第三章 日常②

第31話 聖女と剣士


 知らず傷ついたりもしている彼を内蔵した彼女は、弱くない。ただ、周りがもっと強かった。


 えい、やー。

 既に斬ってたんだね。


 やっぱりタケノコが一番だね!

 何か、引っかかるなあ。


 頑張って幸せに生きないとね。


 でもだからこそ、頑張れるのだろう。再び始まった、彼女の日常を補足してみようか。




「えい、やー」

「よっ」

「ん」


 牧場にて、三人が剣を走らせる。上段から振り降ろされたパールの剣、下段にて払われるバジルの短剣、タイミングを外した筈のそれらは全てモノの一刀のもとにて打ち払われた。カン、という木剣がぶつかり合う音が、一度だけした。


「すごーい」


 グミは、その絶技を観覧して、そう言う。モノは二人の師であり、兄である。そして、何より本職の剣士であり、騎士と認められた存在だった。とはいえ、曲がりなりにも、パールは魔従を倒せる腕前であり、バジルは彼女にごっこ遊びでとはいえ勝率で上回っている程、というのに。その二人がかりであっても、一つも通じることはない。むしろ、強さに速さは、技術だけにて笑わているようだ。


「くう。前よりモノ、凄くなってるよお」

「オレらの力が落ちたにしても、これは異常だろ。完全に、見切られてる上に、ナメられてる!」

「俺も少しだけ、揉まれたからな」


 軽く剣を弾いていく木刀に、渾身も速度もない。ただ、凄まじい練度は見受けられたが、それだけ。明らかに、モノはその力の一部も出していないようだった。彼の涼し気な表情は変わらず続いて。息すら乱さずに、ただ二人の前に、立ち塞がり続けた。


「強いよお」

「はぁ、はぁ……掠らせも、出来ないぞ……」

「バジル、俺に一度も当てられなかったら、バジルちゃんの刑な」

「うおおおお!」

「わあ、バジルが急に本気に!」

「ん」

「くっそ、当たんねえ! モノ、お前オレがあの格好している時の目、こえーんだよ!」

「愛らしいものをじっと見つめて、何が悪いんだ?」

「オレをそんな目で見るのが、おかしいんだっての! パール、お前も手伝え!」

「はーい」


 そして、あわや女装をさせられるという憂き目に遭いそうになったバジルは、一転して本気を出し始める。一刀から、そこに盾を持ち出しパールと共に打ち込み、そして挙げ句彼は魔法まで使い出す。


「わー」

「ぶー」


 だが、そんな全てを、神速をもってしてモノは斬り捨てていく。観覧者には軌跡しか判らないそれに、太い水龍は一撃のもとに卸されて、返す刀でバジルの盾と剣は飛ばされ、入ると思われたパールの上段からの一撃は。


「……やっぱり、モノはすごいなあ。既に斬ってたんだね」

「ん」


 パールが持つ刀身の半ばからが勝手に飛んでいったことによってモノに掠ることもなく終わった。綺麗な断面を見せる自分の木の剣を見ながら、彼女は感嘆する。


「まだまだ。オレの指は付いているぞ!」

「頑張るな。そこまで嫌なのか?」

「そこまで嫌だよ!」


 手を止めたパールの後ろにて、魔法を指揮するバジルは負けを認めない。女装なんて、もう嫌なのだ。似合ってしまうのが、とても困る。むくつけき男の告白を受けたトラウマが、彼を走らせた。

 少し白さが増した五指に従う魔は数多。瞬く間もなく三百六十度全てに配置された氷の魔弾は鋭い威力を湛えていた。思わず、パールも言う。


「わあ、本気だね、バジル」

「面となったマナをも一刀で壊してしまうのが、近頃のモノのあり得ないところだが……この数なら……或いは、もしかしたら、ひょっとしたら、どうだろうな……」

「自信ないんだね!」

「当たり前だ。コイツ、オレが殺し損ねたクラウン・ワイズだって斬ってるんだからな。えい、ヤケだ!」


 そう言い、一度でなく段階と速度を分ける小細工を施しながら、バジルは百どころではない氷塊をぶつける。捻転しながら先端を向けるそれは、普通ならば過剰過ぎる攻撃だろう。ついつい、モノは呟いた。


