これほどの美しさの華、多少育ちが足りなくとも、愛でるに支障はあるまい」

「へっ、それは違いねえ」


 狙われている。それに、ここに至ってようやくバジルちゃんは気付く。確かに、野性的なジャワは男から見ても中々に格好良いとは思えるし、持ち前の冷静沈着さがそのまま顔になったように綺麗なノッツも思わず嫉妬してしまうくらいにはいい男と言えるだろう。

 だが、あくまでそれは同性としての評価。異性として捉えるならば、論外極まりなく。お尻を押さえながら、バジルちゃんはその場から逃げ出した。


「お、犯される!」

「こ、こら。なんつーことを言う嬢ちゃんだ!」

「少し、怖がらせてしまったか……いや、残念だ。タイプだったのだが」

「お前さん本当にアレなのな」

「いや、だからそれは違う。後二年程待てば、あの子はきっと、凄いことになるぞ?」

「……それは否定できないな」


 そして、未来のあり得ない美人の姿を、二人は思う。描かれた美人はやけに豊満だった。男共の欲は深い。


「……こっちに逃げてどうすんだよ、オレ……あ」


 そして、家の中を目指さずに、明後日の街中の方へ走って行ってしまったドジなバジルちゃん。彼、でいいのか、まあその珍しい髪型に愛らしい姿は人集りによって圧される。装飾としてまるで手を怪我してしまったから巻き付けたかのように、上手に染指に施された包帯のおかげで、その姿を誰も恐れることなく。むしろ魔的な魅力を抑え切れていない少年に、多くが魅了された。


「きゃあ。何この娘……可愛い!」

「うわ、ちっちゃけど、完璧な美人さんね……ホント、どこから来たの?」

「パールさんとは違うのに……何だこの胸のときめきは……」

「……綺麗だ」

「なんだ。随分と、ちっちゃい頃のバジル坊に似てる娘だなあ」


 ボーラーの核心に近い言葉は、その場の誰にも届かない。何しろ、既にバジルちゃんに誰もが夢中になってしまっていたのだから。ただそれは、対面の彼女っぽい彼を焦らせるのに一役買ったが。


「オ、オレは可愛くなんてなーい!」


 そう言い、バジルちゃんは人混みの中を、その小ささを利用して走り抜けていった。後に続けた者はなく。ましてや大柄のボーラーは尚更。故に確かめは、出来ない。だがしかし、その声色から彼女が彼であることは判ぜたようだ。


「坊……何してるんだよ……」


 どうしてこうなった。それは、本人が一番思っていることだったかもしれない。



 街中を走り回り、そして、消えた美少女は謎になる。噂は、次第に伝説的なまでの尾びれを付けて周囲を巡っていく。

 件のバジルちゃんはカツラを脱いで、ふてくされ。


「もう、絶対! 女装しねえ!」


 枕に顔を埋めながら、そう言った。


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