「誰も、俺の心配をしないのだな」

「そりゃあねえ」


 最強故に心配られないのが、当たり前。だがモノは少し寂しくも思った。感傷で、剣筋が鈍るほど、彼は甘い存在ではないが。

 一刀で卸すのが無理なら、相手の数に間に合うほど振ればいい。それくらいなら、あまりに恵まれたモノであれば楽だ。ここまで工夫されていると、少しは面倒であるが、それだけ。彼は、点を越えて、線の集まりすら甘く、面攻撃とすら思えるそれを、瞬時にて刈り続けた。


「終わりだな」

「あわわ。全部、先っちょだけ斬られてるよ!」

「甘いな」

「何?」


 そして、今までのバジルであれば、それで終わりであるために、気を抜いた、モノ。しかし弟分は知らぬ間に新たな技術を手にしていた。並行魔法、パレット。それを彼はここで使う。


「うわ、パレットまで使うんだ……ホント、女装嫌なんだねー」


 そんな、グミの声を、バジルは聞かなかった。ただ、彼は兄貴分に全力をぶつける。


「降れ!」


 そうして、バジルは殆ど間断なく斜め上方から水の矢を放って続けた。斬るに難いそれ。粒ではない流れの連続。本当ならば避けるのが簡単なのだろうが。


「受けて断とう」


 ここにて年上の挟持と度量を、モノは見せた。剣にて、彼は全てを飛沫と化させる。

 剣風、それは本来大したものにはならない。人と剣の間を風で埋めて斬り裂くなど、フィクションばかりのことである。その筈だった。だが、剣持つ者が只人の範囲を大きく逸脱してしまっていたら、それも或いは可能にならないだろうか。人間の手は意外と長い。物語ばかりの現象を、現実にて起こせる者が現れた。魔法染みた風にて、矢の全ては斬り落とされる。


「これで、終わりだな」

「ああ……」


 瞬く間もなく、喉元に突きつけられた、木剣の丸み。それは、これっぽっちも安心に繋がらない。自分の全てをそれにて受け止められてしまったバジルは、両手を挙げて降参をした。

 モノの鋭い瞳と、バジルの丸い目が合い、そうして言葉が交わされる。


「用意はしておく。明日、頼むぞ」

「マジかよ……」


 これにてバジルちゃんが、約束された。




「ホホ。少し前まで魔法には逃げて回っていたモノが、こうも強くなるとはなあ。儂も驚いたぞ」

「リン爺さん。魔法が来る前に斬ればそれで良かったのは、もう今や昔のことだ。騎士団ともなると、勝手に動けず初動に遅れることもままあったからな。努力した。一度『マイナス』は斬っているから……後は慣れだった」

「努力や慣れでどうにかなっちまうのなら楽なもんだが……まあ、誇らしいなあ」

「モノは、リンさんの御飯で育っているもんね!」

「ん。ここに来るとほっとする」

「ホホ。それは嬉しいもんだ」


 食卓にて、牧場の老翁、リンお手製の御飯を頂く四人。殆ど何時もと同じ、少しパンが高いものに変わっているくらいの内容を、特にモノは微笑みながら楽しむ。

 そっちの才もあるようで、無闇矢鱈に懐いてモノに寄って来てしまうドードー鳥にモアをトールは魔法で止めていて不在。よだれを垂らしながら、突かれどんどん穴が開いていく土の防壁を直し続けている最中である。どうにも彼は、サーカスの際にあまり役に立たなかったことを反省していて、こういうところでポイントを稼ごうと頑張り中のようだ。


「お肉、おいしー! これ、どうやったの?」

「ホホ。そりゃあ秘密だ。何しろ、パールにすら教えていないんだからなあ」

「ホント?」

「うん。リンさん、ちっとも教えてくれないの。だから私、中々料理上手くならないんだー」

「パールの料理は基本的には美味しいけれど……その、時々アレだよね」

「和風って名付けているのは大概アレだな」

「うーん。再現って難しいよねえ」


 もっと良い調味料欲しいなあ、と口にするパール。どうにも彼女は食にあまり拘りを持たないモノにすら苦言を呈された、アレンジを止める気はないようだ。

 その後も、皆は美味しい美味しい、と言いながら残さずにお昼を平らげて。そうしてパールが、大方ガタが来ているリンの身体を治療している際に、不覚を取ったトールが鳥の群れから逃げて来るようなトラブルはあったが、基本的にはほのぼのと一日は流れ。


「ホホ。今日もいい日だなあ」

「ぶう」


 トールを抱いて撫で付けながら、自分よりも動物を従えるのが上手なモノを眺め、リンは平凡な幸せを実感するのだった。




 暮れ始めた空を眺め、しかし特に急がずに。彼らは赤い空に突き刺さるタケノコの威容を眺めていた。その時ぽつりと、パールが口にした言葉から、波紋は広がる。


「やっぱりタケノコが一番だね!」

「いや、二番だ」

「キノコ好きだねえ、バジルは。グミはどう?」

「ボクもタケノコ派だよ。やっぱり一番大っきいって凄いよね!」

「キノコも裾野の広さは随一なんだが……モノはどうだ?」


 己の美観の違い。それを語る三人。次第に真剣になっていくそれに、キノコタケノコ論争の深さを感じざるを得ない。勿論、モノも二大名峰の素晴らしさは知っていた。

 今も見上げて仰ぐことの出来るタケノコの白と青のコントラストの美は類ないものである。幼少時に見たキノコの笠の広さもまた、大地に根付くその強さが印象的でまた深いものに思えてならない。だが、一番を挙げるとするのであれば、モノにも別の意見があった。


「俺は……スギノコだな」


 それもまた、名山の一つ。タケノコにキノコのビッグネームに霞んでいるが、その緑深き山の独特な形には根強いファンが付いている。

 この意見には、皆もなるほどと思わざるを得なかったようだ。この場の誰もが旅行した際に近くで見たことがあるスギノコは、タアル伯領の中心ロック郡にあるのだから、ここしばらくそこで過ごしていたモノに愛着があっても不思議ではないのだろう。

 ここからでも、少しはその形が見て取れる。首を長くして、バジルは見上げた。


「スギノコか……渋いな。だがオレの場合、一度禿山になった後に杉ばかりが植林されたんだっていうあの鋭い緑の山容よりも、その麓の村の印象が強くてなあ」

「何か、変なお菓子売ってるよね! 美味しいけれど、高かったよー」

「俺はあれ、好きだな」

「スギノコ……村……お菓子……うーん。何か、引っかかるなあ」


 うんうん頭を悩ませる、パール。その内で、素直は何かを納得させていた。

 硬く細長いパンにキャロブパウダーをまぶしたスギノコ付近の名物であるそのお菓子は、後々大量生産社会になった際に改良される。そして、一世を風靡しお菓子といえばこれ、とまで言われる人気商品となるのであるが、流石にそんな未来まで見通せる者など、聖女の中の人を含めてまで、ここに居はしなかった。


「まあ、いいや」

「パール、寝るなよ服、汚れるぞ」

「やっぱり、パールは大っきいなあ、ボクと違って自然にこうだから、タケノコ並に凄いよね!」

「いや、同意をさせられても困るんだが……」


 まあ自分程度が考えても仕方がないや、とクローバーの上に寝転がるパールに、周囲はざわめく。慣れたバジルは服の心配をし。大きな二つの丘を確りと見つめておきながら、知ったかぶりをするモノに、グミは意外とずるい人だなと思う。

 しかし、そんな周囲を知らずに、聖女は笑んで。


「私は余計なこと考えていないで、頑張って幸せに生きないとね」


 未だに痛みを引きずりながらも、そう言えた。


